第50話 ルカの成長


 兄様やシアさん、エルさんと朝の食卓を囲むようになり、早く朝が来ないかと思えるようになった。



 最近は、本当に体調を崩して寝込むことがなくなったし、嫌いだったお野菜もシアさんの手料理のおかげで、食べられる物も増えた。



 それに、兄様にいろんな衣装を着た自分を見てもらうという趣味もできた。



 それだけでも本当に自分は幸せだなと思えている。



 あの実家の中庭にあった暗い居室で、死の恐怖に怯えながら悶々と一人で過ごす日々は遠のいたからだ。



「兄様、そろそろ機士学校に行く時間ではありませんか?」


「あ、ああ。そうだったな。ルカ、義父上との通信は短めにな。向こうが長引かせるようなら、こっちから切るように。長時間通信はドワイド家の領民たちの負担になることを忘れないようにしてくれ」


「分かってまーす。最近は、端的に話す技術を覚えて、義父様からは兄様の秘書官みたいだなって言われてるんだからね」


「秘書官、たしかにそうかもね。ルカちゃんは、ルシェの行動を逐一、わたしに確認してくるしね」


「たしかに秘書官かも。私もルシェ君の鍛錬の状況を詳しく聞かれますし」


「シアさん、エルさん! それは内緒ですからっ!」



 なんか兄様のことを根掘り葉掘り聞いてる妹とかがバレると、変なやつとか思われるかもしれないから知られたくないのに。



 かすむ目でチラリと兄様を見ると、ニッコリと笑みを浮かべてこちらを見ているように思えた。



「ルカを秘書官か……。ありかもしれないな。秘書官か……。機士学校を卒業すれば領主となる身。有能な未来の秘書官は確保しておかないといけないわけだが。義父上の言う通りルカなら適任か」


「に、兄様!? 本気にしないでください! 私の身体では兄様の足手まといになってしまいます」


「そうか? 実務はローマンにやらせて、ルカが統括すればいいと思っているのだが。ローマンならそれくらいは余裕でやれるよな?」


「ええ、余裕でございますな。ルカ様に統括をお任せできるなら、このローマンが実務を一切取り仕切りますぞ」


「え? え? 本気で言ってる……の?」



 自分が領主となった兄様の傍らに立ち、秘書官として颯爽と仕事をする姿を想像してしまった。叶わない夢と分かっていながらも想像すると心が躍る。



 でもすぐに、やってみたい気持ちと兄様に迷惑をかけるだろうという気持ちがせめぎ合う。



 病気でなければ、せめて視力が人並みにあれば、今すぐにでもやってみたいと言えるのに……。



「ルカ、そんな悲しそうな顔をするな。どうせ、俺に迷惑をかけると思ってるんだろ? 俺が機士学校を卒業して、領主となるまでにはまだ時間もある。それまでにもっと元気になればいいのさ。そのためにコラーデ先生の診察も受けてるんだろ?」


「う、うん。コラーデ先生も私の病気が治るよう努力するって言ってくれてる」



 兄様が連れて来てくれた機士学校の校医をしているコラーデ先生は、ちょっと変わった人だけど、私の病気に関して真剣なまなざしで診察をしてくれた。



 精霊を介した回復魔法やポーション作成の研究に心血を注いでると教えてくれて、私の罹患している先天性の精霊力欠乏症も研究によって治療できる方法を編み出したいと言ってくれた。



 王都に来てからも、ローマンが高名な医者や薬師を連れてきて、診察をしてもらっていたけれど、病気の根本的な治癒法を見つけ出せる人はおらず、私自身も完全な治癒はしないものだと半ば諦めかけていたが……。



 コラーデ先生のおかげで、少しだけ病気が治るかもと思えてきたところだ。



「ルカちゃん、あの痴女には気を付けてね。診察と称して何をするか分かったもんじゃないし」


「まぁまぁ、シアさん。コラーデ先生も変わった人ですけど、機族の令嬢であるルカちゃんを襲ったりはしませんよ」


「だめだめ、まだ信用できないから、わたしの監視下じゃないと診察はさせないからっ!」


「ああ、分かってるさ。ルカとコラーデ先生2人きりでは診察させないから安心してくれ」



 シアさんとコラーデ先生の間には、何か行き違いが起きたらしく仲がちょっとよくないけど、2人とも世話好きのいい人なので、実は似た物同士なのではと思っている。



 兄様もシアさんとコラーデ先生の間に挟まれて、ちょっと困ってる感じだし、少しでも2人が仲良くなれるようにするのが妹としての務めかもしれない。



 今度コラーデ先生が診察に来た時に、私からお茶会に誘おうかな……。シアさん、嫌がるかな。



 私を背後から抱きしめているシアさんの顔をチラリと見上げる。



 嫌がりそうだなぁ……。シアさん、いい人なんだけど選り好みが激しいし、兄様に興味を持つ女性には特に厳しいからなぁ。



 エルさんは兄様にも興味があるみたいだけど、真面目で誠実な人柄がシアさんに気に入られたみたいで許された感じだし。



 まぁ、兄様はいつでもかっこいいから、女の人が好きになるのはしょうがないとは思うんだけどなぁ。



 かっこいい兄を持つと、妹としてはいろいろと大変。そう言えば、シア様が作ってくれた兄様の髪の毛入りのぬいぐるみもエルさんの分作ってもらった方がいいかな。今度こっそりとエルさん本人に聞いておかなきゃ。



 それとも兄様の使用済みの匂い袋の方がいいのかな。シアさんは喜んでたけど、エルさんも喜んでくれるのかな。でも、あれもなかなか手に入らないからなぁ。



 そんなことを考えていたら、ローマンが居室の時計を指差した。時刻はすでに登校しないとマズい時間を示している。



「坊ちゃま、シア様、エル様、そろそろ出ませんと遅刻となりますぞ」


「ああ、そうだな。ルカ、では行ってくる」


「ルカちゃん、お留守番よろしくー!」


「本日も朝食に招いて頂きありがとうございました! また、来ます! ルカちゃん、またね」


「はーい。気を付けてー!」



 みんなが学校に登校していくと途端に屋敷内は静けさに包まれる。



「お嬢様、ブロンギ様へのご連絡はいつ頃されますか? 本日はたしか昼過ぎがいいとのことでしたが」


「義父様にもお手間を取らせないようにと兄様からも言われてるので、義父様の指定した時間で報告します。今からは昨日の分の報告をまとめます」


「承知しました。それと、坊ちゃまの秘書官にお嬢様がなることに爺は賛成でございます。暴走する坊ちゃまを止められるのは爺ではなくお嬢様なので……。坊ちゃまがご領主になられたあかつきには、ぜひとも秘書官に就任してもらえると爺も安心でございます」



 たしかに義父様もローマンも、何かを為そうとする時の兄様を止められる気はしない。でも、私も意外と止められない気がする。



 なんたって、兄様は優秀だし何でも成し遂げてしまいそうだから。『ぜひ、やりましょう』って賛成しかしないかも。



 でも、いちおう兄様のお役には立ちたいから、秘書官として必要なことを暇な時間を使って勉強しておくのもありかな。私の場合、体調もよくなって時間はたっぷりとあるわけだし。



「その件に関しては、とりあえず頑張ってみる。ローマンが講師をしてくれそうな人を見繕ってくれる?」


「爺がしっかりと教授いたしますぞ! これでも先代様の秘書官もしておりましたので経験はしております」



 ローマンは実の父親の親戚筋の人で、元機士で剣士としても優秀だって聞いてたけど、秘書官までしてたらしい。



 たしかにいろいろと手配をしてくれたり、準備にも余念がないし、私たちのわがままにも対応してくれる有能な人だ。



 そんなローマンが先生なら立派な秘書官になれそうな気がする。



 また一つ、やりたいことが増えた。そのためには、もっと元気にならないと。よし、頑張ろう!



「これからは、ローマン先生って呼ばないといけないね」


「授業のときだけですぞ。それ以外で爺を先生と呼ぶのは坊ちゃまが許しませんでしょうしな」


「はぁ~い、承知しました。ローマン先生」


「まだ授業ではないですぞ」


「はぁ~い」



 苦笑いをするローマンを横目に、まずは義父様への報告書を書き上げるべく、紙と羽ペンのある机に移動することにした。

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