第48話 相性問題
「ルシェ、エルごめん。ちょっと、先に行ってて教室に忘れ物しちゃった」
「ん? 忘れ物か。シアにしては珍しいな」
「ごめん、ボーっとしてたら忘れてきた」
「シア様が忘れ物ですか! 一緒に取りに行きましょうか?」
「ありがとエル。でも、一人で大丈夫だから」
「じゃあ、俺たちは先に着替えて格納庫で待ってるぞ」
「あ、うん。ごめんね」
ルシェとエルと別れると、ここ最近ずっと視線を送ってきている人物の前に向かった。
「ちょっと、あんた何見てるの?」
わたしが声をかけたのは、この学校の校医をしているコラーデ・ハイルングモントだった。夢魔族と呼ばれる亜人種の女で、金髪をなびかせ頭部に角、背中にコウモリの羽根、尻に尻尾が生えている。そして、おっぱいがデカいのに着ている服の露出度が高い。絶対にルシェに近づけていけない匂いを発している痴女だ。
「何見てるって、何? コラーデ、分かんなーい」
喋り方すらいらつく。ルシェからは学校では問題を起こさないようにって言われてるから何とか抑えてるけど、言われてなかったらすでにビンタくらいはしてるかもしれないくらいいらつく女だった。
「だったら、分かるように言ってあげる。ルシェのことをそうやって陰から見るのやめてもらえる?」
「なんで~? いい男を見たって何か減るわけじゃないし~、別に問題ないでしょ~」
いらつく! いらつく! いらつく! この女、いらつく!
わたしのいらつきに呼応するように、周囲の窓ガラスが音を立てて弾け飛んだ。周囲にいた生徒たちが異変に気付き騒ぎ始めた。
「ルシェは減るからダメなの。特にあんたみたいな痴女に見られると減るの!」
「ちぇー、ケチー。だったらぁ、シアちゃんのこと見ればいいのかなぁ~」
「はぁ!? あんた何言ってるの!? 大丈夫?」
「歴史上初の人の姿をとった精霊王様だしぃ~。コラーデはルシェ君と同じくらいシアちゃんに興味もあるの~」
「はぁ!? きっしょ! ムリムリ! てか、触らないで」
急に腕を握られたことに驚いて振りほどいた。
同じ人間であるエルには感じないこの不快感はなんなんだろう。この女が亜人種ってことが関係してるのかな。
「えーなんでぇ~。シアちゃんは減らないでしょー。ルシェ君がダメなら、シアちゃんがいい~」
「ムリムリムリ! わたしはルシェと契約を交わしてるの。だから勝手に見たらダメ。特にあんたはダメ!」
「そう言えば、この前エルちゃんから聞いたけど、精霊のシアちゃんは女の子のおっぱいに興味津々なんだよねぇ~。ほら、コラーデのおっぱい揉ませてあげるからぁ~」
コラーデの言葉に釣られ、視線が露出度の激しい衣装に包まれた胸元に吸い込まれた。
たしかにデカいからどんな感じか気になるけど……。ルシェからは勝手に人の胸を触るのはなしだって言われてるし、この女の胸かと思うとなんか悔しい気がする。
「くぅう! 今度エルに頼み込んで触らせてもらうからっ! 痴女のあんたの胸は遠慮しとく!」
「ほらぁ、遠慮しないでいいからぁ~。ほら、ほら」
「わたしの話を聞けぇ!」
コラーデが、わたしの手を掴んで自分の胸元を触らせていく。
むむ、とてつもなく柔らかい。ルカもわたしも胸はこんなに柔らかくないんだけどなぁ……って、ああっ! 違う! 違う!
「やめて! やめなさいよ! この痴女!」
「今、ルカちゃんの顔、『ああ、柔らけぇ』ってなってたよ。精霊王様もおっぱいには勝てないのかなぁ~」
「はぁ!? 違うし! そんなの思ってないし!」
『隠さなくていいから。おっぱい気持ち良かった?』
いつの間にか距離を詰めてたコラーデが、耳元で囁いてきた。耳に息が吹きかかり、ゾワゾワする感覚が拡がる。
この生物、今までの人間とは違う気がする。亜人種は、これほどまでに人間とは違うの!?
ゾワゾワする感覚を振り払うかのように頭を振り、コラーデの手を振り払うと距離を取った。
「はぁ、はぁ、あんた! 今後、ルシェにもわたしにも近づくの禁止! 禁止だからねっ! 分かった!」
「え~、分かんなーい」
くっ! いらつく! けど、これ以上相手をしてたら、こっちがおかしくなりそう!
「ちゃんと、言ったからねっ!」
わたしは急いでその場から立ち去ると、ルシェたちの待つ格納庫に向かった。その日は終始、調子が狂い、エルやルシェに心配されたが何があったかは言えないでいた。
数日後、コラーデからの呼び出し状がルシェとわたしに届いた。
呼び出し状の内容は『わたしがコラーデの胸を触った対価を支払って欲しい』というものだ。
あの痴女、自分で触らせておいて、触られたと書くなんてあり得ない。
ルシェにその時の状況をちゃんと説明したら、理解してもらえたからいいものの、一つ間違えばわたしが彼の信頼を失う危険性があった。
「とりあえず、コラーデ先生の誤解を解きに行こうか。シアが俺と交わした約束を破ったとは思えないしね」
「ごめん、ルシェにまで迷惑が掛かっちゃったね」
「なんで、謝るの? シアは悪いことしてないんだろ?」
「うん、してない」
「だったら、謝る必要はないさ。だろ?」
「う、うん」
ルシェは自分にも迷惑がかかってるのに、わたしのことを責めることをせず、守ってくれようとする。そんな大好きな彼の相棒としては、もっとうまく人間たちと付き合わないといけないなぁ。けど、あの痴女だけはムリかも……。
わたしとルシェは呼び出された保健室に2人で向かうことにした。
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