第47話 首席機士


 季節が進み、王都にも夏を思わせる強い日差しが照り付ける日が増えた。相変わらず講師陣の講義は退屈で眠気を誘ってくる。



 講義をサボってても筆記試験は余裕で満点であったし、実技はすでに飛び級できるとのお墨付きを講師陣たちからもらっていた。なので、俺が講義に集中してなくても怒られないでいる。



 暇すぎる俺は、すやすやと眠っているシアのことを見ながら、好きなところを100個くらい探しているところだ。まぁ、全部が可愛いので100個では足りないくらいではあるが。



 1日に何十回も『ルシェは、わたしのどこが好き?』ってシアの質問攻撃に晒されると、にわかヤンデレに属する者たちは心が折れるわけだが、俺の境地まで達すると、シアのソレがないとソワソワしてしまう。



 とりあえず、今日はここまでに32回ほどシアから『ルシェは、わたしのどこが好き?』と聞かれた。俺が答えてあげる度にニッコニコの笑顔になるの可愛いすぎだろ、うちの相棒。



「ルシェ……うへへ、ルシェ……大好き」



 寝言まで可愛い。



 シアの寝顔を見ていたら講師の講義が終わりを告げ、教室内が途端に騒がしくなる。騒がしくなったことで目覚めたシアが寝ぼけているのか俺に抱き着いてきた。



「ルシェ、大好き」


「俺もそう思ってるさ」



 抱き着いてきたシアが、俺の身体の匂いをクンクンと嗅いでいた。



 最近、ルカにお願いしてシアが好きそうな匂い袋のチョイスをしてもらい、制服の内側に忍ばせてあった。見ての通り、シアには大好評で事あるごとに抱き着いて匂いを嗅いでくる。



「はぁー、幸せー」


「ルシェ君、シア様、エル先輩が来てるよー」


「はっ! ご飯だ! ご飯! エルー、すぐに行くよー。ルシェも行くよー」



 寝ぼけ眼だったシアは目覚めると、俺の手を引いて昼食をとるため中庭に向かった。




 中庭に出た俺たちはいつものベンチに座ると、昼食を広げていく。



「わぁああっ! 今日もシア様のお弁当はおいしそうですね!」


「これはエルたちのやつね。こっちはルシェの分」


「ありがとうございます。パンチョもお裾分けするからちょっと待っててね」



 すっかりシアの作る食事に慣れたエルが、ニコニコと笑みを浮かべていた。ちなみにエルの契約している地属性の精霊王パンチョもシアの料理の虜になっている。



 エルからおすそ分けをもらったハムスターのパンチョは、器用に手を使って食事をしていた。その姿はハムスターそのもので、とても偉い精霊王には見えない。



 精霊王によっては物質界にあんまり姿を現さないやつもいるけど、パンチョはシアと同じくらい物質界を楽しんでる精霊だった。



 中庭で楽しく昼食を食べていると、昼休み中の最上級生たちが格納庫へ向かって走っていく姿が何度も見えた。



「そう言えば、そろそろ機士認定試験の時期か。最上級生は休む時間も自主練か」



 シアが差し出してくれた果物を頬張りながら、格納庫に向かう最上級生たちを見送る。



「エル先輩は、免除組だよな?」


「免除組って言い方はちょっと語弊があるけど……。これでもルシェ君が来るまでは首席機士だったわけで、成績優秀者として最終実技試験まで免除はしてもらえてますね」



 機士認定試験は筆記試験、実機試験、最終実技試験という段階を踏んで行われる。それぞれの試験に合格してようやく機士学校を卒業できる資格が得られるのだ。その3つの試験のうち2つをエルは免除されているそうだ。



「ちなみにソラさんも、アリエスさんも免除されたみたいですよ」


「あの2人の実力なら妥当な評価ってところだな」



 エルとソラとアリエスの同期卒業のフラグは、ちゃんと生きてくれているようだ。3人の実力なら最終実技試験程度は余裕でクリアできるので、機士学校時代のハーレムENDのフラグ回収は完璧に回収できたと思っておこう。



「ソラさんとアリエスさんの機士としての素質を見てると、私と同期で入学して半年で卒業した子を思い出します」



 マリリシャ・トレゾクロッシュだな。そう言えば、もう機士として叙任され、問題山積の領地で領主をしてるはずか。



 エルの親友であり、虹の宝玉作成に関わるメインヒロインの1人だ。火属性の精霊王と契約を交わしていて、シアの天敵とも言える人物だ。天才肌の機士で個人戦闘も優れているが、彼女の特性は視野も広さと味方への指示出しの的確さであり、集団戦において大活躍するサポートキャラとなっている。ただ、メンタル面の波が激しく、メンタルが落ちると途端に指揮能力が下がる癖の強いキャラ。



 エルが家臣入りしてないと、ハーレムEND用の加入フラグが立たないキャラのため、今は関係ないキャラクタ―だった。



「エル先輩の同期だと。10年に一度の天才機士、マリリシャ・トレゾクロッシュか?」


「そうです。彼女は不器用な私と違って圧倒的才能の塊。ソラさんやアリエスさんも、マリリシャと同じ匂いがします」



 努力できるのはエルの持つ才能なのだし、最終的にはエルもマリリシャやソラと同じく、トップエースと言われるような機士に成長するのだが……。今はまだ一介の機士候補生だしな。力の差がかなりあると思っててもしょうがない。俺に出来るのは、エルが努力を怠らないようモチベーションを維持してやることくらいしかできない。



「人の成長速度はバラバラだろ。機士の才能だって人によって成長速度はちがうのさ。だから比べてもしょうがない」


「ルシェ君にそう言われると、少し気が楽になりますね。でも、卒業までに首席機士の座は取り戻したいところです」


「譲ろうか?」


「本気で言ってます? それを私が喜ぶとでも?」


「冗談だ。実力で俺から奪ってくれ」



 霊機の戦闘訓練で手を抜くと、エルの好感度が下がるので、全力で相手をしてやるつもりだ。首席機士の座を譲る気もない。



 首席機士は機士候補生で最強を示す称号。普通なら最終学年に入った者か圧倒的才能を示して飛び級した者が持っているはずなのだが、今は1年生にすぎない俺に与えられている。



 実力伯仲であろうソラは、機士王を目指しているため、候補生最強にすぎない首席機士の称号には興味がないらしく、決闘を挑んでくる様子はなかった。



 他の候補生たちは、入学式で見せた圧倒的な霊機の戦闘技術に恐れをなして、挑んでくる者はエル以外に皆無だ。



「ルシェ君の弱点を見つけ出して、絶対に勝ちますからね」


「俺も日々成長しているつもりだから、負ける気はないさ」



 とりあえず、首席機士で卒業しないと下賜される機体が汎用標準型霊機ドランカードになってしまうからな。あの足の遅さでは回収できないフラグも出てくるし、かといってドワイド家が王国軍から購入を許されている機体では物足りない。



 専用機体も、大襲来前の今の技術で作れる機体は、開発費用のわりに性能がイマイチな旧世代機になってしまう。



 そう考えると首席機士に下賜される高機動指揮官機型ゼファーは、汎用性の高い機体設計をしてて、大襲来後の技術革新にも耐えうる拡張性もあり、なおかつ機動力の高い機体。



 これを初期機体として手に入れれば、しばらく専用機体の開発をしなくてもゼファーの改良でしのげ、限られた予算を効率的に領地開発に振り分けられるし、機動力の求められるハーレムEND用のフラグ回収イベントにも十分に対応できるはずだ。



 だから、首席機士の座は譲れない。



「今日も授業後は鍛錬相手をお願いしますね」


「それは、こっちのセリフのはずだが?」


「いいえ、こっちのセリフですよ」



 エルがニコリと笑みを浮かべた。やはり、笑っている彼女はとても魅力的な女性だ。



 他の人たちの前だと、寡黙で凛々しい機士姿を見せることが多いエルだが、本当の彼女は優しく真面目で努力家で笑顔が似合う女性機士なんだと思う。



 その後、中庭で昼食を終えた俺たちは再び眠気を誘う講義を聞くため、機士科の校舎に戻ることにした。

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