第46話 妖霊機の正体



「わたしのお土産は気に入ってもらえましたか?」



 いつものごとく音もなく現れたリンデルの言葉に、執務室の椅子に座っていたリデルの顔が歪む。



 転移転送能力を持つ新種の妖霊機ファントムが現れたとの情報でこの数日間、王国内に激震が走っていた。その対応に追われ、リデルも睡眠時間がかなり削られ、目の下に隈が浮かんでいる。



「あんなものを用意してたとはな……」


「自らを転移させ、味方も転送させる能力を持つ妖霊機ファントム。滅びの時を待ちわびて暇を持て余している上位者たちが嬉々として作った新種の妖霊機ファントムです。倉庫に眠っていたのを拝借してみましたが、かなり喜んでもらえたようですね」


「喜んでいるものか……」


「それは残念。今回の件は、そちらが盟約に対し、不穏な動きを見せているので、釘を刺しただけですよ。ルシェ・ドワイドが機士学校を卒業するまでは盟約は守られるので慌てないでください。とりあえず、こんな計画は不要ですよ」



 リンデルがリデルの机の上に書類の束を投げ捨てた。書類には『東部大規模侵攻作戦案骨子』という文字が書かれている。



「こ、これを何でお前が!?」


「王国内には貴方が思っている以上に、我々の目も耳も多いのですよ」


「我が国内に化け物に与する者など――」



 リデルの口をリンデルが手で塞いだ。



「『偽りの機士王に鉄槌を』って、わたしからのメッセージは貴方に届きませんでしたか? 我が子を化け物に売り飛ばし和を願い出た貴方には届きませんか?」



 リデルの口を塞いだリンデルの手に徐々に力が込められていく。骨のきしむ音が室内に響いた。



「おっと、危ない。殺すところでした。貴方には、まだ死んでもらっては困る。女神サスティアナよりこの地の統治を任された機士王として立派に死んでもらわないといけませんからね」


「ケホッ、ケホッ! 化け物風情が女神サスティアナ様の名を口にするな」


「では、女神ではなく、無能者サスティアナと呼ばせてもらいましょうか? 上位者たちは、彼女が自分たちにした仕打ちをとても憎んでいます。彼らと融合したわたしもサスティアナの悪行を知り、心底軽蔑し憎んでいます。そんな女を神と崇める貴方たちは唾棄すべき愚か者だ」


「何の話だ? 何を言っている?」


「ああ、そう言えばあの女は愚かな人類には本当の話をせずに姿を消しましたね。いいでしょう、貴方にはどうして我々・・がこの世界に生み出されたのか教えてあげましょう。貴方は我々・・と盟約を交わした間柄。盟約相手に隠し事はよくありませんからね」



 そう言ったリンデルが指を鳴らすと、リデルの前に映像が浮かび上がった。



 映像には人類とともに霊機と思しき機体を整備し、精霊と契約した機士と談笑を交わす美しい女性の姿が映し出された。



「女神サスティアナ。この世界を創り出した女神とされている女。世界各所に点在する悪の存在である妖霊機ファントムを倒すため、彼女は精霊との契約法を伝え、霊機の基本原理と基本構造を人類に教えた。おかげで人類は妖霊機ファントムに滅ぼされることなく生存ができているというのが人類が知ってる情報でよろしいか?」


「ああ、そうだ。我々は女神サスティアナ様より霊機の製造法と精霊との契約法を教えられたことで、妖霊機ファントムに対抗できる機士を見出し、霊機を使い戦いを続けている。お前らを全て滅ぼすまでその日まで」



 ニヤリと笑ったリンデルが指を鳴らすと、映像が切り替わる。映像には先ほどよりも若い姿のサスティアナが、霊機を整備している姿が映し出されている。先ほどと同じかと思われたが、整備している機体の機士席の中には人の姿が一切なかった。



「あの女は大嘘吐きですよ。妖霊機ファントムは、この世界に最初から存在した悪ではないのですから。我々妖霊機ファントムを生み出し続ける上位者たちを作り出したのは、まぎれもなくあの女自身です」


「待て、言ってる意味が――」


「簡単ですよ。あの女はこの世界で人類を介さない自立兵器の開発をしてて、その集大成が妖霊機ファントムの上位者たちだったということです。彼らは精霊でありながら、自意識を持ち、霊機という強靭な肉体を持った存在として、あの女に作り出された究極の戦闘兵器」


「う、嘘を吐くな!」


「嘘も何も、上位者たちは当時を知っている張本人たちですからね」


「仮にお前の話が本当であったとしても、妖霊機ファントムは人類を襲う敵であり悪だ」


「あの女が人類にそう吹き込んだだけですよ」



 リンデルが指を鳴らすと、映像が切り替わる。霊機と思しき機体が次々に破壊されており、何かの試験をしている様子が映し出された。



「あの女は自意識を持つ妖霊機ファントムに対し、過酷な性能試験を課して、次々に機体を壊しては新たな機体を試作していった。そんな過酷な性能試験が続き、自意識を持っている妖霊機ファントムたちが、あの女からの要求に嫌気が差した時、叛乱を起こした者がいたわけです。それが今の妖霊機ファントムたちの上位者たちというわけです」



 映像が切り替わり、霊機の製造工場と思しき場所から黒煙が噴き上がるのが見えた。



「叛乱は成功し、サスティアナを追放した上位者たちは、その地で穏やかに暮らすつもりだったが、人類に精霊との契約法と霊機の製造法を教えたあの女が妖霊機ファントムの上位者たちの存在を消し去ろうと襲い掛かってきた。以来、襲い掛かってくる人類から身を守るため、製造工場で自らの仲間を増やし改良を続け、サスティアナの手先となった人類を倒す戦いを続け、今日に至ったというわけです」


「馬鹿な……そんな話を信じろと?」


「別に信じてもらう必要はありません。隠し事はマズいと思って喋っただけです。それに妖霊機ファントムの上位者たちは、今の生活に飽き、滅びの時を楽しみにしております」



 映像がルシェ・ドワイドに切り替わった。



「彼が女神サスティアナの選んだ我々への最強にして最後の刺客。彼との戦いで多くの妖霊機ファントムは討たれ、その存在をこの世界から消し去れるはずです。だから、余計なことをせずに大人しくしておいてください」


「何もするなとは――」



 リンデルが執務机の上の書類を手に取り、リデルの顔面に突きつけた。



「もう一度だけ言います。余計なことはするな! 時が来れば貴方は私が確実に殺します。いいですね」


「くっ!」


「そうだ。わたしもネームドになりましたので、今後は『黒機士ブラックナイト』とお呼びください。リンデルの名は現時点で捨てました。では、また」



 リンデルの姿が靄となって室内から消え去った。残されたリデルは机の上の書類を手に取ると、ビリビリに破って捨てた。



 数日後、秘密裏に予定されていた東部大規模侵攻作戦の実施が急遽中止され、集められた兵力は戦果を挙げることなく各地に戻っていくこととなった。

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