第45話 ルカとエル


 操練場での新種の妖霊機ファントムとの戦闘から1週間がすぎ、王国軍からのいろいろな聴き取り調査や、義父上への報告を終え、ようやく日常が戻りつつある。



 王国軍は新種妖霊機ファントムに対し、転移転送能力を持つという意味の『メタスターシス』という正式名称を与え、そのスペックを各地の機士たちに通達した。



 同時に、シアが作成したザガルバンドの性能向上データが配布され、各地の配備されている機体の再調整も始まっている。



 突発的な新種妖霊機ファントムの転移事件やザガルバンドの性能向上イベントがあったものの、『神霊機大戦』のハーレムENDルートの流れが変化していないことは確認できた。



 なぜなら、ストーリー進行通りにソラとアリエスが飛び級3年に進級し、機士認定試験を受けることが決まったからだ。エルとソラとアリエスが揃って同じ二五四期で卒業するのがハーレムENDルート継続のフラグ判定になっている。



 ちなみにソラとアリエスと邂逅イベントフラグを回収していないと、3人が同期で卒業することは起きないようになっていた。



 本来なら学年別の戦技試験で圧倒的な強さを見せての進級だったはずが、どうやらそれが新種妖霊機ファントムの転移事件における戦闘の功績に入れ替わったらしい。



 なにはともあれ、フラグは生きてるようでよかった。



「ルシェ君、ぼんやりしてると危ないですよ」



 エルの声で我に返ると、斬撃が目の前に迫っていた。とっさに剣を斜めに構え受け流す。



「すまない。鍛錬中に他事を考えてしまったようだ」


「ルシェ君にしては珍しいですね。今日は終わりにしましょうか?」


「ああ、そうだな。そうしよう」


「お疲れー。エル、今日は学校も休みだし、貴方も朝食に誘いたいけど時間大丈夫?」



 鍛錬の終わりを見計らっていたシアが、綺麗な布を持って近づいてきた。



 そう言えば、昨日エルのことを朝食に誘うって言ってたな。ようやく、エルの存在を許せるようになったらしい。ただ、許されてもヤンデレ値の上昇はするのでエルとの付き合い方は慎重にしなければ。



「シ、シア様!? そ、そんな! 朝食の席に同席するなんてこと……」


「いいから、いいから、まず浴室で汗を流してこようね。はい、はい、行くよー」


「え? え? え? ルシェ君?」


「だそうだ。シアが誘ってくれてるし、妹もエルに会いたいって言ってた紹介したいと思う」


「え? え?」



 シアは人付き合いに波があるけど、基本的に世話焼きだからなぁ。自分が認めた人物に関しては、いろいろと面倒を見たがることが多い。エルもその範疇に入ったということだ。



 困惑するエルの手を引き、シアが屋敷の奥へ消えていった。残された俺は鍛錬で使った剣を片付けると水を浴びに井戸へ向かうことにした。



 水浴びをして着替え終えると、朝食を食べるためルカの寝室の扉をノックして部屋に入る。



「は、初めましてぇ! ルシェ・ドワイドの妹のルカと申しますっ! エルさんの話はシアさんとか兄様から聞いてました! きょ、今日はお招きできて光栄です!」



 部屋に入ると、緊張した面持ちで椅子から立って出迎えたルカから自己紹介を受けた。



「ルカお嬢様、落ち着いてください。坊ちゃまですぞ」


「はっ! 嘘! 兄様!?」


「残念だが、エルではないな。今はシアと一緒に汗を流すため浴室へ行っている。もう少ししたら来るはずだ」



 ルカにも昨日の夕食時点で、朝食にエルを誘うことを告げてあったため、昨夜からずっとこの調子であった。すぐにルカの隣に行くと手を添えて椅子に座らせる。



 少しばかり目の下に隈ができてる感じがするが……。今日が楽しみすぎて寝られなかったんだろうか。



「昨日は寝てないだろ?」


「そ、そんなことないよ。ちゃんと、寝た。寝たよ。ローマンからも私がちゃんと寝てたって兄様に説明してあげて」


「ええっと、0時と2時と4時に本日のご挨拶の練習をされたご様子がありました。本日は6時に起床されております。はい」


「起きてるな……」


「違うもん。寝てたからっ!」



 ルカが頬をぷぅと膨らませて寝ていたと言い張った。



 うちの妹はなんにしても可愛いな。そこまでエルとの会食を楽しみにしてたとなれば、少しでもいい雰囲気で終えられるよう兄として頑張らねばなるまい。



「分かった。分かった。ルカはちゃんと寝てたってことにしておこう。それはそうと、今日はいつも以上に気合の入った衣装を選んだようだ」


「近衛機士団長のご令嬢のエルさんをお迎えするんだから、ちゃんとした正装しなきゃって思って、シアさんに選んでもらったの。どうかな? 大丈夫?」



 椅子から再び立ったルカが、スカートのすそを持って全身を見せてくれた。



 ヒラヒラとレースがてんこ盛りされた衣装で、ルカが着るといかにも深窓のご令嬢様っぽさが増している。これなら、どこの家のパーティーに出しても恥ずかしくないくらいの機族の令嬢だった。



「ああ、バッチリだ。おかげで、俺も完全に目が覚めた気がするぞ。それくらい似合っている」


「よかったぁあ! 実はシアさんが王都で一番の仕立て屋さんを呼んで作ってくれた衣装で、けっこうなお金がかかってたやつなの。義父様にも見せて褒めてもらえたけど、兄様も褒めてもらえたから買ってもらってよかった」



 義父上もルカには甘々だな。まぁ、俺もだが。新種発見の件は報奨金が支払われるって話だし。その金はルカの衣装代に充てるとするか。



 それからしばらくルカとともに、シアたちが戻ってくるのを待っていたら、急に扉が勢いよく開いた。



「ルシェ! 大変! 大変! 大変なの!」


「どうした? シア?」



 慌てた様子を見せたシアの後ろには、いつもの甲冑ではなく、令嬢らしいドレスを着たエルの姿があった。



「エルの胸が大きすぎてドレスがきついの! こんなに大きいなんてきいてないよ! わたしにはこんなに大きなの付いてない!」


「ひぇ!? シ、シア様!? 胸を持ち上げられるとドレスがズレて胸元が――」



 エルの後ろに回り込んだシアが、無遠慮に胸を持ち上げている。



 そう言えば、シアはぺったんこだったな……。人と同じ姿をしているので忘れていることが多いが、シアは元々精霊で人の身体のことをあまり詳しく知らないため、興味を持った人間の身体には、よく触れて確認をしている。



 ルカにも初めて会った後、いろいろとぺたぺたと触って確認していたはずだ。特に胸には強く興味を引かれるらしく、ゲーム内でも他のキャラのおっぱいを揉んでいることが多かった。



「シ、シアさん! ズルいです! 私もエルさんのが気になります!」



 座っていたルカが、大きな声を上げたかと思うと、ふらふらとエルに向かって歩き出した。寝不足が祟ったのか、足を引っかけたルカが倒れ込みそうになると、エルが大きな胸元で抱き留めてくれた。



「だ、大丈夫ですか?」


「は、はい。初めまして。ルシェ・ドワイドの妹ルカと言います。エルさんの話はシアさんとか兄様から聞いてました! きょ、今日はお招きできて光栄です!」


「貴方がルカちゃんなんですね。ルシェ君から聞きました。お身体は大丈夫かな?」


「ええ、はい。とても、大丈夫です。とてもいい気持ち」


「ルカちゃん、わたしの胸には付いてないけど、エルのおっぱい何で大きいの人間はここまで大きく育つの?」


「分かんないです。エルさん、どうすればおっぱい大きくなるんですかね」


「えーっと……」



 おっぱいに興味津々なルカとシアからの何で何で攻撃に困惑しているエルが、俺の助けを求める視線を送ってきた。



 シアが興味を持つのは想定済みだったが、ルカもだったのか……。これはすぐに話題を変えてやらないとエルが泣いてしまう。



 エルが、その手の話題がとても苦手だと知ってるため、俺はすぐさま助け舟を出すことにした。



「ルカ、お招きした客人に対してそのような不躾な質問をするのは淑女としての礼儀かい?」


「はっ! 失礼致しました! つい、興味の方が勝ってしまいました。ご気分を害されたら申し訳ありません!」


「シアも勝手に他人の身体に触れないように」


「はぁーい」


「ということで、2人のことは許してやってくれ。今後はさっきみたいなことはさせないつもりだ」



 2人からの質問から解放されたと察したエルが、大きく顔を振っていた。



「許すも何も、ちょっとびっくりしただけですから。別にルシェ君のいないところならさっきの質問も答えて――」


「「本当!?」」


「2人とも自重してくれ」



 再びエルのおっぱいに食いつきそうだった2人に釘を刺しておいた。



「シアやルカのお願いだからって、エルが無理はしなくていいさ。言いたくないこともあるのが人間だしな」


「ルシェ君……」


「「ごめんなさい」」


「いやいや、2人とも謝ることじゃないから大丈夫です。私の問題だから」



 シアやルカも、エルが周囲からどんな目で見られてきたかを知れば、わざわざ聞こうという気はなくなるはずだ。大きな胸というのは、彼女のトラウマの根源でもあるわけで、そう簡単に踏み込んでいい問題ではない。



「さて、その話は終わりだ。それよりも朝食にしようか。シア、給仕を頼む」


「はい、はい。エルはそっちね。ルカちゃんはそこ。ルシェはそっち」


「実は精霊王様の作る手料理がとても楽しみなんです。ルシェ君がシア様のお弁当を食べてるのをチラって見てた時、味が気になってたから」


「エルさん、シアさんのご飯はとっても美味しいんだよ。びっくりするよ。きっと」



 シアの作る食事は豪華ではないが、手が込んでて味が抜群にいい。それに機士の身体づくりに必要な食材もふんだんに使ってくれていて、身体は加速Gに負けないよう頑強な成長をしてくれている。



 きっとエルもシアの食事は気に入ってくれるはずだ。



「あらあら、そんなに褒めてくれるなら、ルカちゃんにはお野菜増量しとくねー」


「あうぅー。お野菜いやぁー」


「すまないな。うちの朝食は騒がしいんだ」


「そんなことないですよ。うちも兄が一緒に暮らしてた時は騒がしかったので気になりません」


「そうか、それならよかった」



 こうしてエルを迎えた朝食会は、終始和やかな空気が流れ、会話が弾んだ楽しい食事会になってくれた。エルもこの食事会の効果が出たのか、ルカのことをとても気に入ってくれたようで、この日を境に毎日朝食をともにする仲に一気に進展していた。



 朝、うちでエルと剣技の鍛錬をし汗を流して朝食をルカとともに食べ、一緒に機士学校に通うのが俺の日常へとなった。


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