第26話 王都への旅立ち


 王都への旅立ちの日が来た。先に王都の屋敷に向かったローマンが、受け入れ態勢を整えたことを長距離通信で伝えて来たため、本日の出発となった。



 見送りは派手にせずにして欲しいとの俺の要望もあり、義父上と家臣の従騎士たち数名が、日が落ちてかがり火が焚かれている操練場に集まっている。日に当たれないルカのこともあり、出発時刻は夜としてあった。



「ルシェ、機士学校では我が家のように自由にはできん。きちんと定められたルールを守るようにな」


「はっ! ドワイド家の後継者として恥ずかしくない振る舞いをするよう気を付けるつもりです」


「ああ、そうだ。ドワイド家の後継者としての自覚を忘れるな」



 義父上の表情が冴えないのは、最近発覚した義母パトラの妊娠の影響だろう。10年以上できなかった子供を授かったことで困惑している様子が見られた。



 俺も義母の妊娠という情報に触れた時、義父上と同じように困惑を覚えた。なぜなら、義母の妊娠は俺が追放されることになるフラグである可能性が高いからだ。ただ、ブロンギが死ななければ、養子の俺が追放されることもないはず。だから、鍛錬に付き合ってくれ、付き合いの深まった従騎士たちに義父上の身辺警護を頼んでおいた。



 それに機士学校を無事に卒業し、正式な機士となれば自分の領地を与えられる。最悪、ドワイド家の後継者になれなくても、『神霊機大戦』の知識を活かしてそちらの領地を育てればいい。効率的な都市計画、優秀な人材の集め方、資金稼ぎの方法は頭の中に入ってるわけだし。



 もちろん、俺がブロンギからドワイド家の後継者に指名されて領地を受け継いだとしても、義母パトラとその子を迫害するつもりはない。生活に困らない資金を与え、機族としての生活を賄えるようにはする。義理とはいえ俺の弟か妹になるわけだしね。



 困惑する義父上の顔を見ながら、これからのことに想いを馳せていると、隣でルカが声を発した。



「そう言えば、シアさんから義母上が子を身籠ったとお聞きしました。だとすると、わたしが兄様と一緒に王都から帰ってくる頃には、義父上の御子が抱けるのですね。楽しみ」



 ブロンギの視線が一瞬、俺の隣に立つシアに向けられた。義母パトラの妊娠は、ルカには伏せておくつもりだったのだろう。シアはルカ大好きっ子だから、ブロンギが夕食の食卓に顔を見せなくなって哀しそうにしてたのに我慢ができなかったらしい。



 義父上もルカや俺のことを実子同様に可愛がってくれているのを知っているため、実子ができた今、彼を責める気は微塵も起きない。できれば何事もなく良好な家族関係を続けていきたいところだ。



「ああ、そうだ。弟か妹かまでは分からぬがな。戻ってきたらルカに一番に抱かせてやろう」


「本当ですね! 楽しみ!」


「道中は無理しないようにな。ルシェとシアの言うことをよく聞くように。お前が王都で無事にすごしてくれるのが父の願いだ」


「はぁ~い。兄様とシアさんの言うことを聞いて、静養に努めます」


「うむ、よい返事だ。とりあえず、向こうの屋敷に設置してある長距離通信機はいつでも使っていいからな。ローマンに言ってルカの部屋に設置してある。毎日あったことをわしに伝えてくれ」


「はぁ~い。兄様のことは私が責任をもって義父上に毎日報告しますね」



 いつの間にそんな指示が……。長距離通信機はテレビ電話みたいなもので、距離が遠くなればなるほど希少な魔石エネルギーを大量消費する機器なんだが。義父上の溺愛の極まれりだな。



 そんな高額機器を娘に使わせるのは、さすが有力機士のドワイド家の財力だが――。ルカには長電話はさせないようにしないと。娘との通話で家が財政破綻とかしたら笑えない。



「義父上の配慮に痛み入ります。では、そろそろ出発したいと思います」


「ああ、お前の操縦技術なら長距離行軍も難なくこなすだろうが、気を付けて行ってこい」


「はっ! では行ってまいります!」


「行ってきます」



 俺はルカとシアを連れ、王都に持っていくザガルバンドの足元に行くと、くるぶしの搭乗口解放のスイッチを押してワイヤーに掴まりながら乗り込む。



「ここが霊機の操縦室内なんだ……。すごい。でも狭いね」


「ルカちゃんの補助席はここだよー」



 整備担当者に無理を言って、機士席の隣に補助シートを増設してもらっている。小柄なルカではあるが、操縦室内も狭いので座席はゆったりサイズとはいかない。その分、お尻が痛くならないようふかふかにしておいてもらった。



「どう? お尻痛くない? そのベルト付けてね」


「大丈夫。ふかふかしてる。これなら長い旅も安心だよー」


「りょーかい。じゃあ、ルカちゃんのシートだけ特別に負担がかからないようにするね」



 シアが機体の中に吸い込まれ、一体化すると、ルカの座る補助シートが淡く光を帯びた。補助シートの淡い光が、ルカにかかる加速Gや振動を軽減してくれる効果を発揮してくれる。多少精霊炉の出力は食うが、妹の身体の負担軽減には変えられない。



「とりあえず、移動は常に夜に行う。日が昇っている間は遮光されたテント内で寝るつもりだ。昼夜が逆転するので眠かったら機内で寝ててもいいぞ」


「大丈夫、兄様の操縦してるところを見ながら起きてるから」


「分かった。だが、無理はするな」


「はぁーい」



 ルカの準備が整ったことを確認すると、コンソールボタンから搭乗口を閉めるスイッチを押す。搭乗口が閉まり周囲を映しだすモニターと一体化すると、起動準備を手早く済ませていく。



「ルシェ、準備完了。機関正常、異常箇所なし」


「よし、では出発する」



 駐機体勢解除ボタンを押し、ザガルバンドをゆっくりと立ち上がらせた。視界が一気に高くなる。



「すごーい! これが霊機に乗った人の視界なんだー! 義父上たちがすごい下ににいる!」


「ルカ、動くぞ」


「う、うん。お願いします」



 俺はゆっくりとフットペダルを踏み込み、義父上たちが見送ってくれた操練場を後にすると、機士学校がある王都に向かってザガルバンドを歩かせ始めた。

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