第24話 兄として妹の楽しみは奪えない
いつものごとく、朝食前の日課の鍛錬をしていた。筋トレの成果も徐々に出て来ており、最初は重いと感じていた木剣も軽くなってしまった。そのため師匠ローマンから重さを増した鉄製の剣に変更するように言われ、言われた通り重い鉄の剣にしている。
最近ではさらなる肉体改造のため、講義などの間に発生する隙間時間に持久走を加え、霊機による長時間戦闘に耐える身体づくりを続けた結果、ザガルバンドの加速G程度でなら、疲労しにくいくらいにまで仕上がってきていた。
とはいえ、リンデルが搭乗する予定だった専用機の加速Gがどれくらいなのか、実機に乗ってないため分からない。だから、今後も肉体鍛錬をやめるつもりはなかった。
「ふぅー。そろそろ、朝食の時間か。シアは先に行ってるみたいだな」
いつもは俺の鍛錬が終わるのを見届けてから、ルカの部屋に行っているのだが、ここ数日は引っ越しの準備のため、早めに移動しているっぽい。
「坊ちゃま! 坊ちゃま!」
鍛錬で使った物を部屋に戻そうとしていた俺のもとに、慌てた様子のローマンが駆け寄ってきた。
「坊ちゃま、王都の屋敷へ移る準備は進めておりますか! そろそろ荷造りを終えませんと間に合いませんぞ!」
「ローマン、まだ慌てる時ではない。俺があっちの屋敷へ持ち込むものは、義父上から借り受けたザガルバンド1機だけだ。それ以外の物はあっちの屋敷のものを使ってよいと言われておるだろう」
警戒部隊に参加した際、探知した敵を精霊誘導弾によって撃破した戦果によって、俺のわがままが1つ許された。そのわがままは、機士学校に通う間、王都にあるドワイド家の屋敷を使うことだ。
屋敷は義父上が王都滞在中に住むため王国から与えられた物件で、ドワイド家所有となっているものだ。そのため、常時メイドや執事が屋敷を維持管理しており、持ち込む必要のあるものはほとんどなかった。
「爺は、坊ちゃまのことを申しておるのではありません。ルカ様の方です」
妹のルカも俺の要望通り王都の屋敷で静養することが決まった。
当初、義父上はルカの病気のこともあり静養先を王都に変えることに難色を示していた。だが、そんな状況が変化したのは、義母パトラの影響だ。病気療養と称して月の大半を過ごしていた別荘から、本宅にいる日が増え、義父上がルカの部屋に行くことを阻む日が増えたのだ。
そのため、義父上もルカの静養環境を最優先に考え、俺とともに王都の屋敷へ送り出す方を選んでくれた。
「ルカの方? あっちはシアが任せてくれと言ってたはずだが?」
ルカの引っ越し準備は、シアが責任を持って進めていくと請け負ってくれていた。俺も手伝いたいのだが、シアからは『荷造りは女の子同士でしかしちゃダメ』って言われてしまいお任せするしかなかった。
お兄ちゃんとしては、手伝えないのは寂しい限りなのだが……。身体を鍛えてるから、重量物とかなら運ぶ自信はあるんだがなぁ。
「坊ちゃま! 聞いておりますか?」
空を見上げ、大事な妹の初めての荷造りを手伝えない寂しさを思い出していたら、ローマンの顔が視界に飛び込んできた。
「聞いてる。聞いているぞ。ルカの荷造り担当は、シアだったはずだ」
「ええ、そのシア様が膨大な量の衣服を王都の屋敷に持ち込むと申されておるのです。馬車10台分はさすがに多すぎますぞ! 坊ちゃまからシア様に荷物を減らすようにお口添えを――」
「なんだ、そんなことか。たかが馬車10台ならば、問題あるまい」
「は!? なんと言われましたか?」
「馬車10台程度ならば問題ないと言っただけだ。ルカは何を着ても似合うから、大量の衣装が必要だ。それに王都は最新の衣服も調達できる場所。向こうの屋敷の者には、ローマンから衣装を収納できる場所を確保できるよう伝えておくように」
最近、体調が安定してきたルカは、シアの選んだ衣服を着て、俺からの感想を言ってもらうことが楽しみとなっている。視力も衰え、身体が弱く、外にも出れない妹にようやくできた楽しみを、俺の事情で奪うことはできない。
「ですが、坊ちゃま」
「ローマンには人の心がないのか。妹の唯一の楽しみを、たかが馬車10台程度の荷物で、兄である俺に奪えと言うのか?」
「うっ! そ、それは……」
「ローマンも、ルカがどれだけ寂しい人生を送ってきたか身近で見てきただろう。そんな妹の楽しみを俺は奪えないぞ」
「ですが、予算が――」
「荷物は俺がザガルバンドで背負っていくさ。それなら予算など要らぬだろ」
屋敷にはザガルバンドを持ち込むため、機体に物資輸送用の箱を括り付ければ、馬車10台分くらいの衣装は、重さからして荷物というほどではない。
「坊ちゃま自らが霊機の操縦をされて王都入りされると?」
「ああ、その方が移動も速いからな。ルカに長旅はさせたくない」
馬車だと王都まで2週間くらいはかかるが、ルカの身体に負担のない速度であってもザガルバンドであれば1週間で済む。移動時間が短ければ短いほどルカの身体にかかる負担は少なくなる。なので、俺の操縦するザガルバンドで王都入りするのが最善の選択肢だ。
「それに機士席は完全遮光できるからな。ルカには特別にしつらえた補助席に乗ってもらうつもりだ」
「霊機にルカ様を乗せるのですか!?」
「ああ、夜の出発ならば身体に日を浴びずに済む」
「た、たしかに坊ちゃまの言われることには一理ありますが――」
「俺とルカとシアはザガルバンドで移動する。ローマンは馬車だから先に出発して向こうの受け入れ態勢を整えておくように。これはお願いじゃない。決定事項だ。メイドも付き人もこっちから連れて行かないからな」
「坊ちゃま!」
「頼んだぞ、ローマン」
「……承知しました! これより、方々に指示を出してから王都へ先に向かいますぞ!」
ローマンは何か言いたそうな顔をしたが、俺が一度言い出したら聞かないことを熟知しているようで、やるべきことを達成するため、駆け出していった。
俺はローマンが去っていくのを見届けると、道具を片付けて朝食をとるためルカの部屋へ向かった。
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