第2話 ネタキャラへの転生


 目覚めた俺は、自分が置かれた状況を理解できないでいる。



 落ち着け、俺。まずは事態を把握しろ。



 視界がやたらと低い。身長が縮んでるのか? いちおうそれなりの身長はあったんだがな。



 って、そんなことはいい! 何だ、この場所、見覚えが…ないんだが……。



 周囲を見まわす俺の視界に飛び込んできたのは、豪華な屋敷の中にある寝室らしきところだった。



 どこだ? ここは? というより、俺はVRヘッドギアを着けて、自宅で『神霊機大戦』をプレイしてたはずだが?



 周囲を見まわすのをやめ、VRヘッドギアを取ろうと頭に手をやる。



 手に触れたのは、髪の毛しかなかった。



 ない……。!? VRヘッドギアの感触がない……。どうなってるんだ!?



 俺は自分の頭の状況を確認するため、ベッドから這い出ると部屋に置かれた鏡を覗き込んだ。



 サラサラの金髪に、綺麗な碧眼、目鼻立ちもバランスよくおさまったイケメン。いや、イケショタか。



 ちょ! イケショタって子供じゃねーか! なんで俺が、10歳くらいの子供に!? 



 鏡を見たことで余計に混乱が広がった。深呼吸して、もう一度確認のため鏡を覗き込む。



 落ち着いてみると、鏡の中に映った顔に見覚えがあった。



 この顔、嘘だろ……。俺が――顔面偏差値Sランク、機士の実力Gランクの最弱サポートキャラと言われた金ぴかルシェ・ドワイドになってる!?



 幼少期の主人公と成人の儀式である『対話の儀』で出会い、力でねじ伏せられた後、腐れ縁で行動を共にしていた機族の息子。



 派手に目立つことを好み、傲慢で機士以外の者を見下し、口癖は『俺は機士王になる!』と言って憚らない口先だけの男だ。



 機士として最重要の精霊適性は、作中のサポートキャラで唯一主人公と同じ超絶レアな『精霊王位・無属性』の判定を受け、使えるキャラっぽく思えるんだが――。



 ただ、主人公と違い霊機れいきの操縦技術の素質が圧倒的に不足しており、避けられない、走れない、攻撃が当たらないの三拍子が揃ってしまう。



 そのうえ、愛機を常に金色に塗装するという特殊性癖のせいで攻撃が集中し、デコイ以下の仕事しかしないと揶揄されるキャラ。



 けれど、女性人気は主人公を抜いて不動の一位を守り続けてた。主に右側需要らしいと紗奈が言っていた気がする。右側って何だとは思っていたが――。



 そんな圧倒的ネタキャラのルシェ・ドワイドに、俺は転生してしまった。



「だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ! マジか! なんでこんなことにぃいいいい!」



 俺がハマったゲームである『神霊機大戦』の世界に転生してしまったのは何となく理解した。だが、よりにもよって作中一番のネタキャラなんだよっ!



 自分がルシェ・ドワイドだと認識すると、彼の今まで生きてきた記憶が流れ込んでくる。



 両親はすでに死んでる? たしかこいつの父親は、有力機士のはず? あの父親は養父だったのか!? それに病弱の妹がいる? ルカ・ドワイド……。聞いたことない名前だ。



 先天性の精霊力欠乏病の妹を助けるため、強い精霊力を持つ者しかなれない機士王を目指してるのか……。



 なんだよ……それ……そんな重たい設定を持ってたのかよ。お前は……。作中のネタキャラ感満載の言動と違って、妹思いのスゲーいいやつじゃねえか。お前の妹を思う気持ちには共感しかねぇ……。



 ルシェ・ドワイドが作中で明かさなかった幼少期の情報が次々と流れ込み、俺の記憶として定着していく。



 今の俺は天津あまつしんであり、『神霊機大戦』のルシェ・ドワイドでもある。



 二つの記憶が反発することなく溶け合った。



 鏡の前でボーっとしていたら、扉が勢いよく開かれた。



「坊ちゃま! 何事ですか!?」



 扉を開けて入ってきたのは、ロマンスグレーの髪を綺麗に撫でつけ、髭を蓄え、モノクルを付けた執事然とした老人だった。ルシェ・ドワイドの記憶の中から、その男が実父の付けてくれた守役兼執事のローマンであることを思い出す。



「ローマン、騒ぐな。何でもない。ただの発声練習だ。今日はとても素晴らしい目覚めができたのでな。その喜びを声に出してみただけだ」



 記憶が溶け合ったことで、喋り方も相手にぎこちなさを感じさせないようできたと思う。



「そ、そうでしたか……。急な大声が聞こえたので、爺は何事か起きたのではと焦りましたぞ。先代様よりルシェ様の養育を任されて――」


「分かっているから、もう喋るな。それよりも、着替えを頼む。その後、妹のルカの様子を見に行きたい」


「は、ははっ! すぐに取りかからせます」



 ローマンは頭を下げると、俺の言葉に不信感を抱かず、メイドを呼び出す鈴を鳴らした。



 しばらくして、着替えを持った若いメイドたちが部屋の中に入ってくる。みんな10代後半と思しき容貌のいい女性たちだった。



 日本生まれの一般人だった俺からすると、他人にかしづかれての着替えは気恥ずかしさしかない。



 だが、ルシェ・ドワイドの記憶のおかげで、この世界の機族に連なる者は、そうしてもらうのが当たり前だと思える。



 おかげで、緊張せずに着替えをさせてもらえた。



「坊ちゃまは、何を着ても見る者の目を引くお方ですな」


「世辞はいらんぞ。ローマン」


「世辞ではございませんぞ。領民やメイドたちがそう申しておるのですよ。それに養父様も坊ちゃまへの縁談の量には辟易してるそうですぞ」



 義理とはいえ有力機士の息子である俺への縁談の量がすごいのか。さすが顔面偏差値Sランクと家系内に高位精霊との契約を果たした者がいるのは伊達じゃないってことだな……。



「俺は一刻も早く機士王にならねばならん男だ。縁談などに時間を割けるか」


「そうでしたな」


「そんなことよりルカの調子はどうだ? 熱は出してないか?」


「出しておりませんぞ。ルカ様も今日は珍しく体調がよろしいそうなので、さっそくまいりましょう」



 着替えを終えた俺は、自室を出ると馬鹿でかい屋敷の中をローマンに先導してもらい、妹の部屋へ向かった。

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