第3話 ルカという名の妹
「坊ちゃま、あまり長い間、ルカ様に面会をされると養父殿が機嫌を損ねますので、短めにお願いしますぞ」
「分かっているが――。滞在時間はルカの体調しだいだ」
妹のルカの部屋は、俺の部屋がある本宅ではなく、屋敷の庭園の奥に作られたとても質素な別宅だ。
この『神霊機大戦』の世界では、精霊力の高さで人の価値が決まると言っても過言ではない。
12歳で受けることが義務付けられている『対話の儀』で、精霊との親和性の高さを示せば、一般人であっても機士学校に入れる。その機士学校で
逆に機族の子息であっても、精霊力の低い者は、無能な人間とされ、扱いは酷くなる世界だった。つまり、先天的な精霊力欠乏症と診断された妹のルカは、この世界でもっとも蔑まれる存在だ。
ローマンは『対話の儀』が終わってない俺の立場が悪くならないよう忠告してくれてるんだろうが……。『精霊王位・無属性』ってレアな精霊との対話を得意とする素質の高さを知ってるため心配は無用だった。
ローマンが扉をノックし、返事を待ってから入室した。
「兄様……なの?」
ベッドで横になっている妹のルカの肌は雪のように白く、髪は白を超えて白銀、目も碧眼が薄くなってアイスブルーっぽい色合いだった。身体も世間一般の10歳という年齢の子供たちより痩せて華奢である。
初めて見たルカの姿に、自分の妹であった紗奈の面影が重なった。
一瞬、妹が生き返ったのかと思い、もう一度冷静になってルカの様子を見直す。
違う……彼女は紗奈じゃない。ルシェの妹ルカだ。どうかしてるな俺は……。
「いや、そのままでいい。体調がいいとはいえ、無理は禁物。視力も弱っているんだろ」
「ごめんなさい」
「謝る必要はない。その病気はルカのせいではないんだからな」
ベッドサイドの椅子に腰をかけると、極端に悪くなった視力で俺のことを探しているルカの手を握ってやる。
「兄様の手、ぽかぽかして温かいね」
「そうか?」
「うん、温かいよ。安心する」
先天的な精霊力欠乏症って作品の中ではあまり語られなかった設定だけど、ルカの様子からして俺の世界で言うところのアルビノみたいなものかもな。視力が悪いのと、日の光を浴びると体調が悪くなるのもアルビノ特有の症状に近いし。
それにしても、ルカの声はビックリするくらい紗奈にそっくりだ……。喋り方も似てて、あいつが喋ってる感じがする。こんなことってあり得るのか……。
ルカの声に懐かしさを感じた俺は、目頭が熱くなる。
「でも、ちょっといつもの兄様とは違う雰囲気もしてる」
「いつもと違う? 俺が?」
「うん、言葉で上手く言えないけど……。ちょっと、違う人の雰囲気が混じってる気がするの。おかしいよね? 兄様なのに」
俺が兄のルシェではなく、別人である天津眞だと感じ取っているのか……。ルカは視覚が弱い分、他の感覚器官が発達してるのかもしれないな。
「俺は俺だ。お前の兄ルシェであることに間違いはない」
「そうだよね。変なこと言ってごめんなさい。兄様」
溶け合ったルシェの『大事な妹を必ず助けたい』という家族愛の想いは、妹を病で失った俺の中にも息づいていた。
紗奈は助けてやれなかったが、せめてなんとかルカだけは助けてやりたい……。たしか作中では先天的な精霊力欠乏症は不治の病とされてたはずだが――。
必死になって何万時間も遊んだ『神霊機大戦』のゲーム内設定の記憶から、精霊力欠乏症の治療法になりそうなものを探し出す。
そもそも、ほとんどの人に微力ながらも宿るはずの精霊力が、全く身体に備わっていないわけだし……。精霊力向上系の薬とかじゃ意味はなさそうか。あとは禁忌ルートにあった精霊石と人の融合技術も、人の外見を持った精霊を生み出すだけだし……。
浮かんでは消えていく治療法候補の中で、一つだけ効果のありそうなものが思い浮かんできた。
光・闇・火・水・風・土・無の七つの精霊属性を宿す虹の宝玉なら、唯一、装備者に強力な精霊力を付与できるアイテムのはず。ルカが虹の宝玉を通して精霊力を得られれば、病状の回復も見込めるのではないだろうか。
ただ、虹の宝玉は普通に作り出せるアイテムではなく、いわゆる特別イベントアイテムのたぐいだ。超難関のハーレムルートをフラグをクリアし、ラスボス最終決戦前に精霊力を奪われた主人公へヒロインたちから贈られる覚醒アイテムだった。
俺が主人公に転生してたら、ハーレムルートに再度挑むこともできたんだが……。今の俺は作中のネタキャラ筆頭のルシェ・ドワイドだ。とてもじゃないが、主人公リンデルのルートを歩むことはできない。せっかく見つけた治療法も試すことは無理か……。
いや待てよ。主人公リンデルがハーレムルートを歩むようサポートに回るってのはありか。リンデルがハーレムENDさえ迎えたら、虹の宝玉はお役御免。その際、サポート功績によって俺がもらい受けるってのもあり得るかもしれないな。
ここが『神霊機大戦』の世界である以上、どうしたってあと10年後には、人類の存亡をかけた
うん、それがいい! そうしよう! 大事な妹を救うため、俺が持ってる知識をフル活用してリンデルをハーレムENDに導いて見せる!
「兄様? どうしたの? 考えごと?」
握っている俺の手を見つめていたはずのルカが、いつの間にかこちらを見つめていた。
「なんでもないさ。ルカの身体に良いものは何かと考えてたところだ」
「私の身体にいいものは兄様かも」
「俺か?」
「うん、兄様に会えた日は体調いいもん」
高位や精霊王位の精霊と契約した機士は、精霊力が溢れてるって解説もあったな。ルシェは操縦技術こそ致命的にないが、精霊力はトップクラス。根本的な治療にはならないけれど、病状の進行は遅くなるかもしれない。
少なく見積もってもアイテムを手に入れるには、十数年はかかる。それまではなるべく俺か精霊力の高い機士か精霊にルカの近くに居てもらう方がいいかもしれない。
「俺がルカの身体にいい影響を与えるのであれば、これからは毎日来るようにする」
「兄様、嬉しいけど……。私のために無理はしないで。義父上の訓練もいっぱいあるってローマンから聞いてるよ」
「俺は大丈夫だ。身体は丈夫だからな。義父上の課す訓練もこなしてみせるさ」
ルシェの操縦技術が致命的なのは、幼少期から義父に厳しい
訓練って単語を聞くだけで、身体が委縮して震えてるのが分かるし。この時点で相当なトラウマになっている感じだ。けど、問題はない。操縦は俺の得意分野だ。萎縮こそしてるが成功体験が積み上がればきっと上手く動いてくれるはず。
「お前は自分の身体の心配だけをしてればいい。生活で困ったことがあれば、すぐに俺に言え」
「でも……。今でも無理言ってるから」
「そんなことはない。兄である俺に対しては遠慮はするな」
ルカの頭をそっと撫でてやる。愛おしさが心の底から湧き上がってきて、向こうに居た時、妹の紗奈と配信活動を頑張っていた時のような心に充足感が満ち溢れた。
「兄様……。私の兄様でいてくれてありがとう」
妹ルカからかけられた言葉で心の奥にじんわりと温かさが宿り、前の世界で感じてた空虚感が満たされていく。
この世界で唯一血の繋がった妹の儚い命の灯を何としても守り切って助けてみせる! それがルシェとして俺がこの世界に転生した理由だ! 今度こそ、俺は妹の命を守り切ってみせる! 絶対に!
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