大月くんは怪の人ではあった
大月くんは、挨拶ついでにこちらに手を伸ばしてきた。
その手を取って握手しようとしたその時、女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあーーー!」
……私にも聞こえたということは、大月くんにも聞こえたということだ。
彼は私に伸ばしていた手で襟を正すと、空き教室から出ようとしている。
「事件だ。行こうか」
「なんで私たちみたいな一般生徒が、行く必要があるの?」
ため息まじりに、言ってみる。
そもそも、事件かどうかも分からない。
「あるよ」
けれど彼は、当然というように私の手を取った。その冷たい手と反して、目はぎらぎらと燃えさかっている。私と目が合ったときと同じくらいか、それ以上に。
「一般生徒こそ、野次馬をしに行くべきじゃないかい?」
「そう、かもしれないけど……」
巻き込まれ体質であることを自覚している私は、これ以上変なことにかかわりたくなかった。
そのせいで、足が進まない。
ただでさえ、変な後輩に絡まれていたというのに……というのは、当の本人には言う度胸はないけれど。
「その、大月くんが遊びたい不可思議とは遠い存在かもしれないし」
「だとしても、事件を見過ごすわけにはいかない」
どういう責任感なんだと思わずにはいられなかった。
「ほら、行くよ」
まるでなだめすかされるような口調で言われながら、私は手を取られて空き教室から出た。そして叫び声の聞こえた方へと早歩きで進む。
臆することなく進む大月くんについて行く形になり、どんどんと前から人がいなくなっていく。大月くんってこんなに避けられてるんだと感じつつ、その隣に自分がいることが信じられなかった。
どうなっていくんだろう、これからの私の人生……。
そんなことを思いながらたどり着いてしまったとある教室のベランダで、私は本当の事件を目にすることになる。
「なに、これ……」
そこでは女の子が、今にも落ちそうになっていた。唯一ベランダの手すりに片手がかかっているだけで、それ以外は宙に投げ出されている。
「誰か! 助けて!」
手すりと落ちそうになっている子の手を必死に掴んでいる女の子が、叫んだ。
こういうのって、まずは先生とかに話に行くべきなんじゃ……。
「いいよ」
そんな私とは裏腹に、大月くんはさらに近づいて女の子へと手を伸ばした。 かと思えば……。
「ゆっくりと……上がってきてる……?」
まるで……なんて例えればいいのかも分からず、呆気にとられて見ていた。
大月くんは、怪力だった。それも、ものすごく……その情報は初出しだったから、思わず驚いてしまった。
いや、驚くだろう。だって宙に投げ出されている女の子を引っ張り上げるのに必要な力ってどのくらいなの……? 分からないけれど、途方もないものだということは予想出来る。
「た、助けてくれてありがとうございます!」
「助けてくれなくて良かったのに!」
真逆の主張が、同時になされる。二人ともベランダの床にへたり込んでいる。必死に落としまいとしていた子は、今にも泣きそうだった。
もしかしてあの人は、自分から身を投げたのだろうか……? だとしたら、助けるのが正解だったのか分からないのでは?
「もしかして、死にたいとか思ってしまったのかい?」
大月くんは、無遠慮でもあった。そんなことをサラリと言いながら、彼女たちに近付く。
「そうよ! 私が死ぬことが、何か貴方に問題でもあったの!?」
「問題はないよ。今回は僕が助けてしまって申し訳ないと思っている。ただ……」
大月くんは、更に落ちそうになっていた彼女に近付いて、その顎を持って顔を近付けた。
な、何!? なんなの!?
「君の顔を、しっかり見ておかないと思って」
「ど、どうしてよ……」
「いつか夜の学校で幽霊を見つけたときに、君の顔があるかもしれないから」
「なっ……!?」
彼女は得体の知れないものを見る目で、大月くんを見た。私も同意見だ。大月くんは、得体が知れない。けれど、ここは先輩としてとりあえず場を収めようと思った。
「そ、そこまでそこまで! 大月くんはもう気が済んだでしょ? ほら、帰ろう帰ろう!」
そう言いながら、大月くんの制服の首根っこを掴む。このくらいしたっていいだろう。それくらい無遠慮だったんだから。
ああ、また大月くんに変な噂がたんまり付く。そして今回は、きっと私も例外じゃないだろう。なんでこんなに巻き込まれ体質なんだと自らを恨みながらその場を後にした。
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