大月くんはヴァンパイアではなかった

 結論から言うと、大月くんはヴァンパイアではないようだった。空き教室に着いた瞬間捕食されるということもなく、彼は窓際の席に座った。いつも座っている席なのかもしれない。

 当たり前といえば当たり前のことだ。この世界に、そんな存在がいるはずはない。

 いたとしても、もし大月くんがそうだったとしても、私のような人間の血なんて吸いたくはないだろう。自他ともに認める巻き込まれ体質だし……それが移ってしまったら大変だ。

「なにを考えているの?」

「へあっ」

 窓際にいた大月くんがいつの間にか目の前にいたので、私は思わず変な声を出してしまった。けれどそんなことに構わず、彼はじっと私を見つめる。視線を逸らしたくなるけれど、彼の金色の瞳はそれを許さなかった。

「大月くんがヴァンパイアだったらどうしようって考えてて」

 だから私は、素直に自分が考えていたことを言った。すると彼は一瞬だけ驚いたのち、ちょっと困ったような顔になった。彼がそんな顔をするとは思わなかったので、意外に思いながら口を開くのを待つ。

「僕がヴァンパイアだったら、僕が抱いている悩みの全てが解決するんだけどね……」

「悩み?」

 半ば暴力的に問題を解決してきている彼が、どんなことで悩んでいるんだろうと気になってしまった。

「僕はね、不可思議な存在と遊びたいのさ」

「……はぁ」

 はぁ、以外言うことがない。最後にハテナマークを付けなかっただけ、えらいと褒めてもらいたいくらいだ。

 突拍子もない悩みに、私はどう返事をしていいのか分からなかった。

「あ、解説が必要かな?」

「……一応、はい」

「この世の中には、人間以上に不可思議な存在はいないと分かっている。分かっているけれど、そうではないんだ」

「……そうじゃないって?」

「例えばヴァンパイア……例えばマーマン、例えばオオカミ男、例えばゴーレム。それらと、僕は触れあってみたいんだよ」

「そ、そうなんだ……」

 そんな動物と触れあいたいみたいなノリで言われましても、とは言えなかった。彼の言葉には熱が入っていたし、その目もものすごく真剣なものだったからだ。

 つまり彼は、本気でそういう存在と出会いたいと考えているんだろう。突拍子のないことだったけど、大月くんならば違和感もないような気がした。ただ人間以外を相手取りたいというか……あれ? なんかそういう台詞、聞いたことある気がするけど、どこで聞いたんだっけ……。

「それを、どうして私に教えたの?」

 思い出せないことはさておいて、私は一番気になっていることを聞いた。教えたところで、私が実はヴァンパイアでしたということにもならないんだけど……。

「制服に……いや、ちゃんと話すよ。僕の瞳に、見惚れていたんだろう?」

 そんなキザな台詞を、彼は吐き出した。けれどその通りなので、私は頷くことしか出来ない。だって本当に、見惚れてしまうくらい綺麗なことは間違いないんだから。

「さっきは制服と言ったけれど、本当は最初から瞳を見ていたことには気付いていたよ」

「ならなんで……」

「人前で瞳に見とれていたなんて言われるのは恥ずかしいだろう?」

 そんな配慮が出来たんだと、紛れもなく私は驚いた。けれど驚いていることを悟られるのはちょっと良くないかなと思って、表情にはあまり出さないでおいた。

「そういえば、名前を聞いてなかったね。先輩の名前は?」

 そこで、一応先輩として認識されてはいるんだと思った。その上で敬語ではないんだと分かると、なんだかちょっともやもや……することもなかった。相手が大月くんだから仕方ないという思いのほうが強い。

「私の名前は、日比谷ひかり」

「ひかり。良い名前だね」

 本当にそう思っているのかいないのか、そんなことを言われる。

「僕は蒼井大月……名前のほうは流石に知っているかな?」

「うん」

 なるほど、名字は蒼井っていうんだ。

 あおいたいげつ。

 何かを引き寄せそうな名前なのに、どうして彼の周りには何も現れないんだろう。……いや、そんな存在、いないからに決まっている。そうに違いない……!

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