第3話 白紫陽花(しろあじさい)
港ばかりではなかった。
城下の町中でも、関係がなさそうな町人や、
何がそんなに大変なのか、と、
「何だい、お
と言い出す始末である。
「ちっ! しょうがねえなあ!
と、説教される有り様であった。
あたかも戦国の世にでも戻った様な騒ぎの中を通り抜けて、弓削之介は、城へ向かった。
城に戻ると、住まいとして与えられた離れ屋に上がり、
「城も、大騒ぎでございますな!」
「広間に、
「で、わしの名は出ておったか?」
「それが、まったく!」
弓削之介の問いに、精吉は答えた。
「まったく、城内では耳にしませんでしたな」
「そうかあ!」
弓削之介は、書見台に大学を放って、畳の上に寝ころび、体を上下に伸ばした。
ここが、次男坊のありがたさである。騒ぎがあれば忘れてもらえる。
「しかし、若君よ!」
精吉が皮肉っぽく言う。
「それもいかがなものですかな? いざという時に頼られないというのは」
「やかましい事を申すな。して、その評定の様子はいかがなのじゃ?」
「詳しくは存じませぬが」
精吉も、
もっとも、主君などといったところで、精吉は、ただの城の庭番で、弓削之介から
「"
などと言って
「鴨川領の事、今度ばかりはご
山林奉行からは、すでに昨年から、しきりに訴えが出ていたと聞く。
やれ、賊が追われて我が領内に入ったの、山林を荒らしたの、火の不始末から山火事を起こしたの。
「しかし、事をそこまで荒立てるのもと、勘定奉行様はご
「難しいところじゃ」
弓削之介も、天井を見つめながら思う。
「公儀より鴨川藩にお叱りが行き、鴨川の騒擾が治まるならば良し、お取り潰しだ
「さようでござりますな」
「まあ、そこは、江戸の兄上にうまくご
とつぶやいて、弓削之介はがばっと体を起こして、書見台に頭を乗せた。
「その兄上が亡くなられたのであった!」
「さようでございますな」
精吉が繰り返す。
弓削之介は、ちらっと精吉を見て、いまいましげに目を逸らした。
「しかし‥‥」
賊の取り締まりも難しいものだ、と、弓削之介は思うのだ。
厳しい取り締まりも、むろん、欠かせぬであろう。
しかし、そもそもは、身を持ち崩してその様な賊徒の仲間に加わる
聞くところでは、江戸や大坂などの
いたちごっこである。
(泰平の世に馴染みし民は、しょうがないのう!)
先ほどの城下の駕籠かきに言ってやりたい所だが、そこはそれである。
さて、民を正業に就かせるには‥‥?
「わしが考えたところで、何も浮かばぬ!」
書見台にもたれたままで、頭を抱えた。
「もし? 若君様はおられまするか?」
女の声が問うて来た。
「おお! わしはここにおるぞ!」
「朝からご
調子を合わせて言う精吉に、「余計な事を言うな」と、じろりと
入口の引き戸が開くと、
「おや、いらっしゃいましたか?」
と、土間まで入って来る。
透き通る様な
「お殿様よりのお
「おお、分かった。今参る」
と、立ち上がろうとすると、寿美が、
「こほん!」
と、咳払いした。
「お殿様からのお
と言うと、
さらには、持って来た包みより、真新しい着物だの紺袴だのを取り出す。
「失礼!」
と言って、弓削之介を立たせて、くんくんと臭いをかぐと、
「海に入られましたね、若君?」
そう言うや、人の腰帯を引きむしり、
「あ~れ~!」
と悲鳴をあげる間もなく、
頭から水をかけられ、ごしごしと体をこすられ、髷を結び直されて、半刻後には、弓削之介は、びしりと着替えをさせられて、
「さ! 参りましょう、若君!」
と、寿美に背中を叩かれた。
~ 第4話に続く ~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます