玄徳に一目惚れ

さて話は劉焉が出した兵を募る告示へと戻ります。

男衆の中で告示を見た玄徳、思わず長~い嘆息を漏らしておりました。

ちょうどその時、背後を「あー喰った喰った」と飯屋から出てきて満足気に歩く男が一人おりました。


その男、告示に群がっている男衆にひょいと目をやると、その中でやはり玄徳の姿に何か惹かれるものがあったか「ん?」と立ち止まり長~く嘆息をつく姿をしばらく眺めております。

まあ、そのため息が長い長い、あまりの長いから男はしびれを切らして言い放つのであります。

「大の男が国家のために尽力もせず、なぜ長々と嘆息をつくのか!!」

突然背後から怒鳴り声がしたから、告示を見ていた男衆は雷でも落ちたかと首を縮めて肩を上げる者、思わず頭を覆ってうずくまる者、漏らしちゃう者までいたかどうかまではわかりませんが、そんな中でも玄徳はまったく驚く素振りもない。


玄徳、嘆息を終えるとゆっくりと声のする方を振り返って見れば、そこには興奮気味の男がひとり。

身長は八尺、豹のような頭に丸い目、燕のような顎に虎のような髭、声はまるで巨雷のようで、勢いは奔馬のごとし。


どんな容姿かと申し上げますと、まずその身長は八尺といいますから現代の身長に直しますと190cm超え、そしてその顔立ちはと言いますと「豹のような頭に丸い目」とは、まるで野獣の強さと気概を宿した凛々しい眼差しでございます。一方で「燕のような顎」と意外にも繊細な線を描いた美しい顎立ちを指しているのでしょう。さらに「虎のような髭」と、まあ動物の比喩を立て続けに出してきますが、これは荒くれ者ながらも気品漂う風貌を、見事に表現しております。そして「声はまるで巨雷のようで」と、その雄渾な声音が描かれております。いかに男気溢れる人物であったかが伺えます。最後の「勢いは奔馬のごとし」、振り返ると突っ立っていただけのはずなのに、なぜに「勢いは奔馬のごとし」なのかと私は摩訶不思議に思いましたが、おそらくは玄徳のあまりにも長い嘆息に興奮して「鼻息荒く」という意味ではないかと考えるわけです。

つまり「フンフン!!大の男が国のために尽力もしないで、どうして嘆息するのか!!グゥーッ!!」な感じでしょうか。まさに気迫に満ちた人物像が浮かび上がります。


玄徳、その荘厳にして凄まじい風体に思わず目を見張らずにはおれない。

しかしながら興奮気味の男に対して、その怒鳴り声にも嘆息を止めないくらい落ち着いていますから、ゆったりとした口調で名を尋ねたのであります。

「興奮しておいでのようですが、失礼ながらあなたのお名前は?」

一方の男、振り返った玄徳の容姿を見て、根拠はさっぱり分かりませんが、おそらくは任侠的な直感で一目惚れしちゃった。ここでも玄徳が持つカリスマ性が発揮されるのです。


「ははっ!私は姓は張、名は飛、字は翼徳と名乗る者だ。涿郡に住んでおる者だが、かなりの田地を持っておる。羨ましいだろう。酒の売り買いや豚の屠殺とか、まあそういった生業で生計を立てておるのだ。そうそう、何より天下の豪傑と交友することを何よりも好むのがわしの性分でね。さっきあんたが掲示板で嘆息しておるのを見かけてな、思わず怒鳴ってしまった。失礼」

と武人らしく豪快に名乗ります。聞かれもしてないことまで。それを受け玄徳は言うのです。

「こほん、私は漢室の宗親で、姓は劉、名は備です。今、黄巾の乱を聞き、賊を破って民を安んじる志があります。しかし、力が及ばず、そのために長嘆したのです」

悲嘆の念を吐露したのであります。


すると一目惚れしている張飛、玄徳が漢室の宗親なんて言うもんだから「やっぱりか」と、さらに惚れ込む。

「こりゃ豪傑との交友する機を得た」とばかりに興奮絶頂、より大きな声で「ははっ!私にはかなりの資財がある!!郷勇を募って、あんたと共に大事を成し遂げようじゃないか!!どうかな」と、玄徳に協力を申し出たのでありました。狭義心のある張飛、すっかり献身的になってしまいます。


その言葉に玄徳「本当?本当?本当にいいの?お金出してくれるの?嬉しいわ…こほん、それはそれはかたじけない。ぐふふ」と平生を装い快諾。ここでもあっさり支援者を獲得とは全くお見事でございます。


玄徳、大いに喜び、早速二人は近くの村の店に酒を酌み交わしに入るのです。

もちろん酒代は張飛もちで。

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