(4)――「はあ、現代っ子、難しい……」

 六限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 俺は今、第四資料室にて、アサカゲさんが来るのを待っている。

「はあ、現代っ子、難しい……」

 空中にぷかぷか浮きながら、俺は昼休みのことを思い出し、深いため息をついた。

 今日の二限終わりの休憩時間に、思い切り合った視線を切られ無視されたことは、俺にとってはなかなかにショッキングな事件であり。なにか彼女を怒らせるようなことや、不快に思わせるようなことをしでかしただろうかと考えつつ、昼休みにアサカゲさんに会いに行ったのだ。

 昼休み中、アサカゲさんは人気ひとけのない場所に居ることが多い。前に俺が教えた場所を転々としているらしく、見つけるのにそう時間はかからなかった。

 そうして勇気を振り絞って声をかけると、肩透かしを食らうほど、アサカゲさんはいつも通りに俺と話をしてくれたではないか。

 午前中のあれはなんだったのか、この反応では逆に怖くて訊くこともできず。俺はただ、放課後の勉強会について伝えるのでやっとだった。

 俺だって享年で言えば彼女とそう歳は変わらないはずなのに、考えていることが全くわからない。生きた時代が異なるだけで、こうも違うものなのか。

 あれでは、嫌われているのかそうでないのか、判断がつかない。

 今までだって、人の多い場所ではアサカゲさんにスルーされる場面は多々あった。しかし今日のあれは、明確に怒りや嫌悪の感情を抱いていたように見える。

 俺のなにかしらの行動で、彼女にあんな態度を取らせてしまったのなら、謝りたい。が、驚くほど心当たりがない状態で謝っても、それは中身のない謝罪になってしまう。

 どうしたものかと考えあぐねていると、がちゃりと資料室の鍵を開ける音がした。

「よお、来たぜ」

 そうして戸が開き、姿を現したのはアサカゲさんだった。

 これから勉強会を行うこともあってか、やや気怠げではあるが、午前中ほどではなさそうである。

 アサカゲさんは部屋の電気を点けると、荷物を机の上に置き、窓を開けた。梅雨真っ只中ということもあり、湿気を帯びた風が入ってくる。けれど、不快というほどではない。

「あのさあ、ひとつ訊きてえんだけど」

 椅子に腰掛けながら、アサカゲさんは言う。

「その眼鏡、どうしたんだよ?」

 小さく笑ったアサカゲさんに、俺は内心安堵する。

 いつものアサカゲさんだ。

 今も昼休みもこうだと、いよいよもって、午前中の無視はなんだったのか、謎は深まるばかりである。タカハシさんたちが、小テストがどうのと言っていたし、その結果が振るわず虫の居所が悪かったのか……? いまいちアサカゲさんらしくない感じはするが、しかし、いつまでもこの件を引き摺るのも精神衛生上よろしくない。

 ざわめく思考に蓋をして、俺は指摘された黒縁眼鏡をくいっと上げ、

「ああ、これ? 伊達眼鏡」

と言った。

「どこで拾ってきたんだよ」

「拾ってきたんじゃなくて、貰ったんだよ、ハギノモリ先生から。こうすると先生っぽさ出るじゃん。ね、どうどう?」

 正確に言えば、『作ってもらった』眼鏡である。

 あまり強力な霊術で作られているものではないらしく、明日になったら消えてしまうらしい。だが、かたちから入るには、充分に役割を果たしてくれているように思う。

「はいはい、似合ってる似合ってる」

「えへへー」

「それで? ろむ先生って呼べば良いのか?」

 鞄から勉強道具を取り出しながら、アサカゲさんは言った。

「いやいや、そこまでは求めないよ。これは、俺がアサカゲさんに勉強を教えるぞっていう意気込みの現れってだけ。さ、アサカゲさん、早速始めようか。期末テストまであんまり時間もないし、特に苦手な教科から重点的にやっていこう」

「ああ、よろしく頼む」

「ちなみに、中間テストで一番点数が悪かった教科は?」

「化学と英語、あと数学」

「……俺、一番点数が悪かった教科を訊いたんだけど、なんで複数あるの?」

「同じだけ点数が悪かった教科が複数あるからに決まってんだろ」

「……。頑張ろうね、アサカゲさん!」

 これは険しい道のりになるぞ、と片唾を飲み込み、俺は言った。

 だが。

 いざ勉強を始めてみると、意外な事実が判明した。

 それは、アサカゲさんは決して勉強ができないわけではない、ということだ。

 恐らくアサカゲさんは、授業に追いつけなくなった結果、基礎が壊滅的になっているだけなのだ。その証拠に、一から順に教えていけば、躓くことなく理解し、難なく問題を解いてみせた。

 これなら、赤点回避どころか、全教科平均点以上だって夢じゃないかもしれない。

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