(3)――「うん。ありがと、先生」

「ハギノモリせんせー。俺でーす、ろむでーす」

 三限開始のチャイムが鳴ってからほどなくして、俺は当初の予定通り、ハギノモリ先生の居る第二国語科準備室前に来ていた。

 この部屋には、俺なぞ簡単に消し飛ぶ強力な結界が張られている為、こうして部屋の外から大声を出して呼び出すことしかできない。

「はい、こんにちは、ろむ君。早速ですが、隣の資料室に移動しましょうか」

 準備室から出てきた先生は、そう言って第四資料室を指差した。

 腰に爆弾を抱えている先生のことだ、座って話ができる場所のほうが都合が良いのだろう。意図を読み取った俺は、先生の提案に頷き、資料室の鍵を開けて入室する先生のあとに続いた。

 資料室と銘打ってはいるが、室内は狭いなりに物が少なく、すっきりとしている。細長い部屋の両脇には書棚が並び、気持ち程度に本やファイルが入れられている。だが、長いこと使われていないのだろう、埃を被っていた。

 部屋の中央には、普段生徒が使っている机よりも一回りほど大きな机が設置されている。恐らくは、取り出した資料をそこで広げられるようにする為だろう。その机を挟むようにして、椅子は二脚置いてある。

 先生は、換気の為に部屋の奥にある窓を開けてから、椅子に座った。

「まずは、こちらを渡しておきますね。ろむ君、左手を出してください」

 そう言って先生がポケットから取り出したのは、緑色の組紐だった。

 慣れた手つきで俺の手首にそれを結びつけて、先生は言う。

「紐と一緒に、いくつかの術も編み込んであります。僕との連絡機能と、もしものときの為の防衛機能。……それから、君のたっての希望である、自爆機能」

「うん。ありがと、先生」

 着けてもらった組紐を眺めつつ、俺は言った。

 先日の死神との邂逅は、もちろん先生にも伝えている。

 アサカゲさんがその場に居ないときを見計らって、改めてそのときに聞いた、俺という存在の危険性も伝え、万が一のときは先生の手で祓ってほしい、という話は既にしてあった。

 だから、組紐に仕込んでもらった自爆機能は、最悪の場合に備えた保険である。俺が突如暴走し始め、人間に危害を加える存在になってしまったとき、近くにアサカゲさんや先生が居なくとも、異常を検知したらこれによって除霊してもらえるようにしてもらったのだ。

「ろむ君」

 先生は言う。

 意図的に感情を隠しているようで、表情から汲み取れるものはない。

「それは、あくまでも最終手段であるということを忘れないでくださいね。僕らとしても、君が悪霊化することは避けたいところですし、なにより、君には正しく成仏してもらいたいですから」

「わかってるよ、大丈夫。俺だって悪霊化するつもりなんて、さらさらないさ。これはあくまで保険。ここの生徒を守る為のものだ」

 俺は、これで必要な話は済んだ、と主張するよう、それよりさ、と話題を変えることにする。

「昨日、アサカゲさんに成績のこと、伝えたよ。それから、極力授業に出席することも約束してもらった」

「おお、ありがとうございます。お手間かけさせましたね」

「うん。……それでさ、先生」

「なんでしょう」

「アサカゲさんと話し合いの結果、俺がアサカゲさんの勉強を見ることになったんだ。授業時間以外――具体的には、放課後が主な勉強時間になりそうなんだけど、大丈夫そう?」

「ええ、もちろん、大丈夫ですよ。まあ、放課後については、僕から呼び出しをかけることがあるかもしれませんが、それも最低限に留めておきましょうね」

「それは有難いけど、先生、腰には気をつけてよね。遠目から様子見してくるくらいなら、俺にもできるし」

「はは、ありがとうございます、ろむ君」

 頭を掻きながら苦笑した先生は、そうだ、となにやら思いついた様子で続ける。

「貴方と朝陰さんの勉強会に、是非ここを使ってください。この教室棟は人があまり来ないから、人目を気にしなくて良いですし、僕の居る準備室の隣に居てくれたら、いざというときに連携も取りやすいでしょう」

「えっ、良いの?」

 適当な空き教室で勉強会を開こうとしていた俺にとって、それは寝耳に水、或いは、棚からぼたもちだった。

「ご覧の通り、何年もほとんど使われていない部屋ですからね。僕が許可を出すので、心置きなく使ってください」

「わあ~、先生ありがと~!」

 俺に肉体があったら、抱きついて感謝していたところだった。

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