あなたと居られるのなら

 私は病院の待合室で、少しウキウキしながら、名前を呼ばれるのを待っていた。


 なぜなら、先程看護師さんから『もう診察しなくてもよくなるかもしれない』と言われたからだ。


"ピーンポーンパーンポーン"


『神代涼澄さん、9番診察室へどうぞ』


「呼ばれたね」


"ガラッ"


「失礼しまーす」


"フワッ"


 私はおばあちゃんと、消毒液と薬、そして少しだけ血の匂いがする診察室へ入った。


 産まれてから、ほぼ毎日通っているこの病院。


 『今日で終わりかもしれない』。


 そう思うと少し名残惜しくも感じる。


「こんにちは、すーちゃん」


 ニコッと優しい笑顔で微笑んでくれたのは、私の担当の宮家みやけ先生だ。


「宮家先生、何度も言いますが、私はもう14なんですけど?すーちゃんって、子供っぽいからやめてください」


 少し膨れると、先生はクスクスと控えめに笑った。


「私からすれば、すーちゃんはまだまだお子ちゃまだよ。さ、検査するよ」


 慣れたように受け流され、腕を上げられる。


「・・・ちょっと、痩せた?」


「前回来た時より、たぶん3kgくらい落ちたと思います」


「食欲ない?」


「あんまりないですね」


 そういうと、宮家先生は少し青ざめた。


「・・・やっぱり」


「・・・どうかしました?」


 首を傾げると、先生は首を横に振った。


「ううん、食欲ないだけ?この頃は、吐血の回数増えちゃったみたいだけど」


「あぁ・・・、そうですね。少し辛いかも」


 この1週間くらい、妙に体がだるいと言うか。


 そう言えば、朝も前より起きれなくなってきたな。


「どこか、異常あったりします?」


「・・・うーん、特にはないかなぁ。病気が治る、前兆、かもね」


「あ、やっぱり、病院来なくて大丈夫なんですねっ!!!」


 目を輝かせると、先生は少し目を見開いてから困ったように笑った。


「受付の看護師さんの誰かが、抜け駆けしちゃったかな?」


「私が、無理に質問攻めにしちゃったからかと・・・」


 頬を掻くと、先生は私の頭を撫でた。


「これからは、お家で過ごしなさい。先生は、おばあちゃんとお話するから」


「了解ですっ。おばあちゃん、先帰ってて良い?」


「・・・」


「おばあちゃん?」


 虚ろな目になっているおばあちゃんの目の前で手を振ると、おばあちゃんはハッとした顔になった。


「あ、ああ、ごめんね。すーちゃん、何?」


「先に、お家帰ってて良い?」


「え、ええ、良いわよ」


 歯切れの悪いおばあちゃんを見て、私は首を傾げながらも診察室を出た。


 そして、すぐに隣のベッドの部屋に移った。


(おばあちゃん、絶対何か隠してるな)


 だって、今まであんなに歯切れの悪い事なかったもん。


 そう思い、聞き耳を立てる。


 しばしの沈黙の後。


「・・・神代さん」


 宮家先生が、やけに低い声で話を始めた。


「・・・はい」


 おばあちゃんの声は、いつになく震えている。


(どうしたんだろう・・・?)


 嫌な予感がしている。


 ここから出なきゃいけないのなんて、そんなの分かってる。


 盗み聞きは、悪い事。


 そう思い、少し怖くなった私は一歩後ずさった。


 ドアノブに手が触れた。


 ・・・でも、間に合わなかった。


神代涼澄さんは、もう長くはありません・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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