16話 そして、俺は彼女と出会う
俺、早瀬航が天乃渚と出会ったのは幼少期の頃だった。
当時、保育園に通ってた俺は遊びたがりで外で遊んでは服を汚すような人だった。
だから、よく怒られていた記憶も僅かにある。
ある日、俺は保育園の敷地内の隅にある砂場で遊ぶ1人の少女を見掛けた。
「何_してるの?」
「今ね、砂でお城作ってるの」
「お城作ってるんだ。凄いなぁ。ねぇ、手伝っても良い?」
「うん。一緒に作ろ!」
それが彼女との出会いだった。どうやら、彼女は俺と正反対に集団で遊ぶことが苦手だった。
1人で居ることも多く…その所為なのだろうか?友達と遊んでても俺は渚が1人で居るのが気になってしまった。
だから、俺は声を掛けるようになり_段々と親交を深めるようになっていった。
そんなある日、俺は彼女の名前を知らないことに気が付いた。
「そういえば…君の名前は?」
「私?天乃渚って言うの!」
「天乃渚_。じゃあ、渚ちゃんって呼んでも良い?」
「うん!君は?」
「僕は航!」
「じゃあ、航くんって呼んで良い?」
「うん!」
それから同じ小学校へと入学した俺と渚だが関係性に変化はなかった。
だから、放課後になれば共に家に帰ったり公園で遊んだりした。
だけど、そんな楽しい思い出が長続きすることもなく年齢を重ねれば当然、変わったこともあった。
「ねぇねぇ、渚ちゃんってどうしてそんなに頭が良いの?」
「運動も出来るしさぁ。本当に凄いよね!」
「私は家で少しだけ勉強してるだけで余りしてないんだよ?」
「えっ、そうなの?じゃあ、勉強を教えて貰えたりする?」
「うん!分からない部分があるなら教えてあげるよ。何処が分からないの?」
渚の才覚が現れたのだ。運動も出来て勉強も出来れば当然ながら男女から人気だった。
俺だって運動は出来たけど勉強は平均は取っていたから渚とそんなに変わらないと思っていたのに不思議だった。でも、幼馴染として俺は何処か誇らしい気分だった。
だが、彼女と距離感が変わってしまった。渚は常にクラスの中心に居るのに対し俺は運動が出来るだけ。
多少は注目を浴びたけど…それでも、成績は下降気味でその面で他の男子に負けることも多くなった。
そんなことが重なり俺が渚と過ごす時間も段々と減ってしまった。渚は女子と俺は男子と固まる形で_。
それは、幼馴染というレッテルを貼っていた自分からすれば嫌だったし喋りたいと思っていた。
だけど、それを彼女に伝えることは出来ず遠くから渚を見るばかりの日が続くばかりだった。
「また、天乃さんを見てるのか?」
「それもそうだけど渚と喋ってる人たちが羨ましいなぁって」
「そっか。航と天乃さんって幼馴染だったな」
俺は
最初は疎遠だったが俺と違って勉強が出来たのもあり度々、勉強を教えてくれた。
そうして友好を重ねる内に俺たちはまた仲良くなっていた。因みに雄斗も俺と渚が幼馴染なのを知っている。
「だから、ちょっと寂しそうだったのか?」
「そんな顔してたのか?俺は」
「まぁな。客観的に言うならば生の喜びを感じてそうだった」
「客観的の意味が分からないけど…他から見てそんな顔ってどんな感じなの?」
と聞き返してしまったが面倒臭そうに彼は欠伸を凝らすのだった。
そうして、授業を受けていると何時の間にか放課後になっていた。寝てた訳じゃないんだけどな_。
今日も1人で帰るのかぁ。そう思っていると意外にも渚が声を掛けてきた。
「早く帰ろうよ、航」
「あれ、今日は友達と帰らないのか?」
「だって、毎週金曜日は帰る約束でしょ。それとも…忘れちゃったの?」
「そうだったな。忘れてた」
「もう、私が覚えてなかったらどうするつもりだったのよ。全く」
そうなのだ。幼馴染としての関係性を崩さない為に毎週金曜日は渚と俺だけで帰るという約束をしていた。
因みにだけど…頬を膨らませながら抗議する渚は可愛かった。
「そういえば、今日も告白されたんだ」
「へぇ、そうなんだな」
「あれ?私の中ではもっと動揺すると思っていたんだけど」
「動揺するも何もどうせ断ったんだろ?」
「そうだけどさ。もし、私が了承したらどうするの?」
「その時は悲しいけど、俺は渚の考えを尊重するから」
「まぁ、そんなことはないけどね。私の中での男の子は航くんだけだから」
そう言ってくれたが俺の中では不完全燃焼となっていた。
渚が他の人と付き合う。
それは、渚の人生だからそういう選択肢もあるだろう。
もし、その選択を選ぶのであれば俺は黙って応援するしかない。でも、今の時間があるからと思っていたが_。
「言ってなかったんだけどね_私…受験するんだ」
「え?」
冬休み直前に、唐突に切り出されたその言葉に俺は頭が真っ白になった。
「何処の中学を受けるんだ?」
「名浜私立。そこそこな倍率のところ。航、知ってる?」
「付近の中学だよな。でも、どうして私立なんか受けようと思ったんだ?」
「ずっと前から興味があったんだ」
「そっか。頑張ってな、応援してる」
「そう、でも意外だったなぁ。航くんのことだから…もっと怒るかと思ってたのに」
「もっと早く教えてくれたらって思う気持ちはあるけど。でも渚の考えだし俺にはどうしようも出来ないだろ?」
「もし、航が受けるなって言ったら私は受けないつもりだよ」
「そ、それは_」
俺が言ったら渚は受験を止める。つまり、俺の判断次第で渚とまた中学校で生活出来るかもしれない…けど_
「ちゃんと渚は私立を受験するんだ。俺と会うことは時間を作れば出来るけど受験は生涯に関わるだろ」
「そう…だね。確かにそうだ。私の未来を考えてくれてるなんて…やっぱり、航くんは優しいよ」
ふっと笑みを浮かべると彼女はじゃあ、今から塾があるからと別れてしまった。
その頃はまだ自覚してなかったけどあの時の彼女は心の中では泣いて居たのだろうか?
渚は自分のことを異性として想っていたのだろうか?
それは分からないけど自分は既に渚のことを異性として見ていた。そして、そのことは俺は運命が大きく変えた。
受験日当日の朝。家を出ると丁度試験会場へと向かう渚と出会った。
「頑張ってな…受験。ちゃんと全力を出すんだぞ!」
「うん!ありがとうね、航。全力で頑張ってくるよ」
俺は幼馴染として応援することしか出来なかった。でも、その後ろ姿は自信が満ち溢れているように見えた。
これなら、きっと合格するだろう。そして、その期待を裏切ることなく合格発表の日に渚は俺に報告をくれた。
「無事に合格したよ。航も応援してくれて本当にありがとうね」
「おめでとう。本当に頑張ったな…渚は」
俺には出来ないことだと付け足して渚を褒め千切った。
「でも、中学校は別々になるね」
そうだな。と少し後ろめたさを感じた。勿論、合格を願ってたのだから嬉しいし頑張って欲しいと思う。
でも、何故だろう。俺は心の底から喜ぶことが出来なかった。
そして、時は立ち卒業式の日となってしまった。
「もう、卒業なんだね。案外、早かったよ。この6年間は。でも、3年間は離れ離れだね」
「そうだな。まぁ、中学校も小学校と比べても3年短くなるだけだし。高校で同じになれるさ」
「うん、そうだね」
そうして俺と渚は別れることとなったのだ。
「まだ、後悔してるのか?もうどうしようにも出来ないのに」
「どうすれば良かったんだろうなぁって思っちゃってさ」
中学校に入学しまた同じクラスとなった雄斗に俺は諭された。
「約束してるんだろ?高校は同じにしようって」
「まぁ。でも、覚えてるかな?」
「どうしてそうも消極的になるんだ?もっと楽に生活しろよ。どうにかなるって」
そして、俺は様々なことを経験した。部活動に本格的に力を入れ3年には全国大会にだって出場した。
勿論、学生としては本職だと言われる勉強も当然の如く行って学年でも中盤を維持した。
その中で中学校の勉強の難しさも痛感したが渚と同じ高校に行くと思って来たから俺は頑張れたのだ。
「おーい、聞いてんのか?」
「え?ごめん。ちょっと考え事してた」
「考え事?何か気になることでもあったのか?」
「ちょっと、昔を思い出してさ」
「そうなのか。まぁ…良いんじゃないのか_?」
「それで…何だっけ?」
「だから、此処の部分を間違えてるぞ」
「あ、本当だ。ありがとうな」
今は受験直前の3年生。渚と同じ私立高校を受ける為に俺は受験勉強の最中だった。
雄斗も付いて来てくれるとのことで嬉しさも感じつつ頑張っていた。
「此処で失敗するとまた3年間、辛くなるぞ」
「それは身を持って分かってるよ。もう体感したくない」
「そんなに辛かったのか?」
「まぁな。帰りで出会えたらなぁって思っても殆ど会えなかったし」
「近所なんだろ?天乃さんって」
「そうだよ」
「じゃあ、家に行ったら会えたかもしれないじゃん」
「でも、それって渚の都合が合えば…でしょ?渚と連絡も取れなかったし、それに迷惑かもだし」
「ヘタレな奴だな。幼馴染が会いに行って迷惑って言う奴居ないだろ」
「まぁ、でも過ぎた話だしどうしようも出来ないけどね」
「そういえば、高校はどっちから切り出したんだ?」
「俺だよ」
******************
それは、偶然だった。帰り道を歩いていると丁度、同じように家へ帰る渚を見掛けたのだった。
「久し振りだね、航
「そうだな。渚も随分と綺麗になったな」
「ありがとうね。まぁ、でも否定はしないかな」
「学校でも告白されたか?」
「それは何度かあるね。誰が言ったのかは知らないけど
「実際にそうだと思うぞ。俺は」
俺は今の渚ほど綺麗な女性を見たことがない。
幼少期から整った顔で学年上位の成績で身体能力も高く男女に分け隔てなく優しい少女なのだから当然だろう。
「でも、全部断っちゃったんだよね」
「そう…なのか」
「あれ?もうちょっと喜ぶと思ったんだけどな」
「それは、そうかもしれないけど」
全部断ってしまった。それは、俺に対しての意思表示とも取れる。
けど、今の俺が渚の隣に並べる要素なんて運動だけ。そんな状態で渚の隣に立とうなんて烏滸がましかった。
「そういえば、行く高校は決めたの?」
「私立のさ、長嶺高校を受けようかなって」
「え、そうなんだ。でも…航くん
「航くん
「うん、というより航くんが合わせてくれたんでしょ?」
長嶺高校は此処ら辺の場所じゃ超が付く名門校。
元々、難関と呼ばれた渚の居る中学校が多く行くところで俺らの学校から行く人なんで本当に少数なのだ。
「因みに合格は出来そうなの?」
「あぁ。其処は、雄斗と頑張ってるからな」
「なら、大丈夫そうだね。安心だ」
「え、何で知ってるの?彼奴が頭良いって?」
「だって、汐屋くんは模試でも上位なんだよ?」
「え、そうなのか?」
彼奴、そんなこと全然喋ってなかったけど。でも、あの成績なら納得出来るか。
「じゃあ、これから塾だから。またね」
「あぁ。渚も頑張ってな」
そうして俺と渚は別れたのだった。
******************
「成程なぁ」
「渚は合格するだろうから俺が合格するしかないんだよ」
「まぁ、そうだな。でも、そんな気にすることじゃない_俺も航も合格出来るさ」
「どのくらいの割合で俺は合格出来そうなのか?」
「どうだろうな。良くて60%ってところじゃないか?」
「60%は合格って意味だろ?」
「当たり前だろ。今の時期に40%じゃ無理だぞ」
今は年末。来月には受験だしそれもそうかと無駄な質問をしたことに気付いて苦笑した。
「まぁ、受験なんてその時に取れた奴が勝つんだ。割合なんて気にすんな」
「それもそうだな_。訂正終わったよ。後は、英語なんだけど」
「それは、明日やろう。そろそろ図書館も閉まるしな」
そうして俺らは図書館を後にした。用事があると言い残した雄斗とは別れて俺は帰路を歩いていた。
「雄斗はああ言ってくれたけど合格出来るのか?俺は」
雄斗や渚と違って得意と呼べる教科もなくどの教科も不安要素が残ってしまっている。
こんな状態で合格なんて夢のまた夢だと溜息を吐いた。
「久々に会ったけど、随分と落ち込んでるね」
その時、懐かしい声に掛かり俺は顔を上げた。
「久し振りだね、元気にしてた?」
「渚」
それは、俺が頑張る理由の人であって幼馴染な天乃渚だった。
******************
「成程ね。君も随分と頑張ってるんだね」
「それは、渚と同じ高校に行く為の布石だからさ」
「うん、知ってる。だから…本当にありがとうね」
「どうして…感謝されないといけないんだ?」
「だって、私に合わせてたから航くんはこうやって疲労を重ねてるんでしょ?なら、お礼は述べないと」
「それもそうだけど。1番の功労者は雄斗さ」
「じゃあ、汐屋くんにも会ったらお礼を言わなくちゃね」
「渚は勉強しなくて良いのか?」
「私はもう合格してるんだよ。推薦でね」
「推薦…それもそうか」
眼中にもなかった方法だが何方にせよ渚のレベルじゃないと合格出来ないのだ。今更、思い出しても無理だ。
「それで、合格出来そうなの?」
「自信はないけど雄斗は60%って言ってた。それが本当なのかは分からないけどな」
「言ってたけど?」
「全体的に不安なんだよ。渚や雄斗みたいに得意な教科もないからさ。もし、失敗したらって思うとな」
「そうなんだ。勉強してたの?」
「あぁ。さっき、渚に会った時も図書館で勉強した帰りだったんだ」
「そうなんだ。勉強は捗った?もし分からないところがあるなら教えてあげるよ。暇だからね」
「え、それはありがたいけどさ_。でも、良いのか?家に帰ってる途中だったんだろ?」
「そうだけど。でも、私のお母さんに言えば許してくれるだろうし。それに、私の為だ、航くんの合格は」
「そうなのか。なら、遠慮なく教えてくれよ。丁度、英語が分からなかったんだ」
「小学校の時も苦手だったよね」
「それは、今になっても変わらないさ。現在完了形とかが特にな」
「躓く所だよね、分かるよ。でも、良かったね。私が教えてあげるから」
「マジで感謝しかねぇよ」
そうしてその日は再会に喜びながらより勉強に励むのだった。
******************
そして、日は流れ入試当日となった。
「随分と緊張してるな、落ち着いて頑張れよ」
「あぁ、そうだな。でも、2人ってのは心細くないか?」
「難関私立を受ける人だけでも少ないし仕方ないさ」
「それはそうだけどさ」
「俺と航で2人だったけど0人なんて年もザラだしな。それに、俺が落ちたらそれこそ航だけだぞ?」
「止めろよ、入試当日にさ」
「まぁ、俺は落ちるかもしれないけど航は合格するさ」
何でなのか?そう俺が聞く前に彼は答えた。
「お前と天乃さんの運命を引き裂く神なんて居ないからさ。そう思って気楽にやるんだな」
そうニヤリと笑ったのだった。
静まった教室の独特な空気に緊張感を抱いた。
雄斗と同じ教室になれるかも。と淡い幻想を抱いたがそれは幻想のままで終わってしまった。
「それでは、只今より試験の注意喚起を行う」
そう監督の先生からアナウンスがあった。
暫くするとその時間は訪れる。
「始め」
その瞬間、俺は全てを出し切る為にシャーペンを走らすのだった。
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