3話 辛味、府に食して

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電話の通知音聞くや否や俺はスマホを取った。

「もしもし。ーだよな?」

「そうです。電話しに来たと言うことは落ちたんですね」

「あぁ。先生の力不足だった」

「大丈夫ですよ、責任は感じなくて。自己責任ですので。寧ろ、迷惑を掛けてすみませんでした」

「また、後で電話するけど親へ変わって貰えるか?」

電話を後方で待機していた親へと渡し自室へ戻った。そして、ゆっくりと溜息を吐くとベッドに倒れ込んだ。

「落ちると思ってたけど、やっぱり落ちるんだな」

頬を伝うものなんてなくて感慨すらなくて。窓を眺めてゆっくりと目を閉じた。

「駄目だったな」

色々あって結果として駄目だった。それだけだ。唯、虚しく過ぎるだ時間が過ぎた。

空気の読めない自分の性格の悪さに吐き気を覚える。何も出来ず、無能で、焦燥感もなく本当に俺は。

ふと、通知の鳴ったスマホへと目をやった。

「合格した!マジで疲れたよ。でも、無事に合格したし報われたわ!」

「マジ?おめでとう&お疲れ様ぁ。今度、合格を祝って遊びに行こうぜ」

クラスLINEで続々と私立の朗報を知らせるコメントを俺は黙って見ていた。のだが、

「あ、どうだった?」

俺のコメントへ気付いた友達の質問に俺は困った。ムードを壊したくないし慰めなんて要らなかった。だから、

「どうだった?って私立だよな。この感じ」

「当たり前だろ?合格したのか?それとも落ちたのか?」

「それは、決まってるだろ」

俺は何とコメントしたのだろう。もう覚えてない事だけど。でも、その日以降少しだけ友達との距離が空いた。

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俺が目を開けると有栖が覗き込んでいた。

「私が余所見したらまた寝てるじゃない。大分、疲れてるようね」

「また寝てたのか?俺」

「寝てないのになんて言わないでしょ」

「それもそうだな。ちゃんと睡眠は取ってるんだけど」

「それで、悪夢でも見てたの?私が戻った時に様子を見たら随分と唸ってたけど」

「まぁ、ちょっとした悪夢をな。もう大丈夫だけど」

「幼馴染の膝枕要る?値段、据え置きで5万円。あ、前払いのみでの決済ね」

「詐欺の活動に対する経費なんてない。御免だな」

「じゃあ、ちゃんと起きてよね。じゃないと寝てる間にしちゃうから」

「どうせ、金取るんだろ。後、起きる理由になってなくないか?ズレてるような」

「ま、まぁ。気にしなくて良いの!あ、次の問題は解ける?」

「話を変えるなよな。この問題は、うーん。式なら出せるけど」

「解法の話に決まってるでしょ。式なんて問題見たら出来るじゃない。誘導あるんだし」

「勉強になるとヤケに冷徹だな。まぁ、式は作ったから後は解法の求め方を教えてくれ」

「駄目に決まってるでしょ。解放を教えたら。それに、問題の上にヒントがあるじゃない」

「本当だな。気付かなかった。ちょっと待って。計算するから」

暫く式を眺めて6という解を出すと有栖が正解と丸をしてくれた。合ってたようだ。

「出来るじゃない。この調子でってどうしたの?じっとスマホを眺めて」

「別に気にする事じゃないよ」

と言葉を濁した。どうしてって?さっき登場した怜奈からの抗議の返信だからだ。取り敢えず既読無視。

「女子だったりするの?もし、そうなら事情を聞くのだけれど」

「違うぞ?俺は航と違って女子の友達なんてまず居ないからな。其処は気にするな」

因みに言っておくが怜奈は女子である。紛うことなき女子である。それも妹だからな。

「君は知らせる義務があるんだよね。という訳で私は検閲出来るんです。貸して」

「残念だがまずそんな義務はないし俺にはプライバシーの権利がある。よってその意見は無効だ」

「でも、幼馴染だし私たちの間でプライバシーなんて欠片もないし例外だと思うんだよね」

「幼馴染でもプライバシーはあるだろ」

「風呂へ入ったりお泊まりした仲なのに?それは流石に酷過ぎると思うんだけど」

「昔の話を今風で語るの止めてくれる?それこそ理不尽だろ」

何年前の話だ?と突っ込みたくなるが黙っておこう。パシりを要求した彼女だがどうやら既読無視へ御立腹らしく怒りの連投状態となっていた。

「本当にしょうがない奴だな。有栖、ちょっとコンビニへ走ってくる」

「え、もう9時前だけど?急用なの?後、何買ってくるの?後、アイス買って来て」

「質問攻めされても答えられないし、しれっとアイスを要求するな。ちょっと頼まれたんだ」

「親?あ、アイスならダッツね。味は何でも大丈夫だから。買ってくれたら無償で膝枕するよ?」

「さっき、5万円だったのに急下落したんだな。有栖の膝枕は」

「余計なことを言うと膝枕は無しだよ」

と呆れながらも部屋を出ようとして立ち止まる。有栖を残したら面倒事になる。そして、それを経験したことを。

「よし、有栖。お前も行くぞ」

勿論、小言を言われることは織り込み済みなので俺は交渉をすることにした。

「今なら、ダッツ1個を追加で買ってあげるし味も選ぶ権利を与えるんだけどなぁ」

「そんなことで釣られる訳ないでしょう?ほら、早くコンビニ行くわよ」

「掌を返すの速過ぎないか?お前」

そんな態度を貫く幼馴染(有栖)を呆れながらも純粋さに微笑むのだった。

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「なぁ、有栖。聞きたいことがあるんだけどさ」

「うん。どうしたの?」

渚の用事も無事に済ませ少し痛手も生んだコンビニの帰りに有栖へ尋ねた。

「今度、誕生日だろ?欲しいものとかあったりするのか?」

「欲しいもの?うーん、そうだなぁ。あるは、あるんだけど」

「あるんだけど?」

「それは確かに欲しいけど、どっちかって言ったら叶えるって感じになるのかな」

「ど、どういう意味なんだ?それは。将来の夢の話なのか?」

「ううん。私の理想だよ。でも、何時かは現実にしたいと思ってる」

「理想ー。で、話を脱線させたけど欲しいものはあるのか?具体的にな」

「あ、そうだ!」

「何だ?言ってみろ。服か?それとも食べ物か?」

と興味を沸かせる。大体の事なら何でもするつもりだ。そう、つもりだった。だったのに、

「どうしてこうなった?」

「ふふっ。早く次に行きましょう」

週末、俺は有栖と家の近くにある大きなショッピングに来ていた。

「有栖?これは、どういうことなんだ?」

「どうって、誕生日プレゼントでしょ?私への」

「こんな前倒しで大丈夫なのか?まだ、1ヶ月近くあるけど」

「うん。私にとっては雄斗と一緒に過ごせる日常が大事だから」

その言葉で俺は改めて考えさせられた。有栖と一緒に居るから余り考えてなかったが学校での有栖は模範生。色々な人から尊敬の目を浴び嫉妬され嫌味を言われる。言動で目立ち圧力を耐えているのだ。そんな有栖からすれば俺との会話はそんなを捨てて有りのままで居られるのだろう。そう考えたら多少は彼女の我儘に付き合うべきではないのか。自分と違って学校で我儘を言うことを許されない立場なのだから。

「あ、あそこの店へ行ってみようよ!美味しそうだし昼御飯でも」

ふと顔を上げると俺が黙っていたことに少し焦りを覚えたのか飲食店舗に並ぶ店を指差した。

「別に気にしなくて良いからな」

「え?ど、どういうこと」

「多少は有栖が我儘を言っても付き合うってことだよ。だから、素直になれば良い」

それが有栖の幼馴染としての立場であり役目なのだと改めて感じさせられたのだった。

「ところで、大丈夫なのか?あの店で」

え?と疑った表情で指差した方向へ振り向き、固まった。其処は激辛好きで有名なラーメン屋だった。

「あ、あっ。雄斗、その。ちょっとこれは違くて」

「大丈夫。俺は有栖のに付き合うって言ったからな。食べたかったんだろ?」

「あ、あの。その、雄斗。分かったわ。私が悪かったから!」

「我儘に付き合うと言ったがは俺の本題を聞くことなく振り回した罰だ。受け入れるんだな」

許してよぉー。と嘆く有栖を引っ張って行くと

「らっしゃい!」

と豪快な店主が声を掛けてきた。漂う匂いを嗅ぐと少し鼻の奥がツンとした。有栖は絶望していたが。

「どれにする?俺も此処に来るのは初めてだし1番マシな奴にするか?」

「雄斗は激辛好きなんだからどうせならこの、煉獄麺を注文すると良いんじゃないかしら」

煉獄麺とはどうやら、地獄と現世の狭間のことであり食べると昇天出来るらしい。

「じゃあ俺はそれを食べるよ。有栖は1番マシなを頼んだらどうだ?」

「ど、どんな料理なのよ」

「店内では激辛初心者に人気の料理で汁は三途の川のように赤黒く飲むと生を感じられるってさ」

「絶対に食べちゃ駄目な奴じゃない。それに、私は雄斗と違って甘党なのよ?分かってるでしょ」

そう激辛だろうが余裕で食べられる俺と違って有栖は激辛と縁なしな激甘党なのだ。

「まぁ、何とかなるさ」

笑みを浮かべながら厨房を眺め注文した。え、有栖?注文し終えた時点で既に泣きそうだったけど。

「それにしてもまだ激辛料理が無理だったなんてな。克服するって言ってたのに」

「こう見得てもちゃんと頑張ってるのよ?ちょっと厳しいけど」

「厳しいなら克服出来てないじゃん」

「寧ろ、克服することなく食べられてそれを好き担ってる雄斗がおかしいのよ」

「おう、文句あるのか。具体的に言ってみろ」

「大事な幼馴染の癖に鈍感で変な人で私を大事にしなくてズルくて」

「そんなにあるのか。流石の俺も心に来るぞ」

そう苦笑するしか出来なかった。

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「お待たせしました。三途の麺と煉獄麺ですね。では、ゆっくりどうぞ」

私は麺から漂う香りを恐る恐る嗅いでみ

「(は、鼻の奥が痛い)」

激辛臭でダウンし掛けたが此処でダウンしてるようではお話にならない。

「有栖、無理はしなくて良いから出来るだけ食べるんだぞ」

「う、うぅ。全部食べてよぉ」

もう泣く寸前だった。もはや、こんな場所に居たくなかった。

「2杯も無理だ。案外、克服出来てるかもよ?」

そ、そう?と謎の説得により少しだけ抵抗感が薄れた。そして、恐る恐る口へ運び

「(あれっ?あんまり辛くない。案外、克服出来てたのかしら?)」

雄斗も美味しいだろ?という顔をしていた。確かに辛さの奥に美味しさを感じなくもない。

「(雄斗が好きな理由が分からなかったけど、この美味しさを求めてるのなら分からなくもないわ)」

「案外、食べれるじゃんかよ。良かったな、克服出来て」

「え、えぇ。少し気後れしたわ」

「何なら食べてみるか?俺が食べてる奴」

「遠慮しておくわ。それはちょっと段階を踏まないと厳しいと思うし」

そうやって食べ進め雄斗が完食した辺りで私も7割を食べ終えていた。

「(案外、簡単だったわね。見た目と説明に騙された私が愚かだったわ)」

ふと雄斗が私を見ていたので促すと食べたらどうする?と聞いてきた。取り敢えずクレープを要求しておいた。

「じゃあ、もうちょっとだし頑張ってくれ」

「えぇ。もう此処まで来たら後は気合いで行けるわよ」

「って、ちょっと待て。混ぜたのか?ちゃんと」

「混ぜる?混ぜたら辛み付くし。それをするの激辛好きだけだよ」

と訝しむと私の反応に対し混ぜてないんだなと溜息を吐いた。

「どうなっても知らないからな」

と言っていたが此処まで来たから行けるはず。そうして箸でスープの中に沈んだ麺を掬い上げた矢先

「何なの?コレ」

麺なのは麺だ。でも、色味が明らかに違っていた。赤の濃さも麺に付着した肉そぼろも。

「(た、食べられるのよね?コレ)」

「ちょっと待て。それは有栖には無理だ。俺が食べるから、食べなくて良いから!」

「此処まで来たのだから最後まで私が食べるわよ」

そう自分を奮い立たせて口へと運び

「@&$&¥☆○△々◇〆!>?」」

と3秒後、有栖の絶叫を聞くこととなったのであった。

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「だから無理だって言っただろ。本当に無理ならちゃんと頼れよな」

「だって、全部食べ切れると思ったのに」

「言ってなかった俺も悪かったが最初で麺を良く混ぜてないと駄目なんだぞ」

「それは身を持って分かったわ。ところで、どうして私は膝枕されてるの?」

それは有栖が言ったことだろ?と俺も聞き返した。

「そ、そうなの?それは悪かったけど。でも、嫌じゃないの?」

「別に嫌じゃない。だって、だからな」

「そ、そう。其処はー。うんっ、甘くて美味しい」

と有栖の注文通りクレープを頬張りつつ答える。因みに俺は控えめにした。有栖は黙っておこう。

「どうする、家に帰るか?まだ、時間はあるけど」

「うーん。あ、そうだ。服を買わないと」

「服?普段、俺のを着てるのに?」

意外かもしれないが俺の部屋に居る時は何故か俺の服を着ている。勿論、他意はないはず。

「自分のお金でちゃんと買うよ。後、夏に向けて早めに衣替えしようかなって」

「まだ、春前なのに随分と気前が良いんだな」

「普段、忙しくて買えないし春物も買う予定だっから買うだけだし」

「分かったから、そんなに拗ねるなって」

「じゃあ頭撫でて。撫でたら機嫌直すから」

仕方なく頭を撫でると有栖は軽く喉を鳴らした。猫かお前は。

「何時の間に食べたんだ?」

「もうとっくに食べ終わってたよ」

「そ、そうなのか」

何という早さなのか。食べてる様子を写真にでも撮ろうかと思ったが諦めざるを得なかった。

「どうしたの?呆れた顔をして」

「別に。唯、有栖のことを改めて尊敬しただけだ」

「そう。別に今じゃなくて普段から尊敬しても大丈夫なのよ?」

「それもそうだな。尊敬してるし幼馴染としても好きだからな」

「勿論、私も雄斗のことは尊敬してるわ。というより私の場合は雄斗のことー。駄目、今のはやっぱりなし」

「ん?どうしたんだ。何が合ったのかは分からないが相談には乗るからな」

「やっぱり雄斗は鈍感ね。さっきの発言は前言撤回するわ。やっぱり尊敬出来ない」

何故か呆れられた。俺としては理不尽だが真意も分からないので黙ることしか出来なかった。

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