第5話

 駅前の自転車置き場を一時的に借りて愛車である緑色のサイクリングバイクを置いて駅前に佇むこと数分、彼女もといい西原が僕の下へデニムに白いショートシャツに濡鴉の黒い紙のコントラストはよく映える姿で登場した。

「時間通りね」と彼女は自前の腕時計を見てから僕を見返した。

「で、どこへ僕を連れて行こうというんだ」

「作戦会議よ」と僕の質問を聞いていたのかと疑いたくなように独断な発言に言葉を失った。

 彼女に連れられて駅から少しそれた商店街の一角に古風で、こういった店に入ったことがないために気障っぽく感じてしまうが、一旦席に落ち着いてしまえばファミレスのような安心感があった。

 サボテンのオブジェクトが置いてある窓側の四組客が来ても座れるような席に腰掛けたが、さすがに四人用だけあって広々と使えるのは少し喜悦な気分になる。

 どこかで回っている大振りに回る天井付けのファンに煽られる風が頬を撫でる。循環した風が店内で吹いている。

「作戦会議とは言っていても、僕と西原さんだけはどう頑張っても机上の空論をでっち上げるだけで関の山だよ」

「三人よれば文殊の知恵とは言っても、二人だけじゃ情報を整理するのがやっとのところかしら」

 そうだなと言ってしまえばそこで終わりだが、四十川の自殺は気がかりで喉元に引っかかっているのを晴らしたというのも事実だ。できることなら供養の意味でも真相を確かめる必要はありそうだ。

「で、早速なのだけれど何か案はないの?」

「唐突に案を出せと言われても容易には思いつかいよ」

 だからこそ、君も誰かを頼ろうと僕を訊ねたのだろうに。僕は彼女以上に優れてた明晰者でも賢者でもない。

「そうよね・・・」

 彼女は落胆というか、諦念のようなものを感じさせる表情を表出させた。

「先に何か注文していいか」と訊くと彼女は憂れて沈んだ顔をもたげてこちらを睥睨した。

「いいわよ」と顔色は悪いにしろ、こちらの要望はすんなりと通った。

 その後、傍らに置いてあったパンフレットを取り出して店員さんにアイスコーヒーを一杯注文してから再び考えを逡巡させた。

「考えても仕方ない。とりあえず出来事をまとめるところからやってみようか」と僕のそんな提案に彼女はおもむろに鞄から一冊のノートを取り出して机の上に広げて、シャーペンの尾のほうをノックした。

「まとめるようなことは、すでにしてあるのと」 

 彼女はそういって、自分の自作の時系列順に書き起こしたノートを見せてくれた。

 僕は思わず、さすがと感嘆してしまう。

 しかし、ノートの内容のほどは言ってしまっては悪いが、事が大して量が記載されていない。それも無理はないかといいうしかないだろう。むしろ僕が小説とかの時系列表や作者が描いたプロットのようなものなんぞ期待するようなことのほうがいけない。

 小説よりもよっぽど現実のほうが隠し事は多いというのだから表層上のものなど全体像からしてみればわずかなものなのだろう。

「私。一人じゃこれがやっと。これ以上何かを書こうとしても憶測の域を出ないのよ」

「・・・仕方がないよ」

 アンティーク調の喫茶店の平安とした空気の中に、重く沈んだ不安の澱が少しずつ砂時計のように沈溺していっているのは確かにあった。

「それにしても、またなんで僕みたいな人間を頼ろうと思ったの・・・?」

 その質問は無粋だったかも知れないが、彼女の真意を聞いておこうと思った。それがただ単に協定的なものであってもだ。

「頼れる人がいなかったから」

 やはり、そうだったかと僕は一旦気持ちの整理に静かな深呼吸をした。

 彼女にとってはもはやクラスメイトは敵対組織そのものと成り果ててしまったのだろう。それがどんなことであれ、彼女という一介の女の子からしてみれば多重なプレッシャーになってしまっているのは間違いない。そのなかで何かを果たそうとするには支えが必要なことは自明の理であったことだ。

「それにホームルームの時。あなたの眼差しが異様に強かったのから」

 そうだったのか。俺はそこまで凝視していたつもりはなかったが、彼女にとってはそう見えてしまっていたのか。なぜ僕は体に暑さと気だるさのような重い何かを覚えた。

「まぁ、僕でよれければ力添えはさせてもらいたい」

「そう言ってももらえると心強いわ」

 その言葉に彼女は気恥ずかしさを覚えたのか少し顔が赤く照った。

「アイスコーヒーです。伝票、置いておきますね」とさっき僕の注文を取ってくれた大学生くらいの女性がアイスコーヒーとともに、裏に伏せた伝票を机横に置いて「ごゆっくりどうぞ」と一言を残して立ち去った。彼女はどことなく僕たちをみて微笑ましく思っているようだった。

 彼女が思うようなそんな関係であればよかったのだが、実際そうではないのだがな・・・。

「コーヒーでも飲んだら、頭が覚めたりしてくれないかしら」と彼女はなんとも大仰なことを期待されても眠気覚まし程度にしか役には立たない。

 窓から覗く外の公道では休日を栄華に過ごしている大衆を見ていて気楽だなと思ってしまう。

「窓なんか眺めてないで、ちゃんと考えてよ」と責められた。

「すまん」と一言。僕は再びノートとのにらめっこをする。

 僕はコーヒーを啜った。

 頭が冴えたわけではないが、このままやっても埒が明かないとため息をつくと彼女は嫌な目でこちらを見た。

「こっちが頼ってる身で悪いのだけれど、あなた。本当に手伝う気あるの?」

 そうだな。いくらここで考えあぐねていても仕様がない。ここは僕の誠意を見せるところではないのだろうか。そう自分を煽り立てる。

「時間を持て余すわけにもいかないからな。ここは一つ行動で示してやるよ」

 飲み終えたアイスコーヒーをコルクの下敷きに置いてから伝票を握りしめて、レジへと向かった。

「ま、まって」と彼女のおどける言葉をそばに会計機のチャリンというお金を使用した感覚を覚える音とともに勘定を済ませた。

 店前に出ると時間は正午近くになり、5月初旬というのに暑さはまるで真夏日ほどまでに僕の肌を焼くようだった。

「行動で示すって、どうやってよ」

「そのままだ。いくら情報を整理したところで見えないものは見えない。―――警察は現場百遍っていうだろ」

「えっ」と彼女はあっけにとられたような顔をつきだった。「そうね。そんなことも言うじゃない」

 この言葉―――警察は現場百遍―――は意外と定説じゃなかったのかなと僕は頭をよじった。

 気を取り直して、「そういうことだ。まずは調査これに限る」

「けど、調査といってもどこに行くのよ。何か頼れるつてでもあるっていうの」

「つてはないが、勇気がある。勇気があれば何でもできる気がする」

 彼女は呆れて言葉も出ないのか頭を抱えた。さすがに根性論は無謀と思われたようだ。

「とりあえず、移動だ。今日はどうやって来た」

「どうって、普通に電車よ」

 だから、駅前を集合場所に指定してきたわけかと得心した。

「それより具体的な計画でもあるの」と訊ねられると僕は首を振らざる終えない。思い立っての行動だ。そこに合理的なものはない。漢の感とでも言いたいが、その手の方は女性のほうが鋭いかも知れないと弱気を吐きたくもなるが、ここは自分の直感なるものを頼らざる終えない。

「けど、人間関係を洗うのは事件調査の基本だろ」となんとか合理性と結び付けれるような言葉が見つかったから良かったが、さてこの先どうしたものか。

「そうはいってもあなたクラスメイトの自宅を知っているの」

「いや、一切知らないぞ」

「それじゃ当てにならないわ」

 真っ当なご意見ありがとう。だからといって足踏みしてたって兆しの光明は見えない。

「そう言ってくれるな。自宅を知らなくてもクラスメイトに会える場所なんぞいくつか思い当たる節があるだろう」

 彼女は少し考えた後、一箇所思い当たる場所が浮かんだのだろう。ハッと利発そうな顔つきになった。

「・・・あなたと一緒に行けと」

 その言葉に心を傷めるが、「四の五の言っている暇はないんじゃないか」と脅しのような言葉をかけると彼女は渋々従ってくれた。

 

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