第4話
翌日。彼女は登校を拒否したようだ。
周りの奴ら、これみよがしと言わんばかりに逃げたとか、腰抜けとかと言葉を並べて安全圏からの優越感に浸っているようだが、路傍の石でしかない。それでも投げれば十分に凶器になってしまうのだから恐いというものだ。
僕は西原のいない教室に少し違和感を感じながらも、それでもクラスは何事もなく一日は終わってしまった。昨日の目を赤くしていた女子も今日は西原がいないためか。呑気に歓談に耽っている。
休日に入ると、四十川の死の因縁や西原への制裁ムードから開放されて気楽そのものである。
クラスのメールボックスは通知で鳴ることもなく、表面上ではいつもどおりの関係が日常の延長線上にあるのをたしかに感じ取っていた。
それにしても暑いな。もうそろそろ夏が近づいているようだ。暦、もっといえば旧暦では立夏はとうに過ぎている。これから夏本番というところだ。
僕はリビングに備え付けてあるエアコンを睨みつけたが、内心では今年も壊れずに頑張ってくれよと応援している。
市内全域に五時半を報せる音が流れ始めてうたた寝していた俺をおぼろげな意識を覚め起こした。
遮光カーテンから漏れ出る光は紫外線のためか橙色といよりかは臙脂(えんじ)色のほうが合っている。
扉に備え付けてあるシャッターを降ろすために、少し外に顔を出すと鼈甲(べっこう)色のビル群がそびえ立つように夕日を遮っている。
完全に閉め切ってしまえば一段と静けさが増した。
僕が哀愁感に浸っているさなか、電話の着信音が思った以上に音を鳴らした。
携帯を取ると携帯の上半には知らない電話番号が出ている。こういったものに一切の経験がないために出ることには躊躇われるが、それでも出てやらねばという義務感のようなものも覚える。
とりあえず、僕は一旦その番号の羅列を覚えて出るのは止すことにしておいた。
プツリ、と切れる電話に僕は一度安堵したが、それでも再び同じ電話番号で僕の携帯がなりはじめる。
やはり、相手は僕に必要な用事があってわざわざ電話をかけているようだ。
仕方なく着信に応じて出ることにする。耳を携帯に貸して一体どんな声の人からと、僕は息を潜めるようにして相手が話しかけてくるのを待った。
「もしもし」と女性の声であった。
僕もつかさず、「もしもし」と返答する。
「岸峰くんの携帯でよろしいでしょうか」
その文言に僕は一瞬肝を潰しかけた。
「あっ、はい」と答える。
僕の名前を知っている人間はあまり多くもないが、少なくもないという事実があるが、それでもこうやってセッションを図ってくる人はそれこそ少ない方であるために、変な組織に名前を覚えられてしまったのかと一瞬だけ狼狽してしまったのだ。
「合ってたのね」とさっきまでの物腰柔らかいような口ぶりから一転して、その声はいきなりトゲついたような口調へと変化した。
「知らいない電話番号だったから」と僕は言い訳をするが、彼女には聞き入ってもらえるはずもなく、癇癪に触れてしまった。
「男の子なんだから、知らない電話番号にだって出てよ」と少しすねているようにも思える。
「ごめん」と別に悪くはないはずなのに責められると自ずとその言葉が反射的に出てしまう。
「いいわよ。別に出てくれたから」と彼女も僕の謝罪で許してくれたようだ。
それにしても電話じゃ、対面ではないから相手の素性を知ることが出来ない。僕は一体誰と会話しているのか頭で声の持ち主を検索しているが、思い出せないのが現状だ。
これで恥を知ってでも名前を聞くほうが、聞くは一時の恥ともいうから良いのだろうけど、これで彼女の怒りを買うようなことになればこれはこれで面倒だ。
「それで、用件なんだけど。明日のご都合はいかがなものかと思って」
「ご都合―――、大した予定は入れていないが・・・」
「そう、それは良かった」と彼女のその言葉は平然たるもので安堵といったようなものはなく、端から僕には予定がないと見越していたような感じで、少し気持ちが揺らいだ。
「ちなみに、そちらはどなた様ですか」と恐縮ながらも訊ねると彼女は少し間を待ってから口を開いた。
「・・・、西原です。あなたと同じクラスメイトの」
倒置法に僕は一瞬にしてその声の主が脳裏に浮かび上がった。
「そうか。西原さんか」と僕は思わず嬉しさだっただろうか。そう独り言のようにつぶやいた。
「・・・・・・」
電話が切られたかのように向こうは突然黙ってしまった。
「ちなみにだけど、どうやって僕の携帯の番号を知ったんだ」
「普通に、メールに電話番号を関連づけてるじゃない」と言われて咄嗟に僕はそのメールのシステムを識ることになった。そして、僕の無知さがさっきの一言で垣間見えるというものだと少し羞恥心を覚えた。
「それで明日の予定なのだけれども、綾崎駅でいいかしら」と西原の突然な提案に少し間を置いて応えた。というのも自分の羞恥心を覆い隠そうとひとりでに躍起なって心中では焦っていたからだ。
「あぁ、別にいいよ。時間は何時に集合とかってあるの」と訊くと彼女は少し考えているのか。「えっと」、と声を漏らすのである。
「駅前に10時でお願い」と彼女は一人で決定したが、別に僕は時間的余裕があるから何時でも構わなかったのだが、思った以上に良心的な時間で良かった。
「分かった。10時に綾崎駅で集合な」と僕は要点を反駁して言い直した。
「よろしく」とだけ僕の耳管に残して携帯は電話を止めた。
彼女に名前を訊ねた時、てっきり奮然とした口調でいってくるかと持っていたが、ちゃんと常識的な範疇でよかったと再度安堵を得た。
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