第3話

 彼女、西原の闘争は今日が始点である。

 昨日、先生は「今だに気を病んでいる子がいる」と言っていたが、今の彼女はその学生たち並に気をもんでいるに違いない。

 そんな彼女は教室の片隅で一人、黙々とノートにシャーペンを走らせている。

 一体何をやろうと言うのかは分からないが、しかしながら彼女は昨日の一件では飽き足らずに再び奮起しようと試みているようだが、今の社会。学生闘争なんぞやっても得られるものはないと知れ。

 

 授業が終わって移動教室だろうがなんだろうが、彼女は少しの時間も惜しいのか。ひたすらにノートと向き合っており、自己分析をするスポーツ選手さながら、顔負けと言ってもいいかもしれない。

 ホームルームが終わるやいなや、因縁の場所から立ち去るように足早に帰路についたようだ。

 その日だけでは彼女が計画に着手するにはまだ時間がかかりそうなことぐらいしか分からなかった。

 翌日も、その翌日も性懲りもなく、ただひたすらまでに彼女が何かを追い求めていたようだった。彼女の目標は一体何なのか。四十川への弔いなのか。それとも学生の主権の主張なのか。それ以上にもっと壮大な何かを画策しているのかは僕には分からないままだった。 

 そして、彼女への周りの態度は段々と疎遠化してしまっている。言い換えれば、教室という40人単位の小さいコミュニティで居場所がなくなり始めていた。女子の仲間内などは知ったことではないし、興味があるわけでもないがそれでもそういったことに関して無頓着な僕でも彼女の現状に危機感を覚えなくもない。

 しかし、彼女はそれを顧みもせずに閉塞的な人間になってしまっていた。

 それでも彼女は強く生きている。これは紛れもない事実だし、それで事欠いて彼女に同情でもしようならば噛みつかれるのではないかと異様に険悪な雰囲気を醸し出しているから、それも要因かもしれない。

 別にそれがいけないかと言われれば、いけないとも断言はできないにしろ。傍から見ればどこか惨めさというか。情をくれたくもなってしまうっていうだけの話なのだ。

 そして、それはうちの担任もクラスの雰囲気からも女子からのうわさ話からでも薄々気が付き始めているようだった。

 そして、ついに女子が動き始めた。

 担任からの指図なのか。それとも女子たちの独断での行動なのかはさておき、彼女の下へと数人によってたかり始めた。

 僕からしてみれば同調圧力を絵に書いたような構造であったが、それすらも意に介さず女子たちと真っ向からあたった。

 彼女たちの会話から漏れた言葉に僕を聞き耳を立てた。あまりいいとも思えないのだが、気になっている身からしてみれば彼女の内心を聞ける機会を逃す手立てはないというものだ。

「結局、西原さんはやりたいことはなんなの?」

 一人の女子生徒が少し高圧的な喋り話か始めてた。

「(四十川)彩良(さら)の弔いでもしたいの。それともわざわざみんながこの人数でなれてきたっているのに掘り返してまた、みんなを混乱させたいの」

 その女子生徒の言葉に教室が一体となって聴衆となり、彼女の返答に黙って聞く姿勢になっていた。

 それはみな彼女の思惑が気になっているのと同時に、記憶を振り返りたくないために不審あるならば潰そうという魂胆なのだろうか。

「わたしは真実が知りたいだけ―――」

 真実。たしかに一軍の女子でまさに誰からも好かれるような人間がこうもあっけなく死んでしまうのは何かがおかしい。それはクラスメイトだけでなく。今、西原を囲んでいる女子たちも気にしていることであろう。

「じゃなに。このクラスの中に彩良をいじめてたっていう奴がいるっていうの」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 結論を急ぐ必要はない。それはそうなのだが、この殺伐とした不完全なクラスの中でそういった判然としない答えは混乱を招く。そして、否応でも彼女らは自分たちの精神の健康のために、そこに白黒をつけたがるだろう。

「は?」と女子生徒のその声に僕は生理的に嫌悪を感じて、僕に言ったわけではないはずなのに肝を冷やした。

「クラスに支障がなかったなら、学校側に問題があるとも思える」

「だから、学校に抗議しようっていうの」

 あたりを囲っている女子はもはや彼女たちの口論に置いてかれてしまっている。もはや高度なラップバトルに割って入ろうなどと思う人がいないのと動揺に、この話に介入するような勇猛果敢な戦士はおろか、判断を下す裁定者もいやしない。

「そう。けど、一人じゃ勝てない。せめてクラスのみんなでやれば勝機は見えてくる」

 その言葉にあたりは騒然とざわめき始めてた。

「馬鹿言わないでよ」と女子生徒の怒鳴り声が、あたりを掌握した。

 野次馬どもも教室の扉から顔を出して、何事かと聞き耳を生やしはじめる。

「みんな、疲れてるの。彩良が自殺しちゃって、みんな自分が、他人が、信じられなくなっちゃってるの」

 彼女のその声には泣いていているような悲痛さが滲んでいる。

「なんとか立て直し始めてきているのに、あなたはまだ何かをしようっていうの?」

 さっきまでの勢いは急激に減速し始めて、女子生徒の同情を買った周りの女子たちが彼女をなぐさめようと背中を擦り始めた。

「泣いてるだけじゃ、本当に解決とは呼べない」と、その辛辣までの彼女の返答には周りの女子たちがさっきまで饒舌だった女子生徒がいた立場を奪って、批難の言葉を浴びせた。

「あんまりじゃないの」

「それって、あなたの独りよがりよね」

「結局のところ、あなたは自分が目立ちたいんじゃないの」

 そのあられもない言葉の数々に僕はやはりなと、彼女たちに落胆せざる終えない。

 そして、最終奥義と言わんばかりに彼女たちは言葉を揃えて、


――――――謝って、


 と言葉を発した。

 これで西原はこのクラスにおいて明確に排斥されるべき人物だという位置づけになってしまった。

 ある種、彼女がヘイトを買ってくれることによって、このクラスは一個の目標に集中できるから、団結心が生まれて教師たちが願ったりかなったりな結果、早期収束へと導くことになるだろう。

 そこまで西原が考えていたというのならば、あっぱれといいたいところだが、実際人間なんぞこぞって嫌われようなどという斜に構えるようなことはしないだろう。それこそ憎まれっ子世に憚るではあるまいし。

 裁定者はいないとは言ったが、時間に律儀な日本人からしてみればチャイムはまさにリングで鳴り響く鐘(コング)のようであり、両者は自分の場所へと引いていった。

 クラスは二人の抗争から完全に西原への敵視へと移り変わってしまって、もはや彼女の居場所は四十川と同じくなくなり始めているのかも知れない。

 ホームルーム。どこはかとなく瀕死状態の心電図のように何かが反応しているが、空気を読むということになれてしまっている僕たちにとって内輪で秘匿するということは造作でもないとでも言うように、粛然としている。

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