第四話
「……ぐすん……はぁ……」
咲良は廊下の゙端で、ぼんやりと空を見上げた。
勝手に怒って勝手に泣いちゃって……。
あそこで自分の気持ちを抑えることができれば、こんなことにならなかったのにな……。
「アタシ、何してるんだろ……」
「水神」
紅葉は、静かに咲良に近づいた。
「あれ、もみじちゃん、どうしたの?」
「となり、座っていいか?」
紅葉は静かに笑っていた。
「うん。あれ、それ手に持ってるのって……」
紅葉の手には、二本の缶が握られていた。
「ああ、冷たいコーリー牛乳だ。水神がよく飲んでたのを思い出してな」
紅葉は咲良にそのうちの一本を渡そうとする。
「あっ、お金……」
「これ……一本100円なんだな。私からのプレゼントだ」
「ありがとう」
「ホームルームまではあと四十分近くあるから、ゆっくりでいい」
二人はしばらく黙っていた。
先に喋りだしたのは、咲良だった。
「アタシが入院ばかりしていて、学校にあまり来れなかったって話はしたよね?」
紅葉は、黙って頷いた。
「その頃、アタシが聴いていた音楽が、『アイリス』の歌なの」
「私も、何回か聴いた。迫力があって美しい歌声だよな。編集で出しているのかと思ったくらいだ」
「アタシも。でも、この間カラオケで彩ちゃんの歌声を聴いたときね、思ったんだ。ああ、『アイリス』の歌声はすごいなって。思ってたよりも、ずっとカッコよくて迫力があって美しかった」
「そうだな……」
「それで、彩ちゃんが、『アイリス』で良かったって思ったんだ」
咲良の目は徐々に輝いていく。
「憧れていたのだな?」
「そうだと思う。だから、彩ちゃんがアタシ達と歌うことを迷っているのが悲しかったんだ。アタシが下手くそだからかな?」
紅葉は、首を横に振った。
「水神が歌っている時、白坂の目は輝いていた。楽しそうだった。それは、白坂がお前の歌に感動したからじゃないか?」
「そうかな? ……そうだといいな」
「木崎は知らんが、白坂は多分お前のところに戻ってくる。そしたら、一緒に歌えばいい」
「うん。……アタシは、この4人で一緒に歌うよ」
すると、紅葉が微妙そうな顔をした。
「……私は、白坂はともかく、正直木崎とは歌いたくないな……」
「だーめ。恵梨ちゃんももみじちゃんも、この学校でできた、アタシの初めての友達だからね」
遠くから、二人分の大きな足音が聞こえてきた。
「咲良!」
「あっ、彩ちゃん」
咲良は立ち上がって、大事な友達のもとにかけよる。
「はぁ、はぁ……こんなところにいた」
彩の額には、うっすらと汗が滲んでいた。
「走ってきたの? 恵梨ちゃんは?」
「それが……」
「私なら、ここにいますよー」
恵梨は、彩の後ろからいつもの笑顔で出てきた。
「咲良……ごめんなさい!」
彩は首がちぎれるんじゃないかと思うくらい、勢いよく謝った。
「彩ちゃん!?」
咲良はびっくりしていた。
「私の気持ちを最初から伝えれば良かった。それが結局一番速いんだね」
「彩ちゃん、待って」
「……何を?」
「もう一度言わせて」
咲良は一度、深呼吸をした。
「アイリス……いや、彩ちゃん。私達と一緒に歌ってください!」
咲良は丁寧に素早くお辞儀をしてみせた。
「咲良……」
一瞬、彩の動きが止まった。
そして次の瞬間、彼女はお腹をかかえて笑い出した。
「咲良、紅葉、恵梨、私は皆の歌が欲しいです。私と一緒に歌ってくれませんか?」
笑いながら、それでも彩はしっかりと三人を見た。
「……彩ちゃん!」
咲良は、勢いよく彩に抱きついた。
「良かったですねー」
恵梨はいつものようにニコニコしていた。
「木崎恵梨、なんでお前は謝らないんだ?」
しかしながら、それを許さない紅葉の一言で、また空気が冷たくなった。
「もみじちゃん……」
「悪いが、これからチームとして歌う以上、チームを壊すような奴と一緒に歌うことはできない。恵梨が一緒に歌うのはいいが、その場合私は抜ける」
「まあ、わかってますよ」
「なんだ、その言い方は!」
それは、これ以上ヒートアップさせたらあまりよくない状況になってしまいそうなときだった。
彩はいつもより大きくはっきりとした声で言った。
「ねえ、私達まだ一回も一緒に歌ってないよ」
皆が彩を見た。
全員、互いの顔を見て思った。
『確かに!』
そのとき、チャイムが鳴った。
「ねえ、これって……」
「まずいぞ! 朝のホームルームが始まる!」
時刻はいつのまにか八時三十分、四人は教室に向けて全力ダッシュを始めた。
「ねえ! 彩ちゃんはいつもどこで収録しているの!?」
「学校の収録室! 音響機器は揃っているから、予約が入ってなければ今日にも歌えるよ!」
なんと、桜宮学園には校内に収録室があるらしい。
「何っ!? それはすごいな!」
恵梨は笑いながら、フフフと笑った。
「やっぱり面白いですねー!」
四人は教室に向けて全力で走っていた。
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