第三話

「それでー、私の考えは正解ですかー? 白坂さーん」

 彩は無表情で恵梨を見つめた。

「一つだけ間違ってるよ」

 彩はそこで言葉を区切った。

「咲良が私に話しかけてから、もうすぐ二週間が経つ。私はずっと友達だと思ってたよ? 咲良も紅葉も、もちろん、木崎さんも」

「ふーん」

 恵梨の声はどこか冷たさを含んでいた。

「私ね、中一から正体を隠してGOtube上で歌を歌ってきた。本当はこれを友達に言いたくなんてなかった」

 彩は少し目に涙を浮かべていたが、それに本人が気づくことはなかった。

「……まあ、話したくないことがあるの、しょうがないよね?」

「……それは」

 彩は少したじろいだ。

「……水神」

 紅葉が心配そうに咲良を見つめた。

咲良は目をカッと大きく開けた。

その目には、涙が滲んでいた。

「ごめん、アタシ、バカだね。私達、まだ友達になって2週間だもんね……?」

「咲良……」

 彩は弱々しい声で呟いた。

 まるで、誰かが離れていくのを怖がるみたいに。

「アタシ、ちょっと思い上がってたみたい……。頭、冷やしてくるよ」

咲良は、後ろを振り返ってその場を去ろうとする。

「咲良……!」

「来ないで! ……今は、一人がいい」

咲良はその場を去ってしまった。

「……また、私が悪いんだね?」

彩はそう呟いた。


「おい、木崎恵梨! どういうつもりだ!」

「何がですかー?」

「なんで、咲良にあの場であんなことを言ったんだっていうことだ!」

「そんなのー、決まってるじゃないですかー」

「何っ!?」

「白坂さんはー、誰も知らない自分の顔が知られるのがー、怖いんですよー」

「それは、どういうことだ!」

「どういうことでしょうねー? それよりー、いいんですかー? 私達が怖くて教室に入れない生徒が廊下に溜まりだしてますよー?」

紅葉は顔をあげて周りを見渡した。

「私はお前を絶対に許さない、木崎恵梨。そして、白坂彩、お前もだ! お前があの時、自分の気持ちをウヤムヤにしなければ、また違う結果になっていたのに……」

そこで、紅葉は言葉を区切った。

そして、真顔に変わる。

「ああでも、まだ2週間の友達か。じゃあ、しょうがないな」

紅葉はそれきり、私達を……私を振り返ることはなかった。

「私は咲良を追いかける。お前らは寂しく朝のホームルームの準備でもしとけ」


「しーらさーかさん!」

彩は恵梨を無視した。

「もーう、聞いてますかー?」

「満足でしょ? 私達の゙関係をぶち壊しにしておいて、私はまた一人ぼっち。あれっ? でも、これは私のせいなんだっけ?」

恵梨の表情は固くなった。

「ここで動かなかったら、ずっとこのままですよ」

彩は意味がわからないとでも言いたいような顔で、恵梨を見つめた。

「白坂さんは、咲良に謝りたいけど謝りに行きたくないっておもってますね」

「きっかけを作ったのは確かに私。でも、これで動かなかったら、私と一緒だよ」

恵梨の声は冷たかった。

「なんだか、すごい偉そうだね」

「当たり前だよ。だって私は『アイリス』のこと、嫌いだから。アンチが嫌な態度をとるのは当たり前ですよね?」

彩は、驚いた。

「……随分モラルがあるアンチだね」

「まあ正直、咲良ちゃんは面倒くさい人ですよね。甘やかされて育った感じがしますし」

 恵梨は遠い空を見上げるように言った。

 それを見た彩の心には、少し靄がかかった。

「まあでも、あの時、自分の気持ちを伝えなかったのは彩ちゃんですしね」

「……よくそこまでわかるね」

「あれー? 言ってませんでしたっけー? 私ー、顔のパーツパーツの微妙な動きやー、微妙な手振り身振りから人の気持ちが大体わかるんですよー」

 彩は恵梨のその言葉を冗談として受け取った。

「なんだか面白いね、木崎さん……いや、恵梨」

「なんでいまさらー?」

二人は少しだけ笑った。

「一緒に謝りに行こう」

彩はちゃんと恵梨の目を見た。

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