私達のスタートライン(Flower、白坂彩)
第一話
彩達4人が話すようになってから、1週間くらいが経過したある日のこと。
彩達は、自然豊かな中庭でお弁当を食べているところである。
それは皆で一斉に弁当を開けた時だった。
咲良が何かに気がついたかのように紅葉の弁当を覗き込んだのだ。
「おー! もみじちゃんのお弁当の唐揚げって手作りだよね!?」
咲良が宝石を見つけたように目を輝かせると、紅葉は自慢気な顔をした。
「ああ。昨日の夕飯に母と一緒に作ってな。少し作りすぎてしまったから、今日の弁当に入れてきたんだ」
「いいなー。ちょっと一個頂戴!」
咲良は両手を合わせて、お願いのポーズを始めた。
「えっ、いや、それは……」
紅葉は、少し笑いながら固まってしまった。
想定外の事態に困惑しているみたいだ。
「えっ、ちょっと、咲良、何言ってるの?」
彩も驚いてしまった。
ここ1週間、紅葉も彩も咲良の行動に驚かされっぱなしだ。
そんな本人は私達の様子を気にすることなく、とても楽しそうだ。
彼女いわく、入院中に学校でやりたいことをいつも考えていて、それを順番に実行中のようだ。
なんでも、それらすべてをノートに書き留めてあるらしい。
「ダメかな……?」
咲良が目を潤ませて、紅葉を追い込んでいる。
「うっ……まあ、そんなに食べたいのなら遠慮せずに食べていいぞ」
咲良はひょいと紅葉の弁当から唐揚げを一つとり、自分の弁当に載せた。
「やったー!」
とうとう紅葉は折れてしまった。
咲良は紅葉の弁当の上に自分の弁当に入っていた卵焼きを軽くのせた。
「ねえねえ、彩ちゃんと恵梨ちゃんもお弁当交換しようよ!」
咲良は紅葉の唐揚げを食べて満足なのか、ニコニコしている。
「えっと、私は……」
どうしよう。
お弁当交換なんて初めての状況すぎる。
彩が呆然としていると、恵梨はアハハと目に涙を浮かべるほど笑い出した。
彼女は彼女でとても楽しそうにしている。
「私はいいよ。お弁当のおかず交換」
と、自分の弁当をさしだした。
「全く、まさか弁当のおかずを交換することになるなんて思わなかったぞ」
中庭から教室までの帰り道での出来事だった。
紅葉は、少し不満そうな顔をしてみせた。
しかしながらその顔は、まるで楽しかったのを隠しているみたいに見える。
「えー、いいじゃん。楽しかったんだし」
咲良はニマッて顔をしていた。
「いいわけあるか!」
紅葉はそう言って変な方を向いてしまった。
「私、お弁当交換初めてだったけど、すごく楽しかった! ……またやりたいな」
彩は、少し遠くを眺めた。
「私は紅葉ちゃんがもっと怒るかと思ってたんですけどねー」
その瞬間、4人の空気に何かが走ったような感じがした。
一人、恵梨だけがニコニコ笑っている。
「あんなところで怒ったら、大人気ないだろう。やはり高校生らしく、友達の行動に寛容に対応しなければな!」
紅葉は胸の前で手を組んで、得意満面といった表情で反応した。
「ふーん」
恵梨は、少しだけニコニコを崩した。
彩達が仲良くし始めてから気がつけば一週間が経過した。
まだ三人は、彩にとって知らないことが多い存在であったのだ。
「ねえねえ、今日カラオケ行こうよ!」
咲良はバンと私の机に手を置き、目を輝かせる。
「か、カラオケ?」
彩は少し動揺してしまった。
カラオケなんてもう何年も行ってない。
しかも家族ではなく友達と行くだなんて……。
友達なんて今までいなかった彩にとって、それは心から望んたイベントなのかもしれない。
いや実際心から待ち望んでいたイベントなのだ。
「私思うんだ。彩ちゃん、歌上手いでしょ?」
咲良がニヤリと笑った瞬間、彩は嫌な汗をかいてしまった。
彼女の心臓はドクドク鳴っている。
「……いや、あのね、咲良」
「どうしたの、彩ちゃん」
咲良は首を傾げてみせた。
彩は自分がコミュ症であることを恨んだが、それはもうしょうがない。
彩は下を向いてボソボソと喋った。
「……実は私、すごい音痴なんだ」
「……そうなの?」
咲良はジトッていう目で彩を見つめる。
どうしよう、怪しまれてるかな……?
「うん、私が音痴だから、誰かとカラオケに行くこと自体が滅多にないの」
すると咲良はケラケラと笑った。
大丈夫、バレてないみたいだ……。
彩はそこで少し息を吐くことができた。
「大丈夫だよ! 私は彩ちゃんが音痴だったとしても構わない。大事なのは、誰と一緒にカラオケ行くかだからね」
「よし、今日はいっぱい歌いまくるぞ!」
「楽しみですねー」
で、そうすると紅葉と恵梨もついてくるよね。
彩は思わずため息を吐いてしまった。
「どうしたの? 彩ちゃん、あまり楽しみじゃない?」
「白坂、元気がない時は、歌を精一杯歌うんだ。スッキリするぞ!」
「ありがとう、咲良、紅葉」
紅葉はどうやら、咲良のペースに慣れてきたようだ。
もう充分楽しんでいるように見える。
私はどうだろう、今が楽しいのかな……。
ふと、恵梨から視線を感じた。
彩が彼女の方を向くと、ニコッと笑って見つめ返してきた。
期待していますからねー。
そんな言葉が恵梨から伝わってくるのを感じた。
気にし過ぎのような感じもしなくはない。
でもなんだろう、すごい怖いな。
三人にはあのことを言わないといけないのかな……?
彩は静かに胸に手を当てた。
カラオケに着いてから、私以外の3人が順番に一曲ずつ歌った。
一言で言って皆歌うのが上手い。
彩は友達とカラオケに来るのが初めてだからかもしれないが、それにしても他の3人の歌が上手く感じた。
「はい、じゃあ彩ちゃん」
「ありがとう、咲良」
3番目に歌っていた咲良から歌い終わったマイクをもらった。
彩は、マイクを一瞬強く握りしめた。
まもなく曲が流れ始める。
彩は、息を吐きやすいようにお腹に力を加えた。
変だな。
これはただのカラオケ。
だけど、誰かの前で歌うのは久しぶりだから、やっぱり緊張するんだろうな。
だけど曲の名前が表示されたときには、既に彩は自分の世界にいた。
「ーー!」
白坂彩、彼女の口が1音目を奏でだしたら、次の瞬間には空気が変わっていた。
まるで何かが爆発したみたいだ。
カラオケルームの小さな一室が、白坂彩の空間に呑み込まれていく。
「……ごい」
船橋紅葉は、口から言葉が上手く出てこなかった。
「白坂さんって面白いよね、もみじちゃん」
そんな中、恵梨はニコニコ笑って平然としている。
紅葉は恵梨の表情を見て少し混乱した。
ふと、恵梨は咲良の方を指さした。
「水神……?」
咲良は、目に涙を浮かべて呆然としていた。
しかし、それらの姿に彩は一切気付く様子はなく、全力で歌い続けている。
白坂彩、彼女の歌声は人の心を惹きつける美しさが備わっていた。
白坂彩が自分のことをカミングアウトしたのは、歌い終わってすぐのことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます