第三話
「……そうする」
明日香が一歩下がった代わりに、芽衣が一歩前へ出た。
「私は、日野芽衣。私も中学三年生だから、よろしく。ちなみに王子役志望」
そして芽衣は、それだけ言うとすぐに下がった。
「やっと私の出番が来たわね」
芽衣に代わって出てきたあやめは、腰に手を当てふふんと笑った。
「私はあなた達のプリンセス、月島あやめよ。好きな食べ物は甘いスイーツ。嫌いな食べ物は苦い野菜。よろしく頼みますわ」
「お前ら仲良く自己紹介か。随分と楽しそうだな。掃除は終わったのか?」
ドヤ顔を決めたあやめの背後には、いつの間にか鬼の笑いを浮かべてる人が立っていた。
あやめを除く三人の顔が青くなった。
それを見て振り返ったあやめもヒッという声をあげた。
「うーん、そうだな……。明日はこの部屋だけじゃなくて、廊下もやってもらおうかな?」
全員が無表情になり、掃除の速度を上げた。
「ふぅ、やっと終わった!」
千代がそう言って、額の汗を拭く仕草をした。
「あんたが自己紹介やろうなんて言わなければもっと早くに終わってたんじゃないの?」
あやめがジロリと千代の方を見た。
「いや、それは違うでしょ?」
明日香はあやめを軽く睨んだ。
「まあ、確かに。自己紹介をしようって、千代が言わなければ私とあやめはずっと喧嘩を続けていたと思う」
明日香も芽衣も千代に味方したのが不満なのか、あやめは癇癪を起こしてしまった。
「な、何よ! 私じゃなくて、あの子の肩を持つっていうの?」
「えっ? いや、そういうわけじゃないけど」
明日香はなんでもないように答えるが、あやめにはそれが逆効果だったようだ。
「なんでよ! 私はプリンセスよ! 皆もっと私に優しくしてよ!」
そのとき、四人はそれぞれ何を考えていたのだろうか?
その場には、三秒くらい沈黙が訪れた。
「プリンセスだから、優しくしないんじゃない?」
沈黙を打ち破った芽衣は、あやめを見つめた。
「……どういうこと?」
あやめは芽衣を睨み返す。
「あやめは多分、クラスの中で疎まれていると思う」
その場にはまた、三秒くらいの沈黙が訪れた。
あやめは、悲しみを我慢しているような顔をしていた。
「……そうだね」
あやめは、少しだけ笑った。
「……あやめちゃん」
千代が心配そうな表情をする。
「うるさい! 私だってあんたがあざといキャラクターで売ってることくらいわかってるのよ!」
あやめは、バッと千代の方を振り返り、彼女を睨んだ。
そして、あやめは再び唇を噛みながら笑ってみせた。
「そう、私はクラスでは誰にも見向きもされないのよ。こんな状況を変えたくて、本物のプリンセスになろうとした。それだけなの……に……」
あやめは、少しだけ目に涙を浮かべた。
爆発したきっかけは些細なものでも、彼女の中ではいろいろと溜まっていたものがあったのかもしれない。
「じゃあ、なればいい。本物のプリンセスに」
気がつけば、あやめの後ろには誰もが憧れる王子様が立っていた。
七星かずとは、自分に振り向いたあやめを軽く睨んでみせた。
女性だとは思えないほどのカッコよさを持ち合わせながら……。
「適当なこと言わないでよ」
あやめは下を向いた。
「お前は本物のプリンセスになって、嫌われ者から人気者になりたいのだろう?」
かずとの言葉はどこか優しさを含んでいる。
「……まあ、そうね」
かずとは少し笑って、それから真剣な表情になった。
「なら、努力をするんだ。私もおとぎ話の世界に憧れてそのために血の滲むような努力をしてきた。お前のそのエゴをただの妄想で終わらせるな」
あやめが繰り返すように口の中でつぶやく。
「私が血の滲むような努力を……」
あやめは、始めてニコって笑ってみせた。
「……私を誰だと思ってるの? 私はプリンセスよ。それくらい……人生をかけた努力くらい、できて当然でしょ?」
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