第三話

「くそっ……」

 護は、普段は誰も使わない、廊下の一番端に位置する階段に座り込んだ。

 彼の頭の中では、馬鹿みたいに黒くて熱い感情が渦巻いている。

「随分と諦めるのが早いな、護。まだ初日じゃないか」

 大地は護と一緒に座らなかった。

 護の目の前に立って彼を見下ろしている大地の゙目は、なんだか氷のように冷たい。

「……なあ、大地。俺はどうすれば良かった?」

 護はじっとりとした目つきで大地を見た。

「過去の話をするんだな?」

 ため息を吐く大地に対して、護はまた少し怒りが湧いてくる。

「そうだよ! 俺より後輩である隼人のほうが上手いって、そんな情けないことあっちゃたまらないだろ!?」

 大地は哀れみの目を友人に向けた。

 護は力なく自分の足下を眺める。

「……何だよ。お前まで俺をバカにするのか?」

 護はジトッとした目で、大地の顔を眺めた。

「お前、そんなものに拘ってたんだな……。まあでも、なんだか護らしいな」

大地の顔は無表情のままだ。

「何の話だ?」

 大地の言っていることが抽象的すぎて理解できなかった護は、舌打ちをしてから聞き返す。

 大地は再びため息を吐いた。

「他人がどうとか言ってるうちは、お前は永遠に隼人を超えられないと思うぞ」

「なっ……」

 護は大地の言葉を理解した。

 理解して、自分の中の炎が黒色から別の色に変わるのを感じた。

「護自身をよく見たほうがいいんじゃないか?」

 大地はそう言って後ろを振り返った。

「俺は先に戻る。上手くなりたいからな」

 残された護は呆然と友人が去るのを眺めていた。


 大地が戻ると、部室では隼人と奏介が合わせ練習をしていた。

「あっ、稲毛先輩。月島先輩は大丈夫だったんすか?」

 奏介が心配そうな表情で大地に訊ねる。

「ああ。あいつなら大丈夫だ」

 すると、奏介はホッとしたような表情をした。

 そして次に不満そうな顔をした。

「ちょっと聞いてくださいよ、稲毛先輩! 隼人、全然月島先輩の心配する素振りを見せなかったんすよ!」

 奏介に指さされた隼人は、首を少し傾げてみせた。

「そうなのか?」

 大地は隼人の顔をじっと見た。

 隼人は居心地悪そうに早口で答える。

「いや、だって心配する必要ないじゃないすか。あの人なら、多分戻ってくるっすよ」

「戻ってこなかったらどうすんだよ!?」

 奏介が怒りに任せて早口で叫んだ。

 どうやら、大地と護がいなかった間に少しいさかいでもあったのだろう。

「いや、そんときはそんときだろ」 

 隼人は、そう言って再びギターを弾き始めてしまった。

 大地は隼人の態度を見て一つ疑問に思っていた。

 隼人にもわかっていたのだろうかと。

 護の中では、心を熱く燃やす準備がずっとできていたことを……。

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