劇団カシオペア OPstory

 私の夢は、可愛いお姫様になることじゃなくて、カッコイイ王子様になることだ。

 カッコよくなって可愛い子にプロポーズしたい。

 それは、女の子らしくない夢かもしれない。

 そんな夢を私は今も見ている。

 だけど、私にそのチャンスは巡ってこないだろう。

 女の子でも王子様になれる国内唯一の大劇団、女性歌劇団大樹は昨年、劇団内部に蔓延るハラスメントの実態が浮かび上がり、資本元の鉄道会社ごと海外スポンサー企業の介入であっけなく消滅した。

 まあでも、もともと劇団の入団試験の倍率はありえないほど高い。

 コネも才能もない私が入れるわけないのだ。


 でも、いくらなんでも挑戦する前に消えるってどういうことなの!?

 私は心の中で叫び声をあげた。

 そんなとき、私に一筋の光が降り注いだ。

 

「女子生徒限定、この学園の王子様、お姫様になりませんか……?」

 学校の掲示板でこのチラシを見つけた時、私の胸は高鳴っていた。

 やっと、私にチャンスが来たんだ。

 絶対に掴んでやる。

 星宮明日香、今から歩き出します!

 王子様になることを夢見て、私はそれに早速申し込んだ。


〜〜〜


 明日香以外の三人も緊張している。

「四人、これで全員だな」

 彼女達四人の目の前にいる人は、イケメンで中性的な男性……ではなく、かつて男役の役者であった女性である。

 短く揃えられた綺麗な髪の彼女は、お辞儀をしてからニコっと笑った。

 美しいと誰もが思った。

「始めまして。私は七星かずとです。今年からこの学校にきました。普段は桜宮学園の大学で演劇論を専攻しています。よろしくお願いします」

 明日香も明日香以外の3人も、彼女に見惚れていて動けないでいる。

 無理もない。

 背筋が伸び、後ろ姿が綺麗で、一つ一つの動きも滑らか。

 更に、髪を短く切ってセットし、服装も少しフォーマル。

 カッコいいのだ。

 そこら辺にゴロゴロいるナルシストの男よりも、圧倒的にカッコいいのである。

 明日香も他の三人も、こんなにもカッコいい人を実際に見たことない。

 どんなイケメンの男性よりも、どんなに可愛い女性よりも美しいのである。

「私は、あなた達4人を立派なシンガーパフォーマーに鍛えるために来ました。実際に目指すのは大変だけど、ついてこられますか?」

 明日香は、息を呑んだ。

 この人みたいになること、それが明日香の目標だった。

でも……。

 一瞬だけ起きた明日香の迷いが、判断の遅れに繋がる。

「返事が遅いですね。イエスもノーも言えないのなら、帰っていいですよ」

 そうだ、チャンスを逃すな。

 本物のジェントルマンは、これを掴むことができる。

 明日香は心から、自分も王子になりたいと願った。

『はい!』

 だから、次はちゃんと返事をした。


「あの先生ひどくない!? 返事が揃うまでやり直しさせるなんて、喉が枯れるかと思った!」

 頬を膨らませながら、先生に対して不満をたらしているのは、月島あやめ。

 甘やかされて育ったのか、なんだかお嬢様感がする人だ。

「私達はチームだから、最低限の統率を図る必要がある。多分、先生はそのためにやった」

 日野芽衣は、冷静でおとなしそうな人に見えた。

 しかしながらその目の奥には、炎の影が見え隠れしている。

「はわわわわ……。どうしよう、早速喧嘩しそうになってるよー」

 天野千代は、なんというか可愛い感じの人だ。

 そして、鈍臭そうな雰囲気を醸し出している。

 わざとらしいな。

 明日香は誰にも見られないように、心のなかで小さくため息を吐いた。

 これから、この人たちとチームを組むのか……。

 明日香の気持ちは徐々に重くなっていく。

 早く着替えてこの場を去ることにした。


「あんた、さっきからずっと黙って私達の方をチラチラ見ているけど、何なの!?」

 あやめは、突然明日香を指さした。

 明日香から見て、あやめの目はどこか幼いように見えた。

 明日香は少し黙ったあと、軽く鼻で笑った。

「失礼だな。これから一緒なチームになる人達がどんな感じの人たちなのか、観察していただけじゃないか」

 明日香は、彼女達を小馬鹿にするような態度をとった。

 だって、この四人の中では自分が一番美しいと、明日香は本気で思っていたのだから。

「ねえ、その態度はやめたほうがいいんじゃない?」

 芽衣は、蚊の鳴くような小さな声で反撃しようとする。

 そんなふうにしか喋れないやつに、何を言っても無駄だと感じた。

 ただ一つ、芽衣の目はどこか座っていて安定感が強いと思った。

早々と着替えて荷物をまとめ終わった明日香は、そそくさと出口に向かった。

「ちょっと、話はまだ終わっていないんだけど!」

明日香は、あやめの目を見た。

「悪いけど、私はあんた達とは違うから」

そう言って、更衣室の外に出て扉を閉めた。

 その向こう側からは、あやめがめちゃくちゃ怒鳴り散らしている声が聞こえた。

 その声が聞こえなくなるところまで歩き、そこで廊下から差し込む夕陽を浴びたとき、明日香は少し気分が楽になった。


「あ、あの! お疲れ様でした」

 次に部屋を出た千代は更衣室のドアを閉め、誰もいないところまで進んでニコって笑った。

「なんだか、とっても楽しかったな」

 そう言って、下手くそなスキップをしながらその場を離れた。

「星宮明日香……あの子が一番おもしろそう!」

 そんなことをつぶやきながら。

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