スマイルシアターキングダム OPstory
妹の咲良は、産まれたときから病弱で、数ヶ月ごとに、入退院を繰り返していた。
咲良は入院する度に、いつも寂しそうな顔をしていたのを、俺は覚えている。
そして、咲良のお見舞いの度に訪れる病院の子供達も……。
あんな顔を見たくなんてない、大事な妹を元気にしてあげたい……でも、俺の力ではどうすることもできなかった。
そんな俺にある日、目標ができた。
いつもの病院に咲良のお見舞いで来たとき、そこに一人のお笑い芸人が訪れていたのだ。
なんでも病院の一室で子供たちを笑顔にしてくれるということで、咲良と一緒について行ってみた。
その先では、例のお笑い芸人がいつも寂しそうな顔をしている子供達を笑顔にしていた。
彼の、お笑い芸人としての元気がでる魔法で。
そして、その場にいた皆が笑顔だったんだ。
何よりも、咲良が笑っていたんだ。
だから、俺、水神夏生はあの人みたいになりたいと努力を始めることにした。
あの日のことは、今でも覚えている。
〜〜〜
「ここがかの有名な笑顔劇場か! わくわくするな!」
水神夏生は、自分の目の前にそびえ立つ小さな劇場を意気揚々と見上げた。
笑顔劇場と呼ばれたその施設は、築何十年も経つようなボロ臭い建物の中に位置しており、お世辞にも綺麗な場所とは言えなかった。
しかしながら、そんなくたびれた建物とは反対に夏生の中では今、希望と力が満ち溢れていた。
「……ごほん。では早速」
劇場の従業員口の扉を開けた夏生は、息を大きく吸い込む。
従業員口の先は小さめの事務室となっており、長年の書類が溜まっているのか部屋の中が雑然としていた。
「たのもー!」
そして彼の声はどうやら誰もいない空間で反響しただけのようだった。
………。
いやちょっと待て。
「……なんでだ? 集合場所を間違えたのか? どうして誰もいないんだ!?」
予定では、入った時にアットホームな劇団員達のお出迎えがあるはずなのだが……。
夏生は周りを見渡しながら焦った。
違うところに入ってしまったとしたら人としてまずいぞ。
不法侵入で捕まる前に、今すぐに出ていかなければ……。
夏生は出口の方を向こうとしたときだった。
……そういえば。
なぜだろう、今どこからか熱い視線を感じている気がするのだが……。
不審に思い周りを見渡すと物陰から夏生の方を凝視している奴がいた。
夏生は怯むことなく、物陰に隠れている奴に話しかける。
「あのー、ここは笑顔劇場であってるか?」
「ひっ……」
物陰に隠れて夏生の方を凝視していたやつは、女の子のようであった。
しかし何故だろうか?
彼女は夏生に気付かれた瞬間に物陰へとさっと隠れてしまったのだが、夏生は彼女に何かしたわけでもなんでもない。
いやいやいや、まあ無理もないぞ。
夏生は自分のことを凛々しい顔のイケメンだと思っている。
初対面の女子が夏生を怖がるのも、意味がわからないわけでもない。
夏生はそう思うことで、無理やり自己完結させた。
「あ、あの?」
物陰に隠れていた女子が再び現れた。
「お前、そんなにおびえながら隠れて、どうしたんだ?」
首を傾げる夏生に対して、一歩だけ近づいてきた彼女の目は泳いでいる。
「あ、えっと……」
彼女は咳払いをした。
そして大きく息を吸い込んだあと、目をかっ開き、手を大きく広げ、謎の挙動を始めた。
「ようこそ、みんなハッピー笑顔劇場へ! みんなで一緒にー、ウルトラスマイル!」
えっ……。
夏生は突然の出来事に何も考えることができず、ただ立ち尽くす他なかった。
「う、ウルトラスマイル!」
や、やばいぞ。
こいつ、二回目も始めやがった。
「あ、あの……」
夏生は彼女は必死に止めようといろいろ考えたが、残念ながら焦った彼の頭ではとっさに何も思いつくことができなかった。
「う、う、ウルトラスマイル……ぐすん」
……まずいな、こいつ泣き出したぞ。
だからちょっと待てって。
夏生は自分が女を泣かせているみたいな状況だと思った。
こんなところを誰かに見られたら変な勘違いをされるかもしれない。
今すぐこの状況を脱出しなければ。
「よっしゃ……はァァァ」
よし、泣き止んでこっちを注目してくれた。
どうやら夏生の決死の覚悟は、彼女に伝わったようだ。
そのまま勢いにのって、さっき彼女が夏生に見せてくれたポーズの真似を始める。
幸い俺は運動神経が高いほうだ。
この程度のポーズなぞ、軽く決めてやる。
「ウルトラスマイル!」
こうして、夏生は格好良くポーズを決めたはずだった。
しかし、実際には彼は少し後悔することになった。
何故か。
夏生は、さっき彼が入ってきた扉から誰かが入ってきたことに全く気が付かなかったからだ。
そして、そいつは夏生に軽蔑の目線を送っている。
まるでヘビに睨まれたカエルになったみたいだ。
そして、ヘビみたいなやつは彼の方を向いて一言。
「ダサっ」
ガーンという何か大きな物体が床に衝突したような音が、夏生の脳内で響いていた。
「磯子明音。今日からここの劇団員」
明音はとてもボソッとした声だ。
夏生は、こんな小さな声で演劇なんてできるのか疑問に思う。
「私は鶴川ちとせ。よ、よ、よろしく……ね?」
ちとせという少女は、頑張って笑顔を作ろうとして変な感じになっていた。
「俺は、水神夏生だ! ちとせと明音か、よろしくな!」
「そ、そういえば、あともう一人来るはずなんだけど……」
ちとせが慌てたように周りをキョロキョロと見渡した。
次の瞬間、入口の扉が開く音がする。
「フッ、君達がお呼びなのはこのボクかな?」
そこに立っていたのは、
「だ、誰だお前」
なんだかナルシストっぽい髪型の男だった。
「ボクかい? ボクは、羽鳥千寿。よろしく頼むよ」
夏生はあからさまに嫌そうな表情を作った。
「うわっ、なんか面倒臭そうなのが入ってきた」
そしてそんなことを言うとらナルシストっぽい男は俺に噛みつき返した。
「誰が面倒くさそうだって?」
「お前だよ、金ピカレモン野郎!」
「何だと、ボサボサブルーベリー頭!」
夏生は一番最後にやってきた奴を少しからかってやろうと思っただけなのに、なんだか一瞬で仲違いに発展してしまった。
というかこいつ、口調崩すんだな。
「ちょっと、うるさいから黙ってくれない?」
明音が軽蔑の目線を夏生と千寿に向けた。
「はっ、すまない。レディが二人もいたんだね」
千寿は、再び体勢を立て直した。
「キモッ」
しかしながら明音の一言がボクシングのアッパーのように千寿に一撃を与える。
「プハッ、キモがられてやんの」
それをすかさず夏生が笑う。
「あのっ……」
「んだと、ゴラ?」
「やんのか、アァ?」
夏生と千寿は出会って一分で早速ヒートアップしそうになっている。
その横でちとせがオロオロしていた。
「あのっ……」
「ちょっと、いい加減にしてくれない?」
明音の後ろからは、怒りの気配がする。
しかしそれでも、夏生と千寿は止まれない。
「あのっ! ちょうどいい時間だし、みんなでお昼ご飯食べよっ!?」
そんなとき、ちとせの勇気あふれるその言葉で全員我に返ってきた。
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