走れ!サニーデイズ OPstory

 私、姫宮弥生は、常にそこら辺を笑顔で走り回っているそれはもう元気な子供だった。

 元気過ぎて、毎日外を走り回り泥や汗まみれになることが日常茶飯事だったのを、今でも少し覚えている。

 そんな超絶お転婆娘な私に、一つの出会いがあった。

 ある日、近所の大きなショッピングモールでアイドルのコンサートイベントが開催されていた。

 お母さんに連れられてそのイベントを覗いてみた。

 私の中に衝撃が走った。

 ステージ上のアイドルはキラッキラに輝いていて、お客さん達はみんな笑顔だった。

 その日から、私はアイドルという存在に憧れを持つようになった。

 でも、私は憧れるだけだ。

 別に努力なんてしようとは、思わなかった。

 ……いや、思わないようにしていただけかもしれない。



 私があの時憧れたアイドルは、今は業界トップクラスの人気を誇っている。

 私は、あんな風になれるはずないのに……。

 

 アイドルになりたい私がいた。


〜〜〜


「よーし、とっととこの教室の掃除を終わらせるぞー!」

「姫宮さんは、元気だね」

 中学三年生の姫宮弥生は、私立桜宮学園裏方隊第8班のメンバーである。

 弥生は今、同じ裏方隊のメンバーである永田蛍介と現在はあまり使われていない古い教室の定期清掃をしている。

 裏方隊第八班には、他に男性の先輩と女性の先輩が一人ずつ在籍している。

 しかしながら二人とも裏方隊の担当の先生に呼び出されていて、今日の定期清掃への参加は叶わなかった。

 ということなので、そのしわ寄せが中三の二人に寄せられているのだ。

「ねえ」

蛍は、いつもの弱々しそうな声で弥生に話しかけた。

「どうしたの? 永田君」

弥生は、掃除の手を止めなかった。

「姫宮さんは、なんでいつも元気なの?」

蛍の声はとても静か……というより、なんだか自信がなさそうなのである。

弥生が知らないところでは元気なのかもしれないが、もしそうだとしても、そんな片鱗を微塵も感じることができない。

「だって元気でいるほうが、前向きで力が湧くじゃん!」

弥生は、自分の口調に力を込めた。

少しでも蛍に元気が芽生えることを願って。

「へえ……、す、すごいね」

 しかしながらその願いは蛍には届かなかったようだ。

 蛍はいつも下を向いているしメガネをかけているし、髪も長い。

 根暗な印象が強くて、教室では逆に目立っているのだ。

「永田君、もっと元気になろう!」

弥生は、蛍の目を見た。

「えっ?」

蛍は少し驚いているのか、間抜けな顔をしていた。

「元気でいるほうが毎日楽しいよ!」

蛍は一度前を向いて弥生の方をみたあと、もう一度下を向いてしまった。

「いや、僕には無理だよ……。そんな力ないし」

「そんなこと言わずに!」

弥生はなおも蛍を元気づけようとする。

「それよりも、早く掃除しようよ……」

 弥生はその言葉で、はっと我に返った。

 早く掃除をしなければ、桜宮学園裏方隊として失格になってしまうと思ったからだ。


 掃除も終盤に差し掛かったころ、教室の扉が開く音が聞こえた。

「姫宮、永田、ちゃんと掃除をやっているか?」

 先輩の木崎つばめと青葉遥斗だ。

「木崎先輩、問題なく掃除を行っております!」

「おおそうか、偉いぞ!」

 弥生が掃除道具を置いて軽く敬礼すると、つばめもニカッと笑って敬礼を返してくれた。

「おい、お前ら、浮かれてんじゃねぇ。仕事だ」

 遥斗は教室に入ったときから不機嫌そうに見えたが、どうやらそれは間違いではなかったらしい。

 遥斗は大抵のことを面倒くさがるが、今回はいつにもましてイラついている感じがした。

 これは、何か大きなことがあるのかもしれない。

 弥生がそう思った次の瞬間に、遥斗は弥生と蛍に押し付けるように一枚ずつ紙を渡した。

 

「桜宮学園アイドル計画……」


 弥生は、その文字を読んだ瞬間、自分のセカイが色を持ち始めるのを感じた。

「ぼ、僕たちが、アイドルになるってこと……? どういうことですか?」

 蛍は一見冷静そうに装っているが、実際今の彼の頭の中は大きく混乱していた。

 だがそれ以上に、弥生は自分がアイドルになるという未来が見えたように感じて、心が躍るような心地だった。

「まあ、紙に書いてあることを要約するとそうなるな」

 遥斗は、小さく舌打ちをしてそう言うと、どっか別の方向を向いてしまった。

 

「ふざけた計画だよな。生徒を学校の客寄せパンダに使うだなんて」

 つばめは深くため息を吐いてから、持っている紙を鋭く睨みつけた。

「ひ、姫宮さん。大丈夫、ニヤニヤしていてなんだか怖いよ……」

 弥生は蛍の言葉で我に返ってきた。

 そして、自分の顔が恥ずかしいくらいニヤけていたことに気がついて、下を向いてしまった。

「あ、えっと……ごめんね、永田君。私、怖い顔してた?」

「う、ひぃー」

 よほど弥生は気持ち悪い顔をしてしまったのだろう。

 なんだか蛍にとても怖がられている。

 そんなところで、つばめがパンと手をたたいた。

「とりあえず、来週の今日までに班員全員の意見をそろえて、この計画に参加するかしないか決めろとのことだ。新学期が始まったばっかで忙しいかもしれないが、なんとか考えてきてくれ」

 来週の今日……弥生達の運命が決まる日だ。

 四人全員がそれぞれ違ったことを考えていた。

「おい、さっさと掃除を終わらせろ、雑魚ども。俺は早く帰りたいんだ」

 遥斗は再び舌打ちをした。

 今度のは、少し大きな音がした。


 帰り道、弥生は自分自身と話をしていた。

 自分がアイドルになる可能性を全く信じていなかった彼女にとって、今日あったことはおとぎ話のようなものだった。

 失敗して何もできないまま終わるかもしれない。

 自分の憧れるあのアイドルみたいには、きっとなれないだろうと彼女は思っていた。

 でも、もし成功したら……。

 そんな小さな炎が、姫宮弥生の中に生まれていた。

 ……神様。

 今からでも、努力したら間に合いますか?

 学校帰り、急行電車の窓から見える夕陽が寂しそうに輝いていた。

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