第115話 酒樽を担ぐ男

 おっ、ワイズベルに動きがあった。

 王都の外。

 分身ナンバー1の映像には1000人近くの軍勢が映っている。


「我々はこの国を脅かすドラゴンを退治するために、ウラント山に出発する。ドラゴンを退治して、英雄になって凱旋しよう!」

「おう!」


 ワイズベルの呼びかけに軍勢が応えた。

 ワイズベル達はドラゴンを倒さんとウラント山に向かって出発した。


 1000人は凄いけど、ドラゴンを殺すのは無理だろう。

 おそらくレッサードラゴンもやっとだと思われる。


 途中出てくるゴブリンやオークとか蹴散らして軍勢は進む。


「この日のために、コンピュータ搭載の攻撃魔道具を量産したんだ。数は力、負けるはずはない」


 おお、ワイズベルは気合い入っているな。

 ピストル何万丁あっても戦車には敵わないだろう。

 馬鹿な奴らだ。


「魔法学園の生徒の大半が亡くなると、少し困ったことが起きそうですわね」


 邸宅で分身の映像を一緒に見てるカリーナがそう言った。


「貴族からの寄付金とか減りそうだな。サマンサ先生とか研究費を削られて愚痴が出そうだ。まあ俺が支援してもいいけど、他の先生もいるからな。全員は支援できない」

「ですわね。毎年、頼られても困ります」

「前例を作ると、ろくなことにならなそうだ。生徒の死人を少なくしないとな。マフィアは別に構わないが、死人を少なくという方向でいこう」


 ペロが俺の足にぶつかって、止まる。

 クンクンしてから、舌を出して舐めた。

 うん我ながら犬みたいな動きを再現出来ている。


 さて、ワイズベルをどうするかな。

 俺が止めると俺との戦いになりそうだ。

 言って聞く奴らじゃないからな。

 もう、ドラゴンを倒した気でいる。


 まあ、冒険者ランクがCランク程度の生徒が、オークとタイマンして、無傷で勝てると強くなったように勘違いするよな。

 試験では一人が20発を撃ちまくって、オークを倒していた。


 オークなら倒せるさ。

 オーガも100発ぐらい撃てば倒せるかも知れない。

 だが、ドラゴンは無理だ。

 それができるなら勇者選抜試験で誰かがその戦法を取っていた。


「ドラゴンが激怒したら宥めるのが大変だな」

「何か美味しい物を用意したらいかがです」

「生餌しか食べないと本にはあるが、酒とかかな」

「ドラゴンに酒とは聞いたことがないですわね」


 日本神話だとか伝説だと、竜とか大蛇は酒に目がない。

 酒樽をウラント山に運ぼう。

 こんなので怒りが収まったら良いのだが。


 大きな酒樽を担ぐ分身ナンバー1の絵面はシュールだ。

 筋肉とか魔力結晶にはないから、腰を落として担いだりしない。

 まるで小さな子供を肩に乗せているみたいに、楽々と歩いている。

 途中会った馬車が停まり、御者が声を掛けて来た。


「凄いな。空だとしても、ちっとも重そうじゃない」

「空じゃないさ」

「嘘だ。賭けるか。空だという方に銀貨1枚掛ける」

「おう、乗った」


 分身が樽を地面に置くと、馬車から降り立った御者が樽に手を掛けた。


「うっ、重い。傾ける事すらできない。降参だ。中身は何かな」

「酒だ」

「担いで運ぶのに何か意味が?」

「いいや、意味はないが、なんとなくな」

「凄いな。魔法でも使っているのか。重力軽減の魔道具は聞いたことがある。その類か」

「まあそんなところだ」


 説明したら、分身が人間でないことがばれる。

 それはよろしくないので、話を合わせた。


 馬車が去って行く。


「分身さんが可哀想な感じですわね」

「分身は人間でもない。まして生き物でもないから」


「あまり酷使いたしますと、魂が宿って復讐されたりするかもですわ」

「カリーナはロマンティストだな。そうなったら、念願インテリジェンスアイテムができあがったと、喜んで人間扱いしてやるさ」


 思念の正体は電気信号だと今のところそうなっている。

 魂なんて物があるのなら、それはそれで大発見だ。

 呪いも結局は魔力回路だったしな。


 魔力コンピュータが人間並みになるのはあと30年は掛かるに違いない。

 それでもコンピュータとかAIは人間じゃない。


「神話では意思を持ったアイテムがありますけど、どうなんでしょう」

「コンピュータの延長上ならできる。昔、超魔法文明とかあればそう言うのが作られていたかも知れない。でも遺物としてもそういうのは発見されてない」

「魔石が崩れるのは何年でしたでしょうか?」

「保存状態によるけど、100年ぐらいだな」


「魔石を材料に使っていると、もう塵になっていますわね」

「うん、時間停止の空間とかに入れて置かない限りはね。でも亜空間を制御する魔道具は通常空間にあるから、100年が限度かな」

 保存魔法ってないんだよな。


「あら、ワイズベル達の最後尾が見えて来ましたわ」

「これ以上接近すると感づかれるな。樽に隠蔽魔術が使えないのはめんどくさいな」


 無理すれば樽に隠蔽魔術を掛けられるけど、樽自体は魔力を持ってないからね。

 人間が持っていれば装備品扱いで、魔法に掛けるのは簡単だ。

 分身だとそこんところが大変だ。

 無理にやればできるけどもね。


 とにかく分身ナンバー1は樽を担いで、最後尾に付いていく。

 シュールだ。


 ワイズベルも俺の分身が酒樽を担いで、後ろから来ているとは思わないだろう。

 見つかったら、重力軽減魔法は凄いだろというつもりだ。

 酒はワイズベル達がドラゴンに負けたら、祝杯を挙げるつもりだとでも言っておくさ。

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