第98話 一日教官

 最近、勇者のスェインの噂を聞かないし、名誉勇者(俺へ)の出動要請もない。

 これは勇者案件がなくなったのを意味するらしい。

 ドラゴンクラスの脅威がポコポコあったら、修羅の国すぎる。


 平和になったということなんだろうな、

 スェインは活動を辞めたわけではない。

 だが、ゴブリン退治なんかしているから目立たないだけだ。


 名誉勇者としてモンスター討伐以外の何かをするべきかな。

 名声が欲しいわけじゃない。

 スェインが勿体ないから、俺が道を示してやろうというわけだ。


 盗賊退治なんかどうだろう。

 スェインは嫌がるかな。


 ファントムはともかくスェインに人殺しの異名が付くのは上手くないか。

 後進を育てるとかどうかな。

 これなら、生意気な奴をぶちのめしたり、ファンを感心させたり、無関心な人を感化できる。


 王様の所に行って近衛騎士団を鍛え直すことにした。

 近衛騎士団の団長はファントムの明確な敵。

 たぶんスェインにとっても敵だろう。


 だからぶちのめす。

 そして、近衛騎士団にシンパを作るのだ。


「一日教官となったファントムだ」

「おい、お前ら、名誉勇者様に身の程を教えてやれ」


 騎士団長はそんなことを言い始めた。

 敵意を隠すつもりもなにもないらしい。


「挨拶はこれぐらいにして、掛かって来い」

「ほら、名誉勇者様もこう言っている。さっさと対戦を申し込まんか」


「では自分が」

「いえ私が」

「いいや俺が名誉勇者に勝ってその称号をもらい受ける」


「そうだな。俺に勝てたら、名誉勇者の称号を譲る」

「俺が」

「私が」

「一番最初は俺だ」


「めんどくさいな。全員掛かってこい。剣でも魔法でも何でも良いぞ」


「名誉勇者様もこうおっしゃられている。さっさと掛からんか」

「おう」


 一同が騎士団長に応えて剣を抜いた。

 俺はフライングソード10本を宙に浮かべた。


 近衛騎士達は魔法を放ち剣を打ち込んできた。

 魔法はフライングソードに吸収させた。

 剣もフライングソードが弾く。

 そして隙を見てフライングソードが打ち込まれる。


「ぐわっ」

「名誉勇者は伊達じゃないってことか」

「くそっ、10刀流なんて反則だ」


「ええい、お前ら、気合を入れろ。近衛騎士の底力を見せるのだ」


 30分も遊ぶと近衛騎士は疲労困憊で立っている者はいなかった。

 良く持ったほうか。

 ボクシングだと10ラウンド分だからな。

 しかも鎧を着けた状態だ。


 でもこの世界、身体強化魔法などがある。

 それを考えたら落第かもな。


「ええい、だらしない」

「騎士団長は掛かってこないのですか」


 このぐらいの嫌味は良いだろう。


「くっ。ごほごぼっ、今日は体調が悪い」

「ですよね。騎士団長ともあろう方が、臆病風に吹かれたりしませんよね」

「くっ……」


 ぼそぼそと何か言う騎士団長。


「あれっ、おかしいな。耳が悪くなったのかな。騎士団長の言葉が聞こえないぞ」

「くっ!」


 決闘とか申し込んでくれたら、楽なのにな。

 殺してもっとまともな人を後釜に据えられる。


「じゃあ、10分休憩したら、走るぞ。スェインはな、寝てても敵を攻撃してたぞ。お前達もその10分の1ぐらいにはならないとな」


「鬼」

「悪魔だ」


「今言った奴、剣を両手で掲げて走れ。万歳の格好だぞ」


 俺は飛ぶ座席に乗って後ろからついて行く。

 遅れた奴が出るとフライングソードで尻をバシっと叩いた。

 叩かれた奴は殺気のこもった目で俺を見る。

 良い面構えだ。


 殺気が王都を10周するまで持つと良いな。

 最初は愚痴を言ってた奴らも、走るうちに無口になった。


「お前ら、最後の砦という自覚はあるのか。そんなのだから、プライドは近衛騎士、実力は辺境騎士なんて言われるんだぞ」


 言い返す力もないらしい。

 睨む気力すらないようだ。


「この調子だと一日教官じゃなくて、一ヶ月教官をしないと駄目だな。王へ進言しておこう」


 そして、訓練が終わり。

 俺は冷えたエールと料理を奢ってやった。

 汗をかいて飲む冷えた酒は美味いだろう。


「お前ら、酒の美味さを忘れるな」

「どういう意味ですか」

「苦しさの後には褒美があるものだ。訓練は苦しいが怠るな。そうすれば、今日みたいに美味い酒が毎日飲める」


 それらしいことを言ってみた。

 心なしか、団員の俺を睨む目が、尊敬のまなざしになってきている気がする。


「こんな安酒がなんだ」

「おやおや、この美味い酒が味わえないとは騎士団長は可哀想ですね。みんな美味そうに飲んでいるのに」

「ぐぬぬ」


 近衛騎士に足りてないのは実戦だな。

 辺境騎士なら1時間の戦闘にも耐えるだろう。

 モンスタースタンピードの時なんか1時間を超えるのはざらだからな。

 まあ、手の抜き方も知っているだろうけどな。


 俺が近衛騎士を鍛えたという話がスェインに伝わったのか、二週間後、スェインが辺境騎士に稽古をつけたという話が伝わってきた。


 今度、近衛騎士と辺境騎士を戦わせてみたいな。

 そうすれば切磋琢磨して良い結果になると思う。

 かなりビシバシ鍛えたという感触がある。

 きっと辺境騎士にも負けないさ。


 この二週間で事態は動き始めた。

 なんの事態かと言えばマフィア関連だ。

 いよいよ戦闘が始まるらしい。

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