第16話 感情の偽装

「ということがあってさ」


 翌日の放課後、人が少ない時間を見計らって、俺は綾垣と一緒に下校していた。ランチも人気のないところで済ませ、噂が立たないようにしている。ぼっち飯スポットを探しておいたのが功を奏した。ここでもぼっちスキルが役立ってしまったな。


「雨海くん、ペット扱いというより、かなり依存されていたのね」


「そんな歪な関係だとは思ってなかったんだが、そういうことなんだろうな」


 俺は思わず目を逸らし、そう返す。


 あんなことがあった後だというのに、メンタルは通常運転だ。気が重くて食欲減退とかするのかと思ったが、今は不思議と解放感に満ち溢れている。


 俺も、水曜会のメンバーだというステータスに縛られていたのだろうか? 四大美少女たちとの秘密の関係を、アクセサリーとしか思っていなかったのだろうか?


 今となっては、自分の本心すらも分からない。


「歪でもいいんじゃない?」


 綾垣はそんなことを言ってきた。


「なんか、前と言ってることが逆だぞ」


「確かに四大美少女様々に飼われているのは事実なんだろうけど、雨海くんがそれで良いならいいとは思うよ? 他人の性癖や趣味趣向に口を出すつもりはないし」


「いや、そんな趣味はないが、なんだかんだ居心地はよかったのは事実なんだ。ただそれって、カーストトップの美少女とお茶できて優越感に浸っていただけというか、実力を隠してるぼっちみたいでカッコいいと思っていただけなのかもしれないなって……」


「別にそれでもいいじゃん?」


「え?」 


 意外な答えだな。


「互いに依存し、利用し合う関係の何が悪いの? むしろ、熱い友情や固い絆なんていうフワッとした概念で繋がっている方が不自然だよ。水曜会は陰キャ育成計画の実験場かもしれないけど、育成してもらえるならお得だという考え方もある」


「た、確かに……」


「まぁそこら辺は自分で見極めなよ。友達である私か、あるいは飼い主である四大美少女か、どっちかを選ばないといけないわけでもないし」


 綾垣は立ち止まり、遠くを見据えた。


「雨海くんは極端なんだよ。ぼっちにまで身を落とさなくても十分やっていけたはず。今の態度には、傷つくことへの怖さが滲み出てるよ?」


「俺が、怖がっていると?」


「そう。関係が壊れたり、関係を切られるのが怖いだけ。好きな人に告白して断られるのが怖いってのと同レベルだよ」


「いや、というより俺は煩わしい関係から逃れたいだけで……」


「じゃあ私との関係は煩わしくないの?」


「そんなことはないが……」


 確かに。綾垣と共に時間を過ごせるのは楽しい。俺は自分の本心を見誤っていたということなのか? 


 今までは厄介事に巻き込まれたくなくてぼっちを気取っていたが、なんだか最近は自ら厄介事に突っ込んでいる気もするし。


「自分の感情を偽装するのも、どうかと思うよ?」


「そうだな。今一度、身の振り方を考えてみるよ」


 俺がそう宣言すると、綾垣は可笑しそうに笑った。


「身の振り方って、大企業の重役じゃないんだから! 重く考えすぎでしょ」


 そうなのか。長らくぼっちを続けてきたせいで、そういう感覚も分からなくなってきたな。

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