第5話 大学潜入

 週末。土曜の朝っぱらから、大学の講義に潜るからついて来い、と玲奈からメッセージが飛んできた。


「全く。週末くらい一人の時間を満喫させてくれ」


 待ち合わせ場所に到着するなり、俺はそうこぼしてしまった。


「いや、真一は普段から一人の時間を謳歌してるでしょ。何言ってんだか。さっさと行くよ。2限に間に合わなくなっちゃう」


 玲奈に急かされ、俺たちは大学生の人混みに紛れて教室に潜り込んだ。一応付属校の大学とはいえ、高校生が許可なく講義に立ち入ることはできない。バレたら色々とマズいのだが、講師がおじいさん先生なおかげで、どうにか今までのところ潜り込めている。


「倫理学特殊Ⅲだなんて、かなりマイナーな授業に潜ってるよな」


「私が神学に興味を持つのがそんなにおかしい?」


 授業の内容は、かの偉大な中世の神学者、トマス・アクィナスの思想について学ぶというものだ。


「いや、そうは言わないが、これだけ学部生が少ないと身を隠すのもキツいぞ」


「じゃあ喋らなければいいでしょ。ほら、黙って先生を待つ!」


 玲奈に諭され、仕方なく俺は時計を見つめる。10分、20分と経ったが、一向に講師は来ない。電車でも遅延したか? いや、俺たちが時間通り来れている時点で、それはないのだが。


 周囲の学生は「じゃあ休講ってことだな!」とか言って帰り出している。


 そんななか、玲奈だけが目を輝かせて先生を待っている。


 派手な見た目からは想像もつかないが、玲奈は生粋の哲学オタク。あらゆる偉人の思想に目がない。その証左に、哲学者と呼べるか微妙なトマス・アクィナスの思想にまで手を出している。


 結局、お爺ちゃん先生は45分遅刻してやって来た。


 しかしこうも大幅に遅れると、残る生徒は厳選された精鋭たちということになる。熱心に先生の到着を待つ物好きなんだからな。ここでグループディスカッションでも開催されたら俺だけついていけないぞ?


「なぁ、俺だけ帰っても……」


「いやいや、捕まるときは一緒って約束したじゃん!」


「そうじゃなくて。なんか猛者ばかり残ってるかんじで怖いんですけど」


「それがいいんじゃん!」


「えぇ……」


 などとビクビクしていたが、普通に『神学大全』の一節について対訳を読み上げ、先生が解説するだけで終わった。


「いやぁ、今日も実に興味深い内容だったよ。神は現在、過去、未来を同時に見渡すことができるという記述を、永遠という新たな時間軸を持つ存在として解釈しているのが……」


 玲奈は何やら熱く語りだしたが、俺にはなんのことだかさっぱり分からない。


 聡明な水曜会のメンツと違って、俺は成績も中の下。理解力が乏しいので、大学のマニアックな授業など分かるはずもない。


 あぁ。せっかく玲奈みたいな美少女と秘密を共有できてるのに、肝心の中身が分からないなんて、情けないな、俺。


「聞いてるの? 真一?」


「いや、俺には難しくて」


「じゃあ入門書からだね。次は大学図書館に行くよ! あそこなら高等部生も入れるし」


 マジか。俺、休日は勉強から離れたいんだけどな。


 かといって、他にすることもないのは確かなので、俺は仕方なく大量の書籍を持たされ、自習するように命じられた。


 やはり、四大美少女の知り合いやるって、大変だな。

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