第4話 自分にできること
俺も学年の様子をそれなりに気にしつつ過ごし、次週の水曜を迎えた。結局のところ、ぼっちには詳しいことは分からなかった。
「今日は瑠香ちゃん来れないってー」
スマホを弄りながら、最初に玲奈が告げる。渦中の人は不在か。
「色々と忙しいんですかね。実は、瑠香先輩が告白を断ったのを契機に、いじめの予兆が……」
あゆみが説明すると、千波も玲奈も、呆れたように頷いた。
「ま、男子のやりそうなことだよね。私らにできることはないかな」
玲奈は興味なさげだ。
「できる、できないではなく、何もする必要がないわね。片やストレス発散に他人を使う。片やいじめにすら自力で対処できない。どっちも人生ナメすぎよ」
千波からはそんなド正論が飛び出した。
「なにか陰湿な行いがあれば『女子って怖い』とか言うくせに、自分たちもこの有り様とはね。どの口が言えたことかしら。陰湿で怖いのは、人間の特徴そのものよ。そういう闇の側面を受け入れない限り、いつまで経ってもお子ちゃまよ」
「ま、まぁ確かにそうなんですけど……」
「それともあゆみは、自分ならそのいじめを未然に防げるとでも?」
「そこまで思い上がってはいませんよ。ただ、雨海先輩が巻き込まれないか不安なだけです」
「それはないでしょ。真一は大丈夫。真一検定準一級の私が保証するよ」
玲奈に謎の検定試験を捏造されてしまった。てか、準一級とはまた微妙なレベルだな。
「じゃあ俺達は静観ってことになるのか?」
「でしょうね。瑠香の方も、取り巻きが大勢いるから大丈夫そうだし」
「そうなのか。ま、このメンバーに危害が及ばないなら、別にいっか」
俺達は慈善団体でもなければ生徒会でもなく、学校を裏で牛耳る影の組織というわけでもない。下手なリスクを取る必要はないだろう。
◇
帰り道は、いつも千波と一緒になる。家が近いからだ。
「もしかして、『真一に危害が加わるようなことがあれば、私たちが総力を挙げて主犯を潰すから』なんて言葉を期待してた?」
いたずらっぽく微笑みながら、千波は問いかけてくる。
「まさか。自分の身は自分で守るさ。それに、お前らは影響力デカいんだから下手に動けないだろ。カーストトップは大変だよな」
「それで嫌味のつもりかしら? カースト底辺の自由さをアピールしたいわけ?」
「違うって。底辺自慢なんて見苦しいことはしない」
みずから進んで選んだぼっちの生き方だが、当然、人に誇れるような生き方でないことは重々承知している。
「でも、本当はそれくらいのこと言いたいのよ。私だって」
「『カーストトップは大変だよな』って言いたいのか? ぼっち生活を始めるのはいいと思うが、いきなりは大変だぞ?」
「違う。ふざけてるでしょ? 『真一になにかあれば、総力を挙げて……』のところよ」
「……まさか、中学のときのことまだ気にしているのか?」
千波とは中学でも一緒のクラスだった。まぁ、当時接点はなかったのだが。
だが、クラスの人気者だった千波が不登校になり、心配した皆で寄せ書きのメッセージを書いたことがあった。今にして思えば余計なお世話だが、中学生の考えつくことなんてそんなレベルだろう。
肝心なのはその中身だ。
皆、『藍川さん頑張って』、『藍川さんなら大丈夫』といった気休めを言うにとどまった。不登校になる理由がわからなかったからだ。
『私たちにできることがあれば何でも言って』
そう書く人も多かった。
「いや真面目な話、あんなこと書ける人に私もなりたいって、思ったの。憧れ? に近いかしらね」
「大げさだな。そんな大したことは書いてない」
俺が書いたメッセージは、『俺がなんとかするから、無茶なことでもなんでも言ってくれ』だった。
別に誰でも書けそうなことだ。それに、口先だけならなんとでも言える。
だが、なぜだか千波の琴線に触れたらしい。
「私、面倒な女だから。皆のメッセージを見て、『あぁ、できる範囲でしか助けてくれないのね』って思っちゃった。皆、結局は自分が一番大事だしね。でも、真一は違った。私のためなら、自分にできないことでも無理矢理できるようにして、助けてくれようとしているのが伝わってきた」
「結局、千波はすぐ出てきたし、俺はなにもしなかったけどな」
1か月の不登校が嘘だったかのように千波は復帰し、すぐにクラスに馴染んでいた。
「そうね。それに正直最初は、『なんとかするって、あなたに何ができるの?』って思ってた。でも、できるできないに関係なく、私を助けるために必要なことを実行することしか考えてなかったのよね?」
「まぁそうだな。できそうなことしかやらないって、普通にダサいしな。できることだけやるのはただ作業をこなしているだけ。人間、できないことに挑戦するからこそ生き甲斐があると思うのです」
「そういうところを、私は好きになったんだと思うなぁ」
「なるほど、今のは付き合ってくれという告白と受け取っていいよな?」
「いや、真一を彼氏にするほど、私が男に困ってるように見える?」
「……なんか、言うことが玲奈に似てきたな」
「玲奈の名前を使って私をディスるのはやめなさい?」
「冗談だって」
そんな軽口を叩いた後、俺たちは別れ、それぞれの帰途についた。
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