安静
僕も神無月さんも、かき氷をほとんど食べ終えたころだった。
さっきははぐらかされてしまったけれど、もう一度同じことを聞くことにした。
「どうして神無月さんはここにいるの? なんで詩瑞町に? 」
そう僕が聞くと彼女な途端に表情を暗くする。
「……それって答えないとダメかな?」
「少なくとも僕は答えたんだから、答えてくれてもいいと思うんだけど。どうかな?」
「わかったわよ。私が詩瑞町に居た理由はね、あ──」
唐突な目眩が僕の意識を奪う。数瞬の暗転の後、直ぐに意識が戻る。
「──桐ヶ谷くん! 大丈夫? 救急車呼ぶ?」
どうやら神無月さんが倒れた僕のことを心配してくれてるみたいだ。ありがたい。
「大袈裟だよ、神無月さん。立ちくらみだよ、立ちくらみ。ちょっと目眩がしただけ。だから大じょ──」
──次に目が覚めた時は病室だった。
……どうしてこんなところにいるんだっけ? 少し周囲に目を配ると、僕の腕に点滴が打たれていた。それと、神無月さんがベッドサイドの横に座って居た。
「あ、桐ヶ谷くん。起こしちゃった?」
……別に倒れてる僕を揺すって起こしてくれても良かったんだけど。
僕が身振り手振りを使って話始めようとすると、気配を察知したのか神無月さんが
「あ、点滴打ってるから、安静にね。それから、起きたら呼んでくださいって言われてたから、看護師さん呼んでくるね。」
僕はもう大丈夫だから帰っていいよと伝えようとしてたけど、そういうことなら仕方ない。忍びないけど、もう少しだけ付き合っていただこう。
「それから、安静にしててね」
釘を刺されてしまった。僕はそこまで動きたがりでは無いよ、神無月さん。と心の中で言いつつ
「分かってるよ」
と笑顔で答えておいた。
……それにしても我ながら情けない限りである。かき氷を美味しく食べるためだけに水を飲まなかったから失神だなんて!
神無月さんが救急車でも呼んでくれたのだろうか? お店の中だったから神無月さんが居なくても大事にはならなかっただろうけど……。でも、そもそもそのお店の中に居たのは神無月さんのおかげなわけで……。
神無月さんには後で感謝をちゃんと示そう。貸しが一つ増えた。水分はちゃんと摂ろう。
少ししたら神無月さんが看護師さんを連れてきてくれた。
看護師さんは色々言っていたが、内容を要約するなら、点滴が終わったら帰って問題は無い事、お父さんとお母さんへは神無月さん経由で連絡をした事、熱中症は危険だからこまめに水分と塩分を摂取する事を(特に三個目は口酸っぱく)言い渡された。そして看護師さんは
「点滴が終わったら呼んでください」
と言い残して病室を出ていった。病室には僕と神無月さんだけになった。
「神無月さん、ありがとう。それと、倒れてごめんね」
やはり何事も感謝と謝罪である。このふたつは早くすればするほどいいと僕は思う。
「別に感謝されるほどのことはしてないけどね。でも桐ヶ谷くんが私に感謝の意を形にして示したいというのなら、ありがたく受け取るよ」
ほとんど強制みたいなものにも思えるが、仕方がない。儘ならないのは世間の柵である。
「いやあ、もうぜひ感謝のしるしとして何かしら、あげるかするかしたいものだね」
とちょっと芝居がかって言っておく。
「こちらとしてはあまり気乗りしないけど、桐ヶ谷くんがどうしてもと言うのだから仕方ない! ありがたくいただくね」
神無月さん。それはちょっと無茶だと思うよ。
「ていうか神無月さん、どうして僕の親の連絡先を知ってたの? 僕は教えた覚えは無いし」
気にしてなかったけど、よく考えたら神無月さんが僕の親の連絡先を知ってるのはおかしい。神無月さんを家にあげたことはあるけど、その時だって僕の親は家にいなかった。
だから連絡先を知る、ましてや交換する機会は無かったはずだ。
「ほら、生徒手帳に書いてあったでしょう?」
なるほど。それならたしかに分かるはず……いや。
「神無月さん、それは無理だよ。たしかに僕の生徒手帳には親の連絡先が書かれてる。でもそれは固定電話なんだ」
「……? 固定電話なのと、連絡出来たことに関係はなくない?」
実はかなり関係ある。神無月さんは知らないだろうけど。
「固定電話……僕の家の番号だと、僕の親とは連絡が今取れないよ。両親は今必ず家を空けてるから。」
「……たまたま帰ってきてたの。私みたいに」
「それもありえないよ。父さんと母さんは二人でアメリカに行ってるから。少なくとも朝にアメリカにまだまだ滞在するってメールが送られて来てるんだから、今家にいるのはありえないよ。」
「…………」
神無月さんが黙りこくってしまった。普段、神無月さんが黙りこくるなんてことはなかなかなかった。命の恩人に対してちょっと酷いことを言ってしまったなと反省はしておくが、どうやって連絡先を知ったかは僕にだって知る権利があるだろう。まあしかし、僕も人の子である。
「どうしても教えたくないなら言わなくていいけど……」
などと、僕が今更に弱気な台詞を口にしていると神無月さんが突然口を割った。
「……誕生日。」
「え?」
予想外で、一見すると関係ない回答に僕は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「……桐ヶ谷くんが、私の誕生日を携帯のパスコードにしてるから……」
点滴の落ちる時間が永遠にも感じられた。
心臓が、安静にはさせてくれなかった。
枯れ尾花と探偵 京葉知性 @keiyouchisei
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