氷山
まだおやつ時にもなっていないのに、この歴史的猛暑のせいか、それとも別の何かなのか、カフェの割には沢山あるはずの席はちょうど残すところ二人がけのテーブルのみとなっていた。僕と神無月さんはその残っていた席に通される。これで店内は満席になってしまった。
座ってすぐに神無月さんがオーダーシートとペンを手に取る。
「桐ヶ谷くんは何にするの?」
と僕に聞いてくる。正氷庵ではオーダーシートに注文する品を書き、それを店員に注文する方式が採用されている。別に僕は自分でオーダーシートに書くことだってできるのだが、せっかく書いてくれると言うので僕は素直に答える。
「僕は
特にメニューも見ずに答えたが、前回来た時は人気ナンバーワン商品だったはずから余程のことがなければメニューから消えることもないだろう。特に問題は無かったようで、神無月さんはすぐに、
「わかったよ」
と言いながらオーダーシートに記入していた。そして少し上を見たあと神無月さんはまたオーダーシートに記入を始めた。多分だけど彼女の分を書いているのだろう。
オーダーシートの記入を書き終えたらさっさと神無月さんは店員を呼び鈴で呼び、オーダーシートを提出した。そこから少ししてお冷が運ばれてきた。僕はキンキンに冷えてるであろうお冷を飲まずに待つ。かき氷を食べる時はお冷を先に飲まず、一気にかき氷で冷やすというのが昔に教わり、今もしている僕の食べ方である。
暑いけどかき氷の美味しさを考えれば問題は無い。頑張れる範囲だ。
そんな僕とは対照的に神無月さんはお冷を飲み始めていたので少し驚いた。
最近流行っている映画の話でもしようと思い
「僕は観たんだけど、神無月さんは『
と聞いてみた。
「当然観たわよ。面白かったよね。そういえば舞台もどことなくここら辺に似てたしね」
そう言った後、神無月さんは少しいたずらっぽく笑いながら
「そうだ、桐ヶ谷くん。せっかくだし頼んだものが来るまでに私が何頼んだか当ててみない?」
と言い出した。映画の感想は後でも言えるがこの遊びは今しか出来ないなと思い
「いいよ。当ててみせようじゃないか」
と言ってしまった。
おそらくこれは、彼女の今までの行動を思い返せば手がかりが見つかる。
まず、彼女はかき氷が届く前に水を飲んだ。普通に考えれば大して問題では無いが、これを神無月さんが行った事が問題なのだ。そもそも僕にかき氷の食べ方を教えてくれたのは神無月さんだし、最後にかき氷を一緒に食べた時にも彼女は僕と一緒に水を飲まずにかき氷を待っていた。
次に、彼女は僕の注文を聞いた後に少し上を向いて、考えてから自分の分の注文をオーダーシートに記入した。しかしそれはおかしい。そもそもメニューがあるにもかかわらず、僕も神無月さんも一切見ていない。神無月さんがこのお店を懇意にしてる可能性もあるけど、昨日まではそもそも避暑地なだけあってここら一体は涼しかった。それに何回も来てても神無月さんはメニューを見るタイプだ。つまりメニューを見てないのもおかしい。
最後に、彼女は僕が映画の感想でも話そうと思っていたタイミングでその話を切ってこの遊びを提案してきた。……いや、実は話は続いているんだ。神無月さんは話の腰を折ったりはしなかったはずだ。
……これだけ手がかりが揃えば彼女の注文したメニューもわかるに違いない。
まず、神無月さんはそこまで冷たく無いものを頼んだ。お冷より冷たいものを頼んだならお冷をメニューが届く前に飲むことはしないだろう。
次に、神無月さんはメニューを見ずに決めたように見えるが、実は違う、メニューは僕が知らないうちに見られていた。
そして、映画の話はまだ続いている。話の腰は折られていない。
最後に店内がおやつ時でもないのに満席だ。歴史的猛暑のせいということもあるが……
今までのことを総合して、神無月さんが考える素振りをして見上げていた方向に顔を向けると、そこにはコラボ商品とは明記されていないが、『陽炎の招待』で出てきたものとほぼ同じメニューがイチオシと言わんばかりに載っていた。
「神無月さん、わかったよ」
自信満々に僕は神無月さんに答えを言う。
「多分だけど、神無月さんが頼んだのはトロピカル和菓子セットだね、随分と『陽炎の招待』が好きなんだね」
その言葉と共に推理の経緯を話す。すると彼女はくすくすといたずらっぽく笑いながら
「やっぱり桐ヶ谷くんだ。面白いことを言うね」
と言ってくれた。
「そう言ってくれるなら嬉しいよ」
僕が言うと神無月さんは
「確かにここは『陽炎の招待』の聖地だと言えるね、ほぼ似たようなお店が登場してた。」
と言った。その言葉を僕が理解するよりも前に頼んだものがテーブルに届いた。
盆の上には、正氷山の小豆が二つ、正確にはつぶあんとこしあんが一つずつ載っていた。
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