合格

 話の続きをする前に、懐かしい話をしておこう。僕が彼女と初めて出会った時の話。小学校6年生の冬の頃、つまり5年前のことだ。

 自分で言うことでは無いが、僕は頭が良かったため、そこそこ家から近く、そして県内屈指の名門校である『鳴鐘大学附属鳴鐘学園めいしょうだいがくふぞくめいしょうがくえん』を中学受験したのである。彼女との初めての出会いはその合格発表の会場でだった。

 僕は塾に行っていたわけでもなく、そこまで根を詰めて勉強をしていた訳でも無かったので受かっているかどうかは不安だった。

 むしろ、受かってないのではないかという気持ちが強かったんじゃないかと思う。その不安も相まってか気持ちが滅入るような寒さを感じながら、僕は合格発表の会場に向かったのを今でも覚えている。

 幸いにも僕は受かっていた。

 しかし、その時にたまたま、隣に居合わせた陰鬱とした表情の彼女が僕の目に入った。

 普通に考えれば合格発表で陰鬱な表情をしている人は不合格だったことを表すのだが、どういう訳か僕はその子が受かっているであろうことを知っていた。

 勿体ぶる必要も無いので隠さないが、彼女は受験番号順で座っていた試験時に僕の前に座っていた。そして、のだから。

 ではなぜ彼女は陰鬱な表情をしているのだろうか?

 おそらくこれは、彼女の周りを観察すれば手がかりが見つかる。

 まず彼女のすぐ後ろには彼女の母親らしき人物が喜びつつも少し寂しい顔をして彼女を祝っていた。

 次に彼女の背負っている鞄に目をやると、そこには紐で繋がれたパスケースには今日の日付が書かれた新幹線のチケットが入っていた。

 他に手がかりになりそうなものは無いかと見ていると彼女に少し睨まれた気がした。

 慌てて掲示板の方に目を向けると、そこには入寮案内のポスターが貼られていた。


 ……これだけ手がかりが揃えば彼女の陰鬱な表情の理由もわかるに違いない。

 まず、鳴鐘学園は全寮制の学校では無い。このポスターは遠くから通学する人間に向けてのものである。

 次に、彼女のものであろうパスケースに入っていた新幹線のチケットは今日の日付の物である。彼女はおそらく他の県からこの学校を受けに来たのであろう。

 当然、チケットマニアで新幹線のチケットを買っただけという可能性はあるが、確率としては低いし僕の直感も違うと言っているのでその可能性は除外する。この雉平市きじだいらしは新幹線を使えば30分足らずで隣県に出ることが出来る。

 しかし通常の電車なら1時間近くはかかるのでそれでは通学するには不便どころの騒ぎでは無い。そして日々の通学に使うのに新幹線は値が張りすぎる。

 最後に母親の少しもの寂しげな表情。

 これらの情報から察するに、彼女が陰鬱な表情なのはおそらく、彼女は隣県からこの鳴鐘学園を受け、見事受かったが通学するには入寮する必要があるため、家族や友人と離れることになるのが嫌だからに違いない。


 僕が彼女の表情の謎を解き明かし満足していたら、彼女がひっそりと話し掛けてきた。

「どうして私をジロジロ見てたの? なにかついてた?」

 その問いに対して僕は彼女の陰鬱とした表情についての推理を話してみせた。

 彼女は僕の推理を聞くと「ふーん、あなた面白いことを考えるのね、名前は?」

 といった具合で名前を聞いてきたので、特に後ろめたいこともないので答えることにした。

「僕の名前は桐ヶ谷柳太きりがやりゅうた。探偵だよ。よろしくね」

 と少し冗談めかして言う。

「探偵なの?」

 といたずらっぽく笑いながら聞かれる。さすがに嘘をつく訳にも行かないので

「いや……実はまだ探偵じゃないんだ」

 と答える。最後に彼女は

「私の名前は神無月環季かんなづきたまき。私は助手志望じゃないけど、四月からよろしくね」

 と言って会場を去っていった。別に僕はまだここに受かったとは言ってないんだけど……

 後に入学式の時に出会った時、制服はひどく不格好だった。

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