猛暑

 あの日はかなりの暑さだったんだと思う。

 多分だけど歴史的な猛暑日だとニュースは知らせていただろうし、きっと道行く人々は暑さのあまり、汗だくになりながらもビル街の歩道を行き交っていたに違いない。のではないかと見てもないニュースと都会の人々を想像しながら、僕は降り注ぐ日差しにうんざりして歩いていた。

 普段は雉平市きじだいらしに住んでいる僕だが、その日は避暑地として有名な隣の市にある詩瑞町しみずちょうに来ていた。

 しかし、避暑地の力を持ってしても歴史的猛暑日の力には抗えないらしい。

 あまりの暑さに頭がやられていたとしか思えないが、僕はもう会うことがなかったはずの友人である神無月環季かんなづきたまきと再開したのだ。


 後ろ姿を見た時、思わず息を飲んだ。

 麦わら帽子を被り、からすのように黒く、長めのセミロングの髪。そしてそれとは対照的な白を基調にしたワンピースに身を包んだ少女が僕の前を歩いていた。もう既に存在しないはずの少女がそこにあった。

 まず僕は自分の目を疑った。その次に暑さにやられた頭を、最後に彼女を。

 そしてほんの出来心で、僕は思わず少女に声をかけてしまった。

「こんにちは。あの、もしかしてどこかで一度お会いしましたか?」

 僕が冗談めかしながら話しかけたことに既に後悔を感じている間に、彼女はこちらに振り向いてきた。そして彼女もたいそう驚いた顔をしたが、それを直ぐに取り繕い、喋り出す。

「こんにちは、初めまして。どこかでお会いしたかしら?」

 すっとぼけた様子で口を開いた彼女だったが、お互いに見つめ合うだけの不毛な時間を少し経たあと、両者ともに相手の白々しい態度に吹き出してしまった。多分彼女の方が少し早かったと思う。

 だからか、先に彼女が歩き出しながら口を開いた。

「こんにちは、桐ヶ谷きりがや君。こんなところで君と会うなんて思ってもなかったよ」

 僕も何となく合わせて歩きながら話すことにした。

「それは僕もだね、神無月さん」

 少しいたずらに笑いながら彼女は

「ところで、どうして君はここに?」

 と聞いてくる。僕は隠す必要も無いので本当のことを言う。

「夏は雉平は暑いからさ。おじいちゃんの別荘に遊びに来ただけだよ。あいにく一人で暇だったからここに来たんだけど。神無月さんは?」

 そう聞くと神無月さんはいたずらっぽく笑いながら

「ふふっ、乙女の秘密だよ。ちなみに私がどこに向かってるか、わかる?」

 と言いはぐらかされてしまった。

「多分だけどこの道なら……正氷庵しょうひょうあんかな?」

 目的地であろうかき氷が美味しいお店の名前を言ってみる。

「正解、さすが桐ヶ谷くん。どうしてわかったのかな?」

「なんでってそりゃあ、神無月さんならこんな暑い日にはかき氷かプールだと思ったからだよ。そのバッグだと水着を持ってるわけでもなさそうだしかき氷かなって」

 そう僕が言うと神無月さんはくすくすと笑いながら

「正氷庵、着いたよ。せっかくだし一緒に食べてく?別に奢らないけど」

 せっかく誘われたので、素直に答える。

「そうだね。せっかくだし、ご一緒させてもらうね」

 こうして僕たちは二人で正氷庵に入っていった。

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