第10話 さあ! 旅立ちです。

 それから、オレとマナは変わらずここの孤児院にいる。

 スィールは相変わらずよいお姉ちゃんで、優しくてあったかい。最初にスープをご馳走してくれた食堂のお姉ちゃん達も、たまに顔を見に来てくれる。あそこにいたのは神殿警備のおっちゃんたちで、彼らとも結構仲良くなった。時々ご飯食べさせて貰ったりしてる。院のご飯は美味しいけど、割とあっさり淡泊だからさ……。


 神殿は、大改革された。

 汚職まみれだったのをオレがバックに付いた院長先生が切り込んで切り捨てた。関わってた連中は貴族だのなんだの偉そうな連中にも絡みがあってあーだこーだ自分たちの利権やら権利やら権力やらを振りかざしたけど、まぁそんなもん、その気になりゃ効かねーんだよな。なんたってこちとら女神の愛し子やぞ。天変地異を願うぞコラ、ってなもんだよ。最強の脅しだよな。


 国としては、やたらと利権の塊になっていた神殿はちょっとかなり相当に鬱陶しい存在になっていたらしい。院長先生に割と協力的で、お陰様で、がっつり色んなものを削り取れた。人員も入れ変えて風通りを良くして、新しく生まれ変わらせた。


 と言うわけで、一応今は新しい神殿長が就いている。孤児院長だ。この人も元々は貴族の身柄だったんだそうだ。

 愛し子の居場所については、別に固定じゃなくて大丈夫ではあるものの、あの離れになっていたのにはワケがあった。護衛のしやすさ、だ。

 本来の愛し子は他国からの誘拐などに備えて、神殿の奥にかくまわれていたんだそうだ。へーなるほどねー……とは言え、院長を連れてかつての離れを訪れたら、彼女驚きすぎて血の気を失っていたからまぁそういうことよな、って感じ。握りしめた拳がぶるぶる震えてたからな、院長先生。


 孤児院にいるのはオレとマナの希望だ。オレよりもマナの希望だ。

 ご飯を食べられて寝る場所があって姉妹がいっぱいいるこの場所が良かったんだ。マナはこれまで、ひとりぼっちだったから。


「愛し子は、どこにいたって良いんだよ。何をしてたって良いんだ。国も、何もかも、全部関係ないんだよ。マナはいるだけで、『この世界』と女神さまとを繋ぐんだ」


 誘拐もなにもかも、関係ないんだよ。どこに居ても構わないんだ。海を越えたって山にこもったって砂漠を旅したって良いんだよ。女神の加護は、マナを通じて、この世界そのものにもたらされるんだ。そこには距離も何もかもが関係ないんだ。世界全体に薄く広く、降り注ぐものなんだ。善人と悪人の区別さえない。すべてに等しい。だって女神の愛だもの。――愛し子さえもほとんど優遇してくれない、あのクソ女神様の愛だもの。


 もっと酷いことを言うならさ。ほんとうは、愛し子は、いくら死んだって良いんだよ。

 だってさ、あのクソ女神は言ったんだ。『愛し子は世に1人きり。愛し子が亡くなれば次の愛し子が生まれます』って。

 死んだら次が生まれるんだ。1度に存在するのは1人だけだけど、その子が死んだらそれでお終いってわけじゃない。

 スペアはいくらだって生み出せるんだ。しかもあのクソ女神、生きてさえいればそれでいいまで言ったからな。


 愛し子がどんなに幸せだろうが不幸だろうが、あのクソ女神にはどっちだって構わないんだ。

 だったら、幸せになってやろうじゃねーかって思うじゃん。幸せにしてやろうじゃねーかって思うじゃん!


「マナ! 支度は終わった? ……ちょっと、まだ終わってないの?」

「スィール」


 旅立ちの荷物を整理していたら、スィール姉さんが顔を出した。今ではすっかり成人して、院の世話人として仕事をしている。最近は院長先生の秘書みたいなこともしているって教えてくれた。

 オレことマナも、すっかり身体が大きくなった。痩けていた頬も人並みになり、髪もつや良く、身長も何もかもちゃんと人並み程度には成長出来た。感無量だ……。可愛くなった。なおオレには特に変化はない。まぁマナの中にいるだけだしそれはそう。

 マナは今年成人したから、同時に院も卒業した。就職先は王都にある、魔術研究所の職員だ。これは院長先生の口利きによる。


 今日は、旅立ちの日だ。


「ちょっとマナ、その本全部持っていく気!? 無理よ、カバンに入らないもの!」

「でもね、スィール。これはみんなが餞別で私にくれたもの。……持っていきたいと思うのは、人情」

「そうかもしれないけど! 後から荷として送ってあげるから、取りあえずは置いて行きなさい! 早くしないと馬車が出ちゃう!」

「もうそんな時間?」

「もうそんな時間なのよ!」


 みんなに愛されて大切にされて、マナはどうやらすこしのんびり屋に育ったようだ。それはまぁ、それとして……可愛いからヨシ。マイペースなのは良いことだ。ストレスを溜めない、これ大事。


 駅馬車の発着場には、たくさんの人が集まっていた。

 院長先生も忙しい中、見送りに駆け付けてくれている。院の先輩も後輩も、みんな泣きそう。オレも泣きそう。……マナは半分くらい泣いている。スィールもね。忙しく動き回って誤魔化してるけど、目元が赤いのはバレバレなんだよ。


 手を引かれてみんなの元へ歩きながら、彼女の手を強く握り返した。


「病気なんてしたらダメなんだからね」

「私、愛し子だから病気はならないよ。だいじょうぶ。スィールこそ、……元気でね」

「手紙、書くからね」

「うん。私も、書く」


 向こうと違って、リアルタイムでやりとり出来るものなんてない。遠いところにいる人と連絡を取り合うのは結構大変だ。それでも、ここで得た縁は全部大切にしていこう。


 行こうぜ、マナ。

 声を掛ければマナが頷く。持ち上げた顔はもう泣いてはいなかった。別れもこれからやってくるだろうたくさんの出会いへの期待も、全部をのみこんで、……うん。すごくよい笑顔だ。


「行こう! ハヤテ! どこまでも一緒に!」




◇◇◇




 魔術研究所に就職したマナとオレは、そこで出会った所長と一緒に方々に旅することになる。

 一見渋くて冷静な彼が、実は内心慌て者のうっかりさんで、デコボコ道中を楽しむことになるだとか。

 旅の途中でこれまで以上に色んな人に会って、色んなものを食べて、美しい景色もたくさん見て、危ないことや辛いこともたくさんたくさん経験して、……――でも、それよりもいっぱいいっぱい、両手を広げたくらいじゃおっつかないくらい、いっぱい、最高の笑顔で笑うことも。


 とりあえずは、別のおはなし。

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異世界で愛し子になりました ふうこ @yukata0011

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