第8話 お姉ちゃん出来た

(マナ視点)


「……ここ、どこ?」


 目が覚めると、暖かい布団の中にいた。

 お腹は空いているけど、いつもみたいに腹の中身が引きつるような痛みはなかった。心なしか、体が中から温かい。


「あ、目ぇ、さめたー!」

「いんちょーさまにおしらせー! するのー!」


 きゃあきゃあと高く可愛らしい声がいくつも響いた。驚いてそちらを見れば、マナと同じくらいの少女達がマナを囲んで笑っていた。人がたくさん居ることに、思わず身体がぎしりと固まる。たくさんの目がマナを見ていた。息が苦しい。胸がどきどきして止まらない。――怖い。

 お寝坊さんね、でも朝ご飯前に目が覚めるなんて食いしん坊さんだわ、きゃらきゃらと笑いながら去って行く少女達に悪意は感じられなかった。ただ純粋に楽しがっているだけのように聞こえた。その声を聞いていたら、なんだか少しだけ、身体の力が抜けていった。少女達はずっとマナを見ていたわけでもなくて、ちらりと見ては去って行く子も、たまにちらりとのぞくだけの子も混ざっていた。あそこのように、その場にいる人間の全員が、マナだけを、冷たい目で睨み付けるように、ひたすらに注視しているわけじゃなかった。

 周りを見れば、いくつもの小さな寝台が置かれた部屋だった。細長い部屋の中、温かそうな寝具の置かれた寝台がずらりと等間隔で2列に並んでいる。寝台の下はどうやら引き出しになっているようで、残っている子の中にはそこを整理している子供もいた。


「目が覚めましたか?」


 しばらく寝台の上で呆然としていると、綺麗な女性が現れた。後れ毛1つなく綺麗にまとめ上げられた薄灰色の髪に綺麗な翠色の目の女性だった。ゆったりとした動作でマナのいる寝台に腰掛けた。


「私はこの院の長をつとめます、ロシュアと申します。マナさん、ですね?」

「え、と……はい……?」

「大丈夫、怖がらなくて良いのですよ。ここは女神ラーシュカ様のお慈悲により建立された孤児院です。当院で保護された子は、みんな等しく女神様のお子として養育されます。たくさん食べて、お勉強して、立派な女神様のお子になりましょうね」


 そして、洋服が与えられた。長袖のちゃんとした温かい服だった。下着もだ!

 他の子に先導され連れて行かれた食堂で食べた朝ご飯は麦粥だったけど、温かかったし麦は噛みしめると少し甘くて、何よりお代わりして良かった。体の大きな子を中心にお代わりする子も何人かいたから、それに紛れるようにお代わりした。お腹いっぱい食べられた。


 食事の後は女神様にお祈りをして、院内の掃除をし、その後は勉強だった。年かさの子が下の子に文字の読み書きや計算、礼儀作法を教えていた。マナにも1人、教師役の子がついた。


「よろしくね、マナ。私はスィールよ。あなたの姉になるわ」

「あね?」

「お姉ちゃん、って呼んで良いのよ。院の子はね、皆誰かの妹になって、誰かにお姉ちゃんになってもらうのよ。ここのところ入ってきた子たちはみんな男の子ばっかりだったから、ずっと妹が来てくれるのを待ってたの!」


 スィールは優しい子だった。お風呂は夕方からだから、今はこれだけね、と言いながら、温かな湯で絞った布でマナの身体や髪を拭ってくれた。手を引いて、院内の設備の案内もしてくれた。

 弱り切った身体のマナではまだ他の子同様のお仕事をするのは難しいと上の子たちにかけあって、自分が少し多めに負担するからとマナの仕事を半分にして割り振った。無理しなくて良いのよ、と微笑むスィールの後ろで年かさの子たちがくすくす笑っているからなにかと思っていたら、あとからこっそり教えてくれた。スィールがあんまり張り切っているのが可愛くておかしかったのだそうだ。


「あの子、ずーっと妹が出来るのを待ってたのよ。あなたが来たのがよっぽど嬉しいのね」


 スィールの増えた分の仕事は、なんだかんだでその年かさの子たちが片付けて、スィールはちょっとむくれていた。お姉ちゃんたちはみんな要領が良すぎて困る! のだそうだ。


 そんな中、院の中が慌ただしくなった。院の長だと名乗ったロシュアは年かさの子供達になにやらこまごまと言いつけて建物を出て行った。どうしたのだろうかと思っていたら、お夕飯を隣り合って食べていたとき、スィールが教えてくれた。


「なんかね、愛し子様が行方知れずなんだって」

「……ぇ……っ?」

「離れって分かる? 教会の奥にある愛し子様専用の大きな建屋。おっきな生け垣の向こう側の見えない建物よ。愛し子様はいつもそこで世界のために祈って下さってるのだけど、突然居なくなっちゃったんだって。あ、マナはそこ行っちゃダメよ。あそこはお偉い神官様たちしか行っちゃいけなくて、私達は行ったらだめなとこだから」

「ぃ……ぃなく……?」

「心配よね。大丈夫かな。でも愛し子様はきっとご無事だからだいじょうぶよ! だっててんぺんちい? が起きてないもの!」

「い、いとしごさま? がいなくなると、てんぺんちー? がおこるの?」

「そうよ。女神様がとーっても悲しんで、大雨が降ったり、地面がすごく揺れたり、山が噴火したりするんだってご本で読んだもの。そういうのがひとつもないから、だから愛し子様はお元気よ。ぜんぜん大丈夫!」

「そ、そう、なんだ……」

「それに、何かあってもマナのことは私が守ってあげるわ! だって私、マナのお姉ちゃんだもの!」


 そう言って笑うスィールの笑顔はとても温かくて、マナは嬉しくなって一緒になってにこにこ笑った。

 スィールはなんだかハヤテにちょっと似ているな、と思った。

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