第6話 不思議は嬉しいものでした。

『不思議な事もあるもんだなぁ』

「うん。ふしぎ。でも、ふしぎ、うれしい」


 マナはマジで愛し子だった。消えそうだったハヤテを留め、自分の内に固定したのだ。ということは多分女神もやろうと思えば出来たのだろう、マナの負担を考えてしなかったは有り得るけれど、ハヤテのことはミジンコほども考えていない無慈悲な所業だ。いやそりゃ、今ここにいるハヤテはハヤテから切り離された本来なら存在しなかったクローンハヤテとでもいうべきもので、別に存在を保持しなくてはいけないものではなかったからしょうがなくはあるのだけど。だがしかし、ハヤテにもハヤテとしての意識や記憶がありはするので、やっぱりあの女神はクソだなと思ってしまうのだった。これもまたしょうがなくはあるのだ。


 ということで、ハヤテはマナの中に残留した。両親と妹のことだけは存在はぼんやりながら辛うじて覚えているが、あとの対人関係の記憶は霧の彼方だ。まるきりなにも、覚えていない。あちらの世界のことはそれなりに忘れず覚えているから、そうした知識は、ひょっとしたらそのままマナに継承させるつもりだった可能性も微レ存だ。継承させてなんになる、とは思うけど。


「マナねぇ、ここがあったかいの」

『そっか。あったかいのか。そりゃ良かったな』


 胸元を押さえるマナの頭を撫でる……のはちょっと変だから、左手で右手の甲をぽんぽんと撫でた。そうすると不器用に口を歪めるのがなんだか可愛い。早く上手に笑えるようになると良いなと思うし、上手になんて笑えなくてもちゃんとオレはお前が笑ってるって分かってるから全然大丈夫だからな! とも思う。

 マナはさすが愛し子と言うべきか、可能性と能力の塊だった。なお、体に負った傷も痛みも、マナがあっさり治してくれた。治癒の力も持ってるらしい。そんなマナには苦手なものが存在していた。『他人』だ。人の目が怖くていやなんだそうだ。

 オレは平気なの? と聞いたら、ハヤテはへーき、あったかいから、と返ってきた。多分魂レベルで半分くらいは融合してるから、他人って感じじゃなくなってるんだろう。2人の間のチャンネルを開いたのもマナだ。オレは思うだけで、思ったことを言葉としてマナに伝えられるようになった。あと、色々伝えたい時は左手使ってもいーよって言ってもらった。

 力についても、ハヤテの好きにしていいよ、って言われている。とは言え、どうやったら使えるかも分からんものをどう好きにしたらいいのか。取りあえず、『ありがとうな』、とだけ返して終わっている。


 マナにとってこの離れでの生活は、苦手な他人と関わらずにいられるから、別に苦ではないらしい。

 食事に不満はないか聞いてみたが、よく分かっていなかった。小さい頃からずっと同じような食事で、それ以外は知らないようだ。神殿の人間からの扱いも同じで、言うことに逆らえば殴られ蹴られるが、何もしなければ何もされないのだそうだ。だから、何もしない。知ろうとしない。知らなければ不満も生まれない。ひどい教育もあったものだ。


 あの女神は……そういうことまでは配慮なさそうだよなぁ。生きてればいいとか言ってたし。


 目下の目標は、あったかい服を用意すること。もうちょいマシな食事を食べること。この2つだな。

 せめてもうちょいふっくらしてて欲しいんだよ。……マナは、女の子なんだから。


 ただ残念ながら、どうしたらそれが叶うのかは分からない。

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