アリアの寝床 450話
――――生徒会の人には相談できない。
休み中どこに泊まるのか問題。あたしも寮で仲良くなった子たちには相談したよ。でもみんな家に帰るからって……。
そうだよね。普通は帰るよね。家族と会える事を楽しみにしていたし。
家族……か。……いいなぁ。……はぁ。
まあいいや。来週から宿無しか。一ヶ月アパートを借りるお金もない。
生徒会長の王子様が夕飯誘ってくれているけど、今日はそんな気分じゃないや。それに、こんなに頻繁に誘われても困る。外の人も誘ってあげればいいのに。
疲れた。休憩時間くらい一人になりたい。
あたしは、与えられている更衣室で仮眠をとることにした。
って、ここでいいんじゃない! 帰るふりしてここに居残っていたらそのまま泊まれそう。そうよ、鍵もついているし!
私は着替えや本を毎日少しずつ、更衣室に運び入れた。
◇
問題はベッドよね。シーツはカバンに入るとして、毛布は持ち出せないよね。目立ってばれたらヤバいし。床の上で寝るのも2~3日なら大丈夫だけど……。無理だよね、一ヶ月床で寝るのは。なにかやわらかいものはないかな。
そう思って歩いていたら、馬小屋に飼い葉が運び込まれるのを見た。
そうだ! 干し藁を床に敷けばいいかも。その上にシーツを敷けば簡単なベッドにならないかな。
少しだけ貰ってもいいよね。仕方がないしね。
あたしは作業が終わった頃にもう一度見に来ようと思った。
◇
翌日、朝早く寮を出た。次に帰って来られるのは一か月後。今なら学園には誰もいないはず。更衣室の鍵を開け、勝手にリヤカーを借りて馬小屋に向かった。
藁をリヤカーに載せていたら、誰かが入ってきた。ヤバい! 足音を立てないように近づいてくるよ! そして声がかかった。
「アリア、お馬様の世話をしているのか? 騎士コースを取っていたのか? しらなかったな」
なんでアルフレッド会長がここに!
「ん? お馬様の世話を学生がちゃんとやっているかのチェックだ。休みに入ったから出て来られる学生も少ないし、専門の業者もいるのだがやはり心配でな。ほら、俺は騎士コースのコーチング・スチューデントだし。同じコーチング・スチューデントのレイシアも見かけることがあるから、まあ普通なんじゃないのか?」
王子が馬の世話ですか!
「お馬様は素晴らしい! 王子と言えども、お馬様なしには戦場で生きていけない。我々はお馬様に仕える栄誉があるのだ」
何の宗教ですか! おかしくない?
「それでアリアは何をしているんだ? そうか、寝床を作りに来たのか。関心感心。手伝おう、そろそろ変え時だ」
私の寝床を作りに来たのに、馬の寝床を作る羽目になったよ。会長が嬉しそうに古い藁を運んでいき、あたしはそこの掃除をした。戻ってきた会長と一緒に新しい藁を敷き詰める。
それを繰り返し、午前中が過ぎ去った。
って、あたし何をしているの! 自分の寝床作りに来たのに、馬の寝床こんなに作って!
「素晴らしいな! アリア、君は最高だ! お馬様のためにこんなに献身的に働く女性はレイシア以来だ!」
なんか勘違いされてる? さっきから出てくるレイシアって誰? 馬の世話好きな女性なんかいるの? まあどうでもいいけど。
「よし、ランチにするか。よく働いたし少し良い店でお昼を取ろうか」
「ご遠慮いたします」
「え?」
当たり前じゃない。馬糞運んでたのよ。
「会長、見ての通り制服が汚れてしまいました。よい店に来て行ける服など私には他にございません。私は手持ちの食料でなんとかしますので、会長はご自由にランチなさってください」
さすがにこれじゃあ行けないよ。着替えて制服を洗ったら下町に行こう。
「手持ちの食材? 何をするんだ? 気になるな。一緒にいていいか?」
えっ? 無理! ってか、断れないの、これ? キラキラした目で見ないで下さい会長! どうする? 仕方ない、断れない、やるしかない!
「では着替えと準備がありますからここでお待ちください。すぐに用意しますので」
なんでこんなことに! 私は急いで着替えに戻った。
◇
まな板とナイフ、パンと腸詰めとチーズ。かなり贅沢に作るしかない。くっ、もったいないが仕方がない。これが私の今の最高の贅沢飯だ! あ、ミント発見! これも使いましょう。
「藁、少し貰いますね」
そう言って藁に火を着けて、串に刺した腸詰めを地面に刺してあぶった。二つに切ったパンの表面を、やはり串に刺して焼く。その後今度はチーズを串に刺し、とろけるまで火にあぶり、半分に焼いたパンの上に置いた。
その上にミントの葉を乗せ、こんがりと焼けたソーセージを乗せる。これで完成だ。
「どうぞ。ソーセージが落ちないように指で押さえて食べて下さい」
会長に声だけかけて、あたしは食べ始めた。熱いものは熱いうちに食べないと!
カリっと焼けた歯ごたえのあるパンと、パリっと焼けたジューシーなソーセージが下あごと上あごで押し切られる。熱いチーズの濃厚な香りが口いっぱいに広がる。くどくなりそうな肉と乳の脂が、爽やかなミントに香りで中和され、濃厚で味わい深い旨味だけが喉の奥に流れていく。
「美味しい!」
「美味い!」
あ、会長がもの凄い勢いで食べている。お腹減っていたのかな?
「アリア。最高だ! 料理上手いんだな」
え? 焼いて乗っけただけじゃない。
「アリア、俺のためにまた料理を作ってくれ!」
えっ、それって平民のプロポーズの言葉! あ、いや、貴族女性は料理作らないね。知らないだけか?
「会長、みだりにそのような言葉をおっしゃってはいけません」
「なぜだ? こんなに美味いのに」
よかった。知らないだけだった。
「俺のために料理を作ってくれ、というのは平民の中ではプロポーズの言葉として一般的に使われているものです。勘違いなさる女性が出ると大変ですよ」
一応伝えておこう。なんか、会長が赤くなってごにょごにょ言っているよ。聞こえないからまあいいや。とっとと食べよう。あ~美味しい。
「その、なんだ、勘違いじゃなく……」
「大体、こんな庶民の料理を食べなくても、きちんとした店で食事をして下さい。私の貴重な食材も限りがあるのですから」
今回は会長に出すから奮発しすぎた。夜はパンだけでいいか。まあ、たまの贅沢はいいよね。よく働いたし。
その後、生徒会の仕事をして一日が終わった。会長に夕食を誘われたけどお断りをした。だって寝床作らないと! 一度学校を出たふりをして更衣室に籠り、月明りの中藁を運んで何とかベッドらしきものが完成した。あ~、やっと寝られる。お疲れ様、あたし。
疲れたのかぐっすりと眠ることができた。
翌朝、下町に行こうと早めに門に向かったら、また会長に会って馬小屋の掃除に付き合わされたのは、また別のお話。
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