聖女のお仕事 462話
「明日は王室主催のパーティーでの実習があります。一年生は先輩たちや卒業した聖女たちの仕事をしっかりと見学してください。夜更けまでかかりますのでお昼までゆっくりと睡眠を取ってから来るように。実習ですが給金も支払われますので、しっかりと行うように。では解散」
夏休みの終盤、あたしたち聖女クラスの生徒が集められ授業を受けていた。学園祭の準備で夏休みなのに騒がしい。まあ、寮も再開したからあたしにとってはありがたい話なんだけどね。学園祭でもパーティーで同じような実習を、こんどはあたしたち一年生もやんなきゃいけないからちゃんと見ておくのは大事だよね。
取り合えず解散したから、あたしは生徒会の仕事をするためいそいで生徒会室に向かった。
◇
王子様が夕飯をおごってくれるそうだ。いいよ、今日は金曜日。寮でご飯が出るから。そう言うと悲しそうな顔をした。
……そんな捨てられた犬みたいな目をしなくても! ……そういうのは数日前に言って! 寮に連絡を、って連絡しておく? いいよ。いいったら! あ、そうですか。分かりました。そこまで言うなら従いましょう。
「明日のパーティー、本当は出る予定はなかったんだ。姉に無理を言われて。レイシアも関係しているから出ない訳にもいかず。今姉と顔を合わせたくないんだ」
なんかよく分かんないけど、しょうがない。
「大変ですね。私が役に立つとは思えないのですが話くらいは聞きましょう」
これでいいのか? 何もできないよ!
「ああ。ありがとう。アリアといれるだけで十分だよ」
友達いるでしょ! 他も誘おうよ!
貴族っぽい言葉遣いでそう言ったんだけど、「二人がいい」と言われたよ。そうか、姉にバレたくないのね。報告されないとも限らないから高位の貴族じゃダメなのか。そうか。そうだよね。あたしは貴族と関係ない聖女クラスだから繋がりないし。なるほど。
王子があたしに愚痴を言う理由が分かってなんか腑に落ちたよ。二人きりってそういうことか。うん。そう思えば奢ってもらう分の仕事してるよ。大丈夫。秘密は洩らさないから! 仁義って大切だよ。ゴーンの親分も言っていたからね!
あたしは仕事として猫をかぶり、美味しい料理を食べながら王子の愚痴を聞いていた。うん。仕事だからっ! 頑張るよっ!
◇
パーティー会場の二階には、聖女の衣装を着た女性たちが沢山いた。私達が入ると、「まあ懐かしわね」と先輩たちと話しを始める聖女様が何人も出てきた。去年一昨年卒業した先輩たちらしい。
私達一年生はならばされて自己紹介を始めた。みんな優しく迎え入れてくれたよ。
「ここのお菓子、好きに食べていいからね。あとで食事も出てくるから」
そう言うと先輩はクッキーを私達に勧めてくれた。
私達は先生からここのシステムの説明を受けた。聖女がかわるがわる室内を明るくする魔法を使い続けるのが仕事。天上の隙間からパーティー会場が見える。六つあるシャンデリアの中央にガラスの玉があるから、そこに向けて魔法を発生させるそうだ。
外が黄昏色に染まってきた頃、二~三年生の先輩たちが光魔法で照らすように言われた。
「今の時間なら、外の明かりと混じるから不安定でも気にされないの。練習にちょうどいいのよ」
先生が私達に教えてくれた。10分位経つと「もうダメです」と脱落していく先輩が出てきた。
「頑張りすぎよ。力の配分を覚えないといけないわね。いいわ、交代して」
一人20分で交代していく。どんなに余裕があっても必ず交代して魔力を回復させる方が効率いいみたい。聖女の卒業生たちは優雅にお茶を飲みながら私達に色々な事を教えてくれた。
「聖女の仕事はこうやってパーティーや夜会で明かりをつけることもあるのよ。臨時の仕事は稼ぎがいいのよ」
「私は教会と契約しているから日々の暮らしは安定しているの。神の像を高位貴族が来た時だけ明るく照らすのよ」
「私は劇場と契約しているわ。劇団員にはばれないようにしているからオーナーしか明るくなる仕組み知らないんだけどね。いい、内緒よ」
明かりを照らすだけでもいろいろな仕事があるんだ。そしてこのくらいのパーティーがある時は、一気に集められるらしい。
「まあ、食べるには困らないどころか平民出身の私から見れば信じられないほどの給金が出るわ。あなた達もしっかり励みなさい」
卒業した先輩たちはそう言って私達を餌付けするかのようにお菓子を与えてくれた。
「一年生、あなた達も経験して見なさい。10分出来たら大銀貨5枚王家に請求できるわよ」
先生が「まだ明るいから失敗しても平気よ」と一年生を誘ってくれた。五万リーフという大金につられ私達は混ざった。私以外は脱落したが、私は一回転20分やり切ってもまだまだ余裕だった。
「アリアは出来そうね。じゃあアリアは正式に数に入れましょう。学生としての雇いなので大銀貨8枚だせるわ。あと5回はお願いね」
先生は私が貧乏なのを知ってくれている。
「期待しているわ。学園祭のパーティーでも活躍してね」
そう言って微笑んでくれた。
◇
いつまでも終わらないじゃない!
王族が帰って二時間は続くって聞いていたけど、もう四時間。本職の筈の聖女の皆さんの顔にも疲労が出てきた。先生たちも交代交代で参加することになったんだけど……。
なんで終わらないのよ!
先生が話を聞きに行ったところ、今年は新しい調理器具と料理、石鹸の話題で情報戦が止まらないらしい。なに?石鹸って! どうでもいいじゃないそんなの!
運ばれてきた料理をかわるがわる摘まみながら魔力の回復を待つ。会場の明かりは6割程に落とした。
うん、おいしい。温かいスープが懐かしい味を出していた。このごった煮感は下町の味。冷めた料理が主体の貴族の料理では出せない油の浮いたスープ。懐かしい。
聖女は平民出身が多いから気を使ってくれているのかな?
懐かしい味に緊張していた体が緩んだ。
「先生、お手洗いに行きます」
「そう? 貴族にあっても話しかけないようにね。お客様用のトイレは使わないように。場所は覚えているわね。そうよ、行ってらっしゃい」
私はゆったりと上品さを保って、お手洗いに向かった。
◇
帰り道、貴族男性から声をかけられた。私は下を向いてやり過ごそうとしたんだけど。
「おお、聖女かちょうどいい。今外で料理人が見世物をしていてな、明かりが欲しいんだ。ついてきてくれ」
断ることもできずついて行ったよ! そこには吊るされたボアと、小柄な女性の料理人がいた。
「吊るし切り⁈」
思わず声が漏れてしまったよ。かなり珍しい解体方法なんだから! 魔物の解体は小さなころにしょっちゅう手伝っていたから分かる。あれできる人って尊敬されていたのよ!
月明りだけでは影が出来て危なそう。確かに明かりがあった方がいいわね。月明りを邪魔しない程度の弱い明かりを影の側に当たるように魔法を放った。
ナイフで器用に毛皮を剥いでいく料理人の手さばきは見事なものだったよ。脂で切れ味が悪くなると、近くの木に投げては刺し、新しいナイフをどこからか取り出した。
どこに隠し持ってるのよ、そんな大量のナイフ!
見たこともない大きな、剣のような刃物を構えるとボアの腹を一気に切り裂いた!
内臓が下においてある樽に、ドロッと落ちていった。
「キャー」と悲鳴が上がり、見学していたお嬢様が何人か倒れた。
人々が女性たちを助けに駆け回っている間に、料理人はどこからか水を出し内臓を冷やすと同時にボアの腹の中を洗浄した。
どこからその大量の水が出てくるのよ!
さすが王室の料理人。私は息を飲んで解体作業を見つめた。よく見えるように明かりも強くしたよ。
素早く、しかし確実に部位ごとに切り分けると歓声が上がった。メイドが肉を持ってパーティー会場に行くと、その都度肉と共に何人もの貴族がついて行った。
「何をしているんですか、アリア!」
先生が私を探しに来た。私は貴族に連れてこられたことを説明して二階に帰っていった。
貴族のごり押しのため、怒られはしたけど問題にはならないようにして貰えたのはラッキーだった。
パーティー会場から、焼きたてのお肉の串焼きが来た。さっきのボアか。皆が美味しそうに食べている姿を見て、肉屋でのお客さんの顔と母さんを思い出したら泣けてきた。
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