アリアのお茶会 428話

「アリアさん。あなた休日のお茶会に何回出席しましたか?」


 女性貴族基礎学講座が終わると、女教師がアリアに近づき尋ねた。


「はい? お茶会ですか? いえ一度も」

「そうですか。これから私の部屋に来なさい」


 アリアはそう言われて教授の部屋について行った。


「あなた、なぜお茶会を開かないのですか?」


 アリアは「そう言われましても」と言いながら答えた。


「お茶会、どうしたらいいのか分からないのです」

「分からないとは?」

「お茶会に呼ばれたことがないので、どのように行えばいいのか分からないのです」


 教師は信じられないという表情でアリアに言った。


「お茶会の練習なら授業で行っていますよね」

「はい。ですが誘う方法とか手紙の書き方は習っておりません。もちろん誘われたことがないのでどのようにしていいのか分からないのです」


 教師は頭を抱えた。


「それは小さい頃から各家庭で習う事なのですよ。お母様から習わなかったのですか?」


 アリアはうつむいた。リア母さんから習ったのは肉の保存の仕方、包丁の扱い方、ショバを取り仕切る組の者達との付き合い方などだ。


「実母は早くに亡くなりましたので。それに下町で社交はおこなっていませんでしたから。引き取られた後も社交は出たこともありませんですし」


 教師はため息をついた。


「まあ、私が異色なのは分かっています。ですが先生? 私は聖女として学園に入りました。貴族の社交はいらないのではないでしょうか?」


 お茶会とは貴族が誇る格式ある行事。見栄と予算を惜しんでは恥になるもの。学園では、その練習として簡易なお茶会があちらこちらで行われる。そのためアリアたちがいる寮でも土日は練習用お茶会や練習用夜会を行う前提で食事が出ないのだ。金のない平民落ち確定の法衣貴族にとっては厄介な制度なのだ。


「あなたは、貴族の一員としての自覚はないのですか。級友と仲良くなろうと贈り物をしたり話しかけたりすることはしておりますか?」


 アリアとて何もしなかった訳ではない。しかし、もともとの基盤のない貴族社会。辺境の地の男爵家で王都までの距離があるのに、グレイ家の義母や義姉との関係性が正常とは言えない中ではお茶会などの社交どころか、存在自体が空気のようになっていたのだ。


「では、あなたは休日に何をしているの? お茶会にすら出られないのならさぞ優雅にすごしているのでしょうね」


 アリアにも分かるように嫌味を交えて教師は言った。


「勉強をしています。平日は生徒会の仕事で勉強できませんから。ランプの燃料を買う余裕もないですし。土日は硬いパンを少しずつ噛んで何とか乗り切っているのです」


 教師は頭を抱えた。そして(似たような会話、去年もしていましたね)と、レイシアとのことを思い出した。


「昨年も同じような生徒がおりました。その生徒は奨学生で領が借金だらけなのです。彼女は参加者に法衣貴族を集めて、そんな状況でもお茶会を開いたのです。あなたも一度でいいですから夏休みまでにお茶会を開きなさい。いいですね」


 教師からの命令で、アリアはお茶会を開かなければならなくなった。



「どうしたアリア、ため息なんかついて。書類を書く手がとまっているんだが」


 生徒会室でアルフレッドがアリアに声を掛けた。


「あ、すみません」

「ああ、別に怒っているわけじゃないんだ。いつも優秀で書類仕事を完璧にこなす君が、めずらしくため息なんかついているからさ。悩み事でもあるのか?」


 たまたま二人きりの生徒会室。他に相談できる人もいない。アリアは身分差を忘れ王子のアルフレッドに話した。


「お茶会を開かないといけないのです。授業の課題で」


 アルフレッドは去年レイシアが、とんでもないお茶会を計画していたことを思い出した。


「そういえば去年レイシアもそんなこと言っていたな」

「レイシア様ですか? それはどのような方なのでしょう?」


「ああ、俺の入っているゼミの同期でライバルだ。子爵令嬢なんだが領地に起きた災害による借金があって、今は奨学生という立場で通っているヤツだ」


 先生が言っていた奨学生って王子様の知り合い? アリアは参考にしたいと、思わず立ち上がりアルフレッドに近づくと聞いた。


「そのレイシア様はどのようなお茶会を開いたのですか? 予算は? 場所は? お会いできないのでしょうか」


 アルフレッドは去年の記憶を探り、アリアにこういった。


「ヤツのやり方は参考にしない方がいい。常識というものが崩壊するぞ。そう、会わない方がいいと思う」

「どうしてですか?」


「たしか予算だけで金貨30枚は使ったみたいだったぞ。郊外の店を借り切り、一人ひとりにメイドを付け、見たこともないお菓子と高級なお茶でもてなし、作家をゲストに呼んだお茶会だ。真似などできない」


 アリアは混乱した。金貨30枚って300万リーフ! 貧乏で奨学生になっているはずのレイシア様の金銭感覚が分からない。爵位って一つ上がるだけで使うお金が、予算規模が変わるものなの?


「いろいろとおかしいからレイシアには会わない方がいい。参考にならないどころか害悪しかない。まともな学園生活を送りたければ忘れるんだ」


 レイシア被害者の会ができるとすれば、筆頭になってしまうアルフレッド王子。こんな常識的な子をレイシアに会わせてはならないと固く決意した。


「とにかくだ。レイシアの時に俺も調べてはみたんだ。男爵クラスのお茶会、特に寮生などこちらに居住地もない者が多い。そんな生徒は学園の更衣室などでひそやかに行っているそうだ。生徒会のメンバーを誘うのは爵位の関係でお茶会のクラスが上がりすぎるだろう。アリアなら、聖女コースの一年生を誘ったお茶会にしてみたらどうだ?」


 アルフレッドが常識的なお茶会を提案した。やればできるのが王子の実力。


「なるほど。それならできそうですね」


「なんなら同じ寮の先輩とかに聞いてみたらどうだ?」

「そうします。ありがとうございました」


 満面の笑みでアリアがお礼を言った。もちろん猫はかぶったまま。

 アルフレッドはその笑顔にドキドキしっぱなしだった。



 寮に帰ったアリアは、着替えをさせてもらいながら、メイドコースの先輩に聞いた。


「すみません。教えて欲しい事があるのですが」

「あら、めずらしい。どうしたの? いつも無口なあなたが質問なんて」


「あ、ごめんなさい」

「ああ、いいのよ。ほら、貴族女子コース取っていると法衣貴族は高位貴族の女性に先に話しかけてはいけないって暗黙の了解があるじゃない。話しかけたくても、許可取った仲良しの子でもなければ私達から話しかけられないのよ。知っているでしょ?」


「ごめんなさい。知りませんでした。てっきり嫌われているのかと」

「そんなことないよ。ねえ」

「もちろん。こうして雇ってもらえているし。感謝こそすれ嫌ってなんかいないわよ」


 話しかけられないのではなく、話すきっかけがなかっただけ。アリアは涙がでてきた。


「じゃあ、これからは普通に話していいんですか?」


「あなたがそう望むなら」

「そうね、そうだとうれしいわ。えっ、アリアさん、大丈夫?」


「だ、大丈夫です」


 安心して力が抜けそうになった。


「それで私、お茶会を開かないといけなくなったのですが、やり方も何も分からなくて」


「ああ。高位貴族の義務ね。大丈夫? 友達いるの? 参加者募らないと」


「聖女コースの子を誘ってみようと思っています」


「そう? なら私達を雇いなさい。メイド必要でしょ? 相談料込みなら一人10000リーフでいいわ」


 アリアは頭の中で現在の所持金を思い出し、教会で値切れたことに感謝した。


「お願いします。いろいろ教えて下さい」


 お茶会を開くという課題が、アリアに頼れる先輩とのつながりを作り、寮での人間関係が良くなってゆく兆しを作っていくことになった。



「会長、ありがとうございます。おかげで何とか開けそうです」


 アリアはアルフレッド王子にお礼を言った。


「そうか。プランをみせて見なさい。……そうだな、お茶とお菓子は生徒会室から持っていってもいいぞ。休みに入るから、余っているクッキーなんかは処分がてら持ち帰る役員もいるからな。それから、そうだな。ゲストがいないな。まあ、小さなお茶会だからこれでいいのか? アリア。俺がゲストでどうだ?」


 いきなりとんでもないことを言われた。王子がゲストのお茶会って! どんな行為の貴族のお茶会になるの!


「えっ? ゲストが会長……ですか?」

「ああ。俺だったら無料で手伝ってやる。話す事が苦手な君を手伝ってやれるぞ。生徒会のお菓子を出しても誰も文句は言わないだろう。いつも頑張ってくれている生徒会員アリアへのささやかな褒美だ。いいね」


 いいね、と言われて拒否なんてできないアリア。もはや提案ではなく命令。生徒会の仕事が終わった後、お茶会の計画を二人で立て直すことになった。



「あの、皆さんにお願いがあります。貴族女子クラスの課題でお茶会を催さなければいけないのですが、皆さん参加してもらえないでしょうか」


 聖女コースの一年生に、授業が始まる前に声を掛けた。掛け持ちで全部の授業に顔を出せず、さらに寮まで違うアリアは聖女クラスではなんとなく浮いている存在だった。被っているネコが邪魔を、というか下町の言葉でなければ話しかけるのも苦手なため、地味なのにお高くとまっている高位貴族と思われていたのだ。


「お茶会? ですか?」

「ええ。課題で仕方がなく開くのですが、せっかくだから……いえ、本当は皆さまと仲良くなりたいのです。どう会話したらいいか分からなくて。……あの、皆さんには私から話しかけないといけないルールがあるって知らなかったの」


 寮のお姉様たちから心配されて教えられたアドバイス。自分から話しかけないといけないことを知らなかったと謝ること。友達の契りを交わして、自由に話しかけてもらえるようにすること。


「私は法衣貴族としてそれなりに教養もありますからドレスを用意することもできますが……スズさんたちはどうする気?」


「お茶会でも最低ランクのお友達仕様しかできないから、制服でどうかな」

「制服のお茶会ね。それなら私も楽だわ」


 唯一の法衣貴族シルチェが頷いた。平民の聖女三人は貴族のいうことに逆らえない。


「あの。貴族と思わないでいいですから。私も10歳までは下町で育っていたから。今はこうだけど、気持ちは平民なの。卒業したら貴族の籍抜くつもりなの」


「「「え???」」」


「だから怖がらないで下さい。シルチェさん。あなたの方が私より貴族らしいのですよ」


 アリアは身の上を話した。聖女クラスのみんなとの距離が縮まっていった。やっと学園でアリアに友達ができた。



 お茶会当日。先輩二人には話していたのだが本気にはされなかった王子が打ち合わせにやってきた。


「ア……アリアさん……本物……」

「ア……アリアさん……本気?……」


 固まるよね。アリアは心の中でごめんなさいをした。


「いつもアリアが世話になっているそうだな。今日はよろしく頼む」

「「は、はい!!」」


 雲の上、いや、絶対に声なんかかけられることのない王子様が、法衣貴族しかもメイドコースの二人に気さくに声をかける。かけるほうは大したことがなくても、かけられた二人のプレッシャーと言ったら!


「これが俺からの差し入れだ。俺が登場した後、皿に二枚ずつ乗せて皆に出すように。レイシアから何とか売ってもらえたサクランボのジャムが乗ったクッキーだ」


「「えええええ~」」


 噂で! 噂でしか聞いたことのないサクランボのクッキー。ジャムが金貨一枚で取引されたとか、王女様のお気に入りのお菓子だとか、一枚でも食べたら幸運が訪れると言われている幻のクッキー。しかも一人に二枚?


「君たちの分もある。お土産で持って帰るといい」


「「はいい!!??」」


「ではよろしく頼むよ」


「アリアさん、ちょっとお花摘みに行ってよろしいかしら」

「わ、わたくしも」


 先輩二人は逃げた。しっかりと離れてから大声で叫んだ。


「ありえない!」

「いやだ~! こんな緊張するお茶会!」


 一人じゃなくてよかった。お互いが喚きながら愚痴を言い合い、平常心を取り戻そうと必死になっていた。



 落ち着きを取り戻した二人は、完璧に仕事をこなそうと必死になった。緊張してやってきた平民聖女たちを貴族の女性として丁寧に扱い、お茶会での振舞い方をさり気なく誘導しながら教えた。


 先輩たちの活躍により場が温まった所でアリアが登場。「気楽な会ですので」と挨拶をすると、お茶会初心者の初々しさに場が和んだのだが、王子の登場により穏やかだった空気は崩壊。


「アリアはいつも生徒会のため、言うなれば君たち学園生のために一生懸命働いている。今日はそのお礼として俺がゲスト参加をしている。ここでは俺に気軽に話しかけてくれ。安心しろ、無礼講だ。この場では気軽にアルフレッドとでも呼ぶがいい。あはははは」


 出来るか! 心の中で全員が叫んだ。王子の笑い声だけが空しく響く。先輩二人は(参加者でなくてよかった)と、言われた通りにお菓子を配った。


「これは俺からの差し入れだ。遠慮せず食べてくれ」


 一年生しかも聖女コースという閉ざされた集団であるため、幸いなことにクッキーの噂は聞いていない。値段も噂も知らなければそこにあるのは美味しいクッキー。貴族では手に入らないのに、平民の方が手に入れやすい不思議な販売網のクッキー。


「「「おいしい」」」


 クッキーの魔力か、参加者の顔がほころんだ。


 王子はなんだかんだ言いながらも社交は仕込まれている。緊張していた参加者も、王子の巧みな話術と聞き上手なテクニックで後半は盛り上がりを見せた。


 楽しい時間が過ごすことができた参加者たち。自分一人ではつまらない茶会しか開けなかったと、王子の凄さを目の当たりにして感謝をした。


 お茶会が終了した。ゲストを見送り王子が帰り、先輩二人と後片付けを行う。


「アリアさん。本当に王子様が来るなんて。凄い経験させてもらえてありがとう」

「いえ、先輩たちには本当にお世話になって。ありがとうございました。あの、これからもよろしくお願いします」


 こうして、アリアのお茶会は成功に終わった。アリアは寮にも聖女クラスにもなじむことができた。本来の意味でのお茶会の効果が発揮された。


 先輩たちと帰ろうと外に出た時、そこに王子がいた。


「じゃあ先に帰るね」

「寮母さんには言っておくから。遅くならないようにね」


 先輩二人は気を使ったのかアリアを残して帰った。


「アリア時間はあるか? よかったら食事をして帰らないか? ほら、土日はロクに食事をしていないって言っていただろう? 今日の頑張ったご褒美を俺から送らせてくれ」


 世話になった王子の誘いを断ることなどできない。緊張が解けお腹も減って来ていた。


「ありがとうございます。アルフレッド様」


 王子はほっとすると同時に、心拍数が跳ね上がり顔を火照らせた。アリアとしては断れないがありがたい奢りの食事。王子にとっては初めての女の子と二人きりでのディナーデート。恭しくアリアに礼をし、手を差しだしては馬車までエスコートをしたのだが、貴族社会に疎いアリアにその意味が伝わることはなかった。

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