修道院のアリア 424話

 アリアは聖女コースと貴族コースを並列して取る珍しい学生になった。

 聖女コースは平民・貴族の区別なく、神の祝福を受けたと思われる少女が教会を通じて報告され学園に通う権利と義務を与えられるのだが、貴族の女性は貴族コースのみを受けることも可能。故に、土地持ちの令嬢は聖女コースを取らず、貴族コースのみを選択するのが通例。忙しくなるうえに特にメリットが見いだせないから。それに光の属性魔法を授かるのは平民が多い。人口比の関係なのか、神の願いなのかは不明だが高位貴族自体が人口からすれば少ないため当たり前の結果なのかもしれない。


 授業料も平民であれば無料。必要なものは支給され生活費も国から出る。法衣貴族で聖女コースを取るならば授業料は半額、聖女コースの教科書等は支給される。だが、高位貴族に至っては聖女コースであろうとそのような特典はない。それも高位貴族の令嬢が聖女コースを取らない理由の一つだ。貴族コースで学び婚約を交わす方がどこまでも有益と考えるのが自然なことだった。


 そういう意味でアリアはかなり珍しいケースなのだった。



「明日から二日間は修道院で祈りを捧げ、シスターより祝福を頂きます。アリアさんも明日は聖女の衣装で登校してください」


 貴族コースがある日は一日中ドレスを着ているアリア。貴族用の更衣室はもらっているのだが、メイドコースの先輩を雇うお金が惜しいため寮に帰るまで着続けている。他の日は簡単な私服か制服。聖女の衣装は特別な時だけに着ることにしていた。汚れると洗うのが大変なので。


「それから、教会では身分に応じた寄付が求められます。スズさんセリさんソラさんは銀貨1枚。明日こちらで渡しますので、そのまま寄付してください。シルチェさんは銀貨5枚をご用意下さい。アリアさんは男爵としての立場がおありですから、金貨1枚以上は納めて下さいね」


 金貨1枚10万リーフ! 金貨なんてないよ!


「銀貨10枚でもよいのですが、金貨だと同じ10万リーフでも箔が付くのよね」


 どうせ教会も修道院も同じだろう。神への寄付と言いながらろくなことには使われないんだ。生徒会の手伝い受けていてよかったと思いながらも、またすぐお金が出ていくのかと憂鬱ゆううつな気持ちになった。



 翌日、学園から馬車に乗り教会へ向かった。貴族仕様の馬車に乗るのも授業の一環。平民の生徒が、貴族の振る舞いを学ぶ貴重な体験になるのだ。


 修道院では、お香の匂いが全身からきつく発しているシスターが生徒たちを出迎えた。アリアはシスターの息に、酒とたばこの匂いがするのを感じた。


(ああ、あの神父と同じだ。来客の前に出る時に酒臭い息を誤魔化すためにお香を焚いて全身に煙を被るのよね。よほどの太客の時は前日煙草も酒も控えるけど、体に染みついているからね。特にたばこは。私達は……、まあ軽い客扱いね)


 アリアは、一見人の良さそうなシスターのおかげで、ヒラタの孤児院を思い出しげんなりとしていた。


「新しく聖女になられる皆さま。院長のサリーです。ここは光の女神ルミエル・サン・シリウスを祀る修道院です。ようこそいらっしゃいました。本日から二日間、皆さまにはこちらで聖女としての儀式と研修を行って頂きます。まずは荷物を大部屋に入れ、女神さまへの寄付を持ち聖堂にお集まり下さい。お手洗いの時間も含めて20分後、10時25分には集合するように。では、こちらのシスターについて移動しなさい」


 生徒たちは大部屋に案内され、急いで身支度を整えた。



 「ただ今より、新聖女たちのための祝福の儀を執り行います。名前を呼びますので、呼ばれた方はこちらに来てください」


 最初にスズが呼ばれた。緊張しながら院長の前まで進むと「寄付を差しだしなさい」と声を掛けられた。銀貨を渡すと笑顔で「水晶に手をかざしなさい」と言われた。

 おそるおそる手をかざすと水晶が淡く光を放った。その光はスズの魔力を温めた。水晶の光がスズの体に入った。熱と光がスズの手の周りに集まる。


「祈るように手を合わせなさい」


 院長の言葉に導かれ手を合わせ祈りを捧げると、目の前に小さな光の玉が浮かび上がった。


「おめでとう聖女スズ。あなたはこれから神に仕えこの光を育てていくのです。今はまだ小さな光ですが、これからより大きく明るい光になることでしょう。聖女として清く正しく生活するように」


 スズは感動の中「はい」と答えるのが精一杯だった。熱を帯びた魔力と感動で上がった体温がスズの気持ちを高める。その姿と光を目の当たりにした聖女候補の生徒たちも興奮気味に見つめていた。


「ではセリさん、こちらへ」


 順番に寄付を渡し光を手に入れる生徒たち。感動に打ち震え涙を流す者まで出てきた。


 アリアもその光景を感動的に見ていたが、院長から「最後にアリアさん、こちらへ」と呼ばれ、院長の顔を見た瞬間に高ぶっていた気持ちが現実に引き戻された。


「寄付を」


 そう言われた瞬間、用意していた金貨ではなく、銀貨一枚を差しだした。


「銀貨一枚? 平民と一緒ですよ」


 院長が脅すような低い声でアリアにささやいた。


間違えたのでしょうか金貨だしな


 と笑顔で脅しにかかる。

 アリアはにっこりと笑みを顔に貼り付けこう言った。


「お神酒は神と信者に捧げるものですわ飲んでんだろ。シスターは清廉潔白なのですよねばればれだよ


当たり前ですうるさいですよ


「ですから、神と信徒以外の取り分は引かせて頂きましたあんたら寄付で飲んでんだろ!こんなもんでいいよねお香も高くなりましたわ酒とたばこの匂い隠せてないぞ


 あんたらの飲み代は引かせてもらった。酒臭い息を隠すために高いお香を贅沢に使いやがって! と遠まわしに嫌味を言うと、院長は笑みを深め、目だけで射殺すように睨みつけた。


神の祝福あれ呪われやがれ


ありがとうございますうるさいな院長様にもあんたこそ祝福がございますように地獄に落ちな


 この手のやり取りはヒラタの神父で慣れている。お互い力強く祝福のろいの言葉をかけると、アリアは水晶に手をかざした。


 水晶は光を発しない。しかしアリアの体の中の魔力はどんどん熱を持っていく。なぜか水晶から手を離すこともできないアリア。他の生徒と違う状況に焦りと不安で呼吸が浅くなる。


 その姿を見て院長は、願い通り呪われたんだと確信した。下卑げひた笑い声が出そうになるのを必死でこらえた。


 アリアの体は熱くなり、汗が噴き出してきた。院長以外は心配をしているがどうしていいのか分からない。


「アリアは聖女と認められ……」


 院長がアリアを否定しようとした瞬間、アリアの体の熱が光に変わった。あれだけ熱かった体は落ち着きを取り戻し、緊張も解け呼吸も普通に戻った。


 アリアの体全体が光をまとっているかのように光り輝いている。神々しさすら感じられた。様々な光の色に変化しながら手の先に集まっていく。


 やがてアリアの目の前に、頭より大きな光の玉ができた。


 院長はアリアを聖女と認めない訳にはいかなくなった。

 苦々しそうにアリアに祝福の言葉をかけたのだった。



 聖女としての心構え、光を扱うための基礎訓練のやり方と実践、光の女神への聖女としての祈り方。そういった事を引き続き指導された新たなる聖女たち。修道院では食事は朝晩の二回しかなかったため、終わるころにはすっかりへとへとになりお腹を空かせてしまっていた。


「今日のプログラムはお終いです。これからの流れを伝えます。みなさんは一旦先程の部屋に戻ります。そこからアリア様とシルチェ様は個室に案内いたします。その後、身分に合わせて食事になりますので、スズ様、セリ様、ソラ様はしばらくの間休憩になります。お疲れのことでしょうから、ゆっくりと休んでくださいね。食事の後は身を清めて頂き就寝となります。翌朝は5時に起床になりますので早く休んだ方が良いですよ。では部屋に戻りましょう」


 指導してくれたシスターが元の大部屋まで先導した。アリアは個室と聞き、(一緒に過ごしたら話もできて仲良くなれたかもしれないのに)と部屋があてがわれることを残念に思った。食事も別々では雑談一つできない。「私みんなと一緒の部屋でいいです」と伝えたが、「院長から言われていますので」と却下された。


 部屋につくと指導に関わっていないシスターが二人いた。引率したシスターに「院長から私達が部屋に案内するように命ぜられました」とメモを渡した。


「確かに院長のサインがありますね。案内は私の仕事でしたが。どうしたのかしら」


 不思議そうに言いながらも、アリアとシルチェを二人に託して去っていった。


 シルチェは予定通り用意された客室に案内された。アリアはシルチェが案内された部屋よりもグレードの高い客室に案内させる予定だったが、孤児院の反省部屋と言われる小さな部屋に連れていかれた。


「ここは?」


「孤児院の子が悪さをした時に押し込めカギをかける部屋です。アリア様に対しては孤児ではございませんのでカギを掛けることはいたしません。孤児院の中でしたら自由に移動できます。お手洗いとかの心配はなさらなくてよくなります。院長から手紙を預かっていますのでどうぞお読みください。では私はこれで失礼いたします」


 その手紙はひどいものだった。正当な寄付を拒み院長への当てつけの言葉を、神に背く証拠とする。反省を促すために孤児院で過ごしてもらう。鍵は掛けないので孤児に何をされるか分からないぞ。自分の身は自分で守りように。と貴族らしい湾曲な表現で書かれていた。


(孤児院か。修道院にもあるんだ。確かに普通のご令嬢なら震え上がるだろうな)


 アリアは自ら扉を開け、孤児を探しに行った。



 部屋の片隅で背中を合わせて座り込んでいる、痩せた女の子の孤児三人を見つけた。


「聖女様⁈」


 アリアに気付いた孤児が驚いて立ち上がろうとしたが転んでしまった。三人は顔を青ざめ壁際まで下がった。


「大丈夫? 心配しないで、何もしないから。あなた達リーダーは誰?」


 孤児の一人が「別の部屋にいます」と答えた。「案内してくれる?」と聞くと、立ち上がってアリアを連れて行った。



「私はベラ。ここのリーダーですわ。聖女様が何のご用でしょうか」


 女の子だけの孤児院。先ほどの部屋と違って穏やかな空気が流れている。


「あたしはアリア。2年ほどヒラタの孤児院でリーダーをしていたわ。一泊お世話になるから挨拶くらいしておこうと思って」


 ベラは驚いて目を丸くしたが、アリアが行った事、そのため反省室に入れられたことを聞いて状況を理解するとアリアを受け入れた。


「まあ、あの院長様にずいぶんと大胆なことを。そうですね、たいしたおもてなしはできませんが、ゆっくりなさってくださいね。反省室では大変でしょう。ベッドが余っておりますのでこちらでゆっくりとお過ごしください」


 ヒラタの孤児院とは違い、どこかおっとりとした孤児たち。先ほど見た光景とはまるで違う雰囲気と空間。先ほどの孤児はアリアを連れてきたらさっさと戻ったようだ。


「ここに連れてきた子は? あなた達とずいぶん違うみたいだけど」


 アリアが気になって聞くと、ベラは「当然ですわ」と答えた。


「私達は院長様から、美しく優雅にして神にお仕えするように言われておりますの。神は美しいものが大好きなのですから。私達は13歳になったらこの孤児院を卒業し外の世界に行きますのよ。先輩たちはみんな美しい姿で旅立ちました。あちらでアリア様が見かけた美しさが足りない孤児は、13歳になってもシスターとして孤児院に残るのです。シスターは清貧でなければ勤まりません。向かっていく先が違うので、住む世界を分けられているのですわ。ヒラタはそうではございませんの?」


 アリアは察した。(ああ、この子たち商品として売られていくんだ。美しさと無知を高値に変えられ売り飛ばされる。それまでの安心と幸せな時間をすごしているのね。高値にならない子を何人か残して下働きとして働かせる。それが向こうの子たちか。なんて残酷な事をするんだろう)と。

 そう思ったが、それを伝えてもどうしようもない。教えた所で今のつかの間の幸せを壊して絶望を植え付けるだけ。結果を変えられるほどアリアには力がない。ごめんねと心の中で謝りながらそ知らぬふりを続けた。



 夕飯は身分が高いものから集められ頂く。最初は院長とその取り巻き。アリアもそこに招待されるはずだった。彼女らが好きなものを食べた後に、役付きのシスターが集合し残った料理を下賜される。そこにシルチェが呼ばれた。その中には先程指導していた聖女のシスターもおり、シルチェは温かく迎え入れられていた。


 一般のシスターの番になり、平民出身の三人が呼ばれた。残り物を乗せた皿は汚れて料理は冷たくなっていたが気にしていられない。疲れて空腹なお腹にとにかく料理を詰め込んだ。


 のこった料理は汁ものと固形物二つに分け、大なべに混ぜ入れたものが孤児院に送られる。人数分かたいパンと一緒にシスターが教会の外に運んでいく。小汚い三人の孤児がシスターが去ったのを確認してから孤児院の食堂に運ぶ。身ぎれいな孤児たち7人が集まって料理らしきものとスープを各々盛った。


「アリア様もどうぞ」


 鍋にわずかに残った残飯のようなものを眺めアリアは聞いた。


「向こうの三人にはこれしかないの?」


「そうですわ。シスターで残るのですから。私達は美しくあるようにしっかりと食事をしないといけませんから」


 さも当たり前のように答えるベラ。アリアはスープとパンだけを残し、料理は鍋の中に戻した。


「私の分はこれでいいわ。あちらの三人に下賜します」


 アリアが言うと、ベラが微笑んだ。


「アリア様。皆さまが来られた今日の料理は、いつもより贅沢で量も多いのですよ。ご遠慮はいりませんわ。あの三人もいつもよりたくさん食べられますもの」


 すっかり貴族としての生活に慣れてしまったアリア。孤児の時代を思い出したら、確かに今日の料理は贅沢な料理だ。


「大丈夫。いつも贅沢をしているから。ここでは清貧を体験しましょう」


 平日は寮で朝と晩は立派な料理が食べられる。土日に節約でご飯をたまに抜いても動けなくなるわけじゃない。そんなことを思いながら食事の祈りを始めた。



 翌日は朝から清掃奉仕。朝食を食べ、昼まで魔法を扱う訓練と、修道院故の女性だけで行われる特別な神への祈りを捧げる儀式を体験した。

他の生徒が感動を味わっている中、アリアは孤児たちの事を思い気分がすぐれなかった。なんとか日程をこなしたものの、無力な自分を責めてもどうしようもない。自分でも分かってはいる。それでも孤児たちの現状になにもしてあげることのできないもどかしさが、いつまでもアリアの胸の中に残った。

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