生徒会のアリア 420話

「昔の伝統では、生徒会は伯爵家以上の子女が集まるサロンを兼ねた存在でしたよね」


 アルフレッドが引退した元生徒会長の姉であるキャロライナに聞くと、頷きながら言い返された。


「そうね。それを私が仕事の出来る生徒会に変えていったのよ。まあ、これから先はあなたの手腕次第ね。元通りにするのかしら?」


「まさか。確かに俺は側近を育てるのに失敗した。それで気がついたんだ」

「なにを?」

「爵位に胡坐をかいていてはいけないってこと」


「……そうね。だから育てるんじゃない。それがあなたの役目」

「そうなんだ。でもこの二年それを失敗した」

「分かってるじゃない。どうしてだと思う?」


「待てなかった。俺がやった方が早かったから。それに」

「それに?」


「特権階級という意識がヤツらには強くあるんだ。プライドだけが妙に高い」

「そうね」


「だからさ、階級が下の者を生徒会に迎え入れたいんだ」

「だからどうしてそうなるのよ!」


 話の飛び方に姉は突っ込まざるを得なかった。


「一つには今のままでは姉さんが卒業したら旧態依然の生徒会のようなサロン形式の生徒会に戻ろうとする力が働く。そんな感じがあるということは感じているんだ」

「そうね。あなたが悪いわ」


「もちろんそうはならないようにしても、俺が卒業したら今のままでは元通りになるだろう」

「それで?」


「だからまずは特権階級以外の生徒を入れる。もちろん仕事が出来る奴らを厳選して。彼らがいなければ生徒会が回らないようにすることで、爵位が高いからとふんぞり返ることができないように体制を変えていきたいんだ」


 少し弟の言葉をイメージしてからつぶやいた。


「そううまくいくかしら」


 アルフレドは自信満々に答えた。


「そのために、子爵以下には給金を支払う」

「はあ? 何を考えているのよ!」


 金? 金で解決しようとしているの? キャロライナは理解できない。


「正当な報酬を渡すことによって、仕事に対する意識向上を図りたいんだ。能力と仕事量に対する正当な評価を報酬と言う形で認める。それによって才能のある者を生徒会が引き入れやすくしていくシステムができると思うんだ」


 一応は考えていると関心はしたが、どこか納得ができない。


「そう上手くいくかしら。まあ、今はあなたが会長。確かにそのくらい大胆なことをしないとどうしようもないかもね、あなたの周りを見ると。好きにしなさい」


 呆れたように、しかしどこか楽しそうに弟を眺めたキャロライナ。


「報酬が雇用関係のようにならなければよいけどね」


 そう言い残して生徒会室を出ていった」


 ◇


 学園長にも許可を取り予算も確保した。反対した生徒会員たちには、大量の事務仕事をさせてみたら渋々合意した。成績上位の一~二年生と面接をし、何人か生徒会に誘った。レイシアにはやっぱり断られたが。


 それにしても……。下位の貴族や法衣貴族がこんなにもお金で困っているとは思わなかった。特に女子! ドレスや装飾品にお金をかけることができず平民を目指さなければいけない法衣貴族の生徒がこんなに多いとは。学園長に報告をしないと。


 生徒会の改革を進めることによってアルフレッドは初めて下位の者達の現状を知ることができた。特に男のせいか女子特有の必要経費というものにはいままで関心を持ったことがない。高位の貴族が裕福なドレスで着飾っているのは当然だが奨学生のレイシアが特に困らずに授業を受けていたように見えたので、今回話し合った生徒会候補者のリアルな声にとまどっていた。


「確かに報酬を払うのは必要な経費だな。アリアが渋っていたのも分かったよ」


 アルフレッドはアリアとシャルドネに報酬の相談をした。


「私には決める権限がありません。おいくらでもいいです」


 相談されても困るだけのアリア。シャルドネが先生らしく助け船をだした。


「まあ、生徒会は学生の自治組織だ。学園からの予算で高給を出すわけにもいかないでしょう? 平日の放課後2時間×20で40時間よね。一日1000リーフなら4万リーフ。これを基準に考えてみなさい」


 アリアや金のない法衣貴族にとってはかなりの収入。生徒会のメンバーにとっては小遣いにもならないはした金。絶妙な金額を提示してきた。


「まあ、予算もあるでしょうから何人引き抜くかで払える金額も変わるでしょう? 無理して高給にする必要はないわね。よく考えて決める事ね。それから、雇う人間に値段を相談するのはダメね。最悪の行為よ」


 アリアはうんうんと頷いた。


 ◇


 結局、一年生と二年生から二人づつ生徒会に増員した。どちらも男女一人づつだ。二年生は二人とも法衣貴族。一年生は法衣貴族の男子と男爵令嬢のアリア。

 アリア以外の新人は、高位の貴族とつながりを持てると喜んで参加した。


 雇われ生徒会のメンバーと一年生には、王女が育てた四年生の先輩が仕事を教えた。もともと才能があり努力家の彼らはすぐに仕事を覚えた。


 王子が育てた二~三年生の生徒会員は、働いている彼らをしり目に優雅にお茶を飲んでいた。上級生がそれを許しているのは王女である元生徒会長の指示がある二~三年生の王子の側近候補を育てるのはあくまでアルフレッドの仕事。バカを量産しても自業自得と嗤ってみていろと命じていた。いざとなったら弟もろとも叩き潰す。その覚悟を聞いた生徒会メンバーは、最初だけ仕事を教えたら後は目に入れないようにしていたのだ。


「下働きの者がきたんだ。アルフレッド様は上手いことを考えたものだ」

「あら、チャーリー様はあれだけ反対されておりましたのに?」

「私達は手を出さずいかに働かせるのかを考え行うのが役割ですよ」

「そのための報酬だ。精一杯働いてもらおう」


 そんな彼らをどう変えたらいいのか。今まで自分で働いた方が早い、期待するのをやめた、とほったらかしにしていたツケを後悔するアルフレッドだった。


 ◇


 アリアは、仕事は仕事と猫をかぶりながら、そしてあまり話もしないように淡々と生徒会の事務をこなしていた。はた目には内気で大人しい真面目な女の子に見えていた。

 しかし、入学式での王子のやらかし。また二年ぶりに出たAクラスの生徒。そして王子直々の生徒会への勧誘。悪目立ちするには十分すぎた。


 チャンスがあれば王子の婚約者にと、次期王妃の座を狙っている上位のお嬢様たちからは意味のない嫉妬をされ、同じ程度の男爵・子爵の令嬢からは関わらないように距離を取られ、一部ラノベ好きの女生徒からは勝手な妄想をもとにした噂話が盛り上がっていた。


「メンドクサイ」


 誰もいない校庭でつい本音が口をついた。どうしてもお昼ご飯を一緒に取るという名目で、お昼は王子達生徒会メンバーと高級な方の食堂に行かなければいけない。自由参加なのだが、最初に生徒会に入る条件がお昼ご飯を食べさせることが入っていたので断ることができなかった。


 食堂に向かう道すがら、また食堂で王子と二人きりになることもある。王子は面白いだろうがアリアは周りの目が苦痛だ。気の使い方も半端なくしなければいけなく疲れる。それに冷たい料理。


(あ~、この肉炙り直して食べたら肉の脂がジュウジュウととろけて口いっぱいに旨味が広がるんだろうな)


 などと思いながら淡々と食べる。もと肉売りの娘としては、せっかくの肉が最高の状態で出てこないことに不満だった。


「どうした? 美味くないか?」


 王子が聞いてきた。あわてて「普段の食事と違い過ぎるので戸惑っただけです」と答えたが何回目だろう、この言葉を言うの。こんな高い料理より、母さんと食べた出来立ての温かい料理の方がおいしかったよ。

 ……なんてことは言えないよね。ご飯食べられるだけでも贅沢なのに。


 アリアはため息が出そうになったのを、がんばって押しとどめた。


 ◇


 貴族女性コースの授業の日。席を確保してカバンを置いたら、王子からの伝言で外に来て欲しいと教室に入ってきた男子生徒から言われた。不信を抱きつつも外に出たら誰もいない。そのまま帰ってきたらカバンの中が荒らされ、教科書が数冊びりびりに破られていた。


「誰がやったの!」


 大声で叫んだがみんな知らぬふりをしていた。


「最初からそうだったんじゃない?」


 伯爵家のお嬢さんがそう言うと、「そうなんじゃない?」「知らないわ」そんな声があがった。

 

 教室中の悪意がアリアに向いていた。


 アリアは破れた教科書を机に並べた。一枚ずつていねいに広げて。


 やがて先生が入ってくると、アリアの机の上の紙を見て「何をしているのですか!」と叫んだ。


 アリアは「少し席を外した時に、教科書を破損されました。おかしいんですよ。これだけ人がいるのに、誰も犯人を知らないのですから。ああ、全員が器物破損の犯人かもしれませんね。一人一枚ずつ破いたのでしょか?」と先生に向かって話した。


「誰ですか。わたくしの授業の前につまらないいたずらをしたものは!」


 教師は目を吊り上げた。


「皆さんは淑女として成長なさる自覚はお持ちなのでしょうか。さてこんなつまらない事をしたのはどなた? それとも全員で行ったのですか? わたくしの授業を受ける資格のないものは何人いるのでしょうか」


 教師の圧力に黙りこくる生徒たち。被害者と証拠が揃っていては誤魔化すこともできない。


「誰も知らなければ全員で行ったということでよろしいのですね」


 教師の言葉に「ひいっ」というこえをあげた伯爵令嬢。一人の法衣貴族の少女を指差して「あ、あの子が破いていました」と声をあげた。

 その声につられるように、あちらこちらから少女を非難する声が上がった。


 伯爵令嬢からの命令で仕方なく最初に教科書を破かなければいけなかった少女は、先生と一緒に教室から出ていった。そのまま授業は終了となった。



「一緒に来て」


 教室にいた高位貴族の令嬢たちに囲まれて、アリアは使っていない訓練場まで連れていかれた。


「あなた、なんであんなことをしたの!」

「卑怯よ」

「先生に告げ口なんて!」


 様々な事を言われたが、アリアは何もしていない。


「教科書を破いたのはあなた達でしょ。私はそれを広げただけよ」

「どうしてそんなことをしたのよ!」

「貼り付ければ使えるから」


「また買えばいいじゃない! 嫌味なの!」


「貧乏なめるな!」


 アリアは初めて本気で怒った。


「だ、大体生徒会にいるのがおかしいのよ。生徒会を辞めて王子様と無関係になれば何もしないわ。私達も先輩から言われてやっただけなんだから」


「残念だけど生徒会は辞めない。王子はどうでもいいけど仕事が無くなるのは困る。だから辞めない」


「生意気な。みんなで無視するわよ」


「別にかまわないわ。今だって無視されているのと変わらないんだし」


「じゃ、じゃあ嫌がらせをするわ。今度は証拠を残さないように」


 令嬢がそう言うと、アリアは令嬢との間合いを詰めてあごに手をかけた。


「証拠を残さなければ何をしてもいいってのが貴族のやり方かい。だったらあたしはなんだって出来そうだよ。あんたらにゃあ見たこともない地獄を見てんだよこっちは! ぬくぬくと育ったお嬢さんに一体何ができるのかな? 悪いがあたしは窃盗や暴力、騙し騙される下町で育ったんだ。なんなら事故を装って綺麗なお顔に一生残るあざの一つもつけてやろうか? できるぜ、いくらでも」


 アリアが詰め寄ったお嬢様が腰を抜かし崩れ落ちた。


「そこまでだ、アリア」


 アルフレッド王子が出てきてアリアの暴走を止めた。

 アリアを囲んでいたお嬢様達は、助けに来た王子様にこころを奪われた。


 皆がアリアを断罪してくれると思った。しかし、王子はアリアに向かって「大丈夫か」と声をかけた。


「別に。大したことはありません」


 そっけなく答えるアリア。周りからは「どうして?」と声が上がる。


「君たちがアリアの教科書を破いたところから見ていた。たまたま通りかかった所に俺の名前が聞こえたからね。まあ、君たちが何をしたのかは後で学園長と担当教師に話しておこう」


「どうして! どうしてその子ばかり贔屓するの!」


 伯爵令嬢は心から叫んだ。


「思い違いをするな。俺たちは貴族として人々を導く責任がある。ノブリス・オブリージュ。貴族としての矜持が我々を支えているんだ。学生として君たちは何をおこなうんだ? 矜持なき者と、やるべきことを分かっている者。俺はいじめなどで時間を無駄にする者など相手にするわけがないだろう」


 令嬢たちは愕然とした。


「まあ、学園に入ったばかりでこれから未来がある君たちだ。これに懲りて自分のやるべきことを見つめるんだな。俺からも大事にならないように進言しておこう。しかし、二度目はない。肝に銘じて置くように。行くぞアリア」


 アリアを連れて去っていく王子を見ながら、残った令嬢たちは王子に何といえばいいのか分からないカリスマ性を感じた。

 颯爽とヒロインを助け連れ去っていくヒーロー。そして闇落ちしようとしていた自分たちに救いの光を差し示してくれた勇者。


 絵本から飛び出したような理想の王子像が令嬢たちの頭の中に描かれた瞬間だった。



「見ていたんでしょ。私は育ちもガラも悪いのよ。あんな言葉遣いなんて聞いたこともないんでしょ」


 アリアはやけになって王子に突っかかった。見ていたなら最初に止めてくれればいいのに。そう思っていた。


「ん? あの程度普通に聞くぞ。もっとエグイ言葉を使う子爵令嬢なら近くにいるし」


「脅していたのに?」


「あれで脅し? まさか? かわいいものじゃないか。目の前にフォーク突きつけたりしていないし」

「するわけないでしょ、そんなこと」

「するだろう普通」

「どこのならず者よ、それ」


 俺、レイシアから普通にやられていたんだが、とぶつぶつ言っていたがアリアには聞こえない。


「大体おかしいわよ! こんな素行の悪い女なんか生徒会に必要ないでしょ! やっと見つけた働き場所だったけどこれまでね。お世話になりました」


「何言っているんだ? あの程度大したことないだろう? 自分の身を守っただけだし。手も出してないし冷静な対処だったよ」


 どうなっているの? 王子の頭の中。アリアは理解できなかった。


「レイシアに毒されているのか、俺は?」


 王子も自分の日常、とくにレイシア関係がおかしいのではないかと思い始めた。


「まあ、大したことはない。むしろ君は生徒会に必要な人間だと改めて思った。これからもよろしく頼む。アリア」


 王子が手を差しだした。


「ま、まあ働かないと暮らせないのは私の方だし。職場としては悪くない所だし。よろしくお願いします」


 アリアも手を差しだし、握手を交わした。

 その瞬間、王子は思った。


(レイシアと同じ。働く者の手だ)


 王子の胸が高鳴る。ダンスなどで女性の手は扱い慣れているのに。

 レイシアに出会ってから、自由に生きるレイシアに惹かれていった王子。しかし、レイシアからは男としてもライバルとしても、もはや友人としても意識されていなかった。

 そこにレイシアのような面影を持ったガラが悪く口も悪いがかわいいアリアが現れた。勉強好きの努力家な所もレイシアを彷彿させる。普段制服で過ごすところまで同じだ。


 レイシアによっていびつにされた王子の女性観を、アリアは見事なまでに踏襲していた。


 気がつかぬまま、王子はアリアに必要以上の好感を持つようになったのだった。


 アリアはその後も生徒会で猫をかぶり続けたが、王子は(俺だけはアリアの本性を知っている)という謎の優越感を持つのだが、それはまた別のお話。


 アリアは王子がどうこうよりも、生徒会の仕事を続けて報酬を貰えることに安堵した。


 一年生の貴族コースの女生徒は、先生たちに厳重な注意と罰を受けたが、アリアと王子の嘆願により大事にはならなかった。その後は貴族としての矜持を学ぶ事に真剣になり、いじめのようなつまらないことをするような人間にならずに済んだ。


 結果的に、アリアは貴族コースの一年女子全員とその親族にそれなりの貸しを作らせたことになったのに気がつくのはかなり後になってから。破られた教科書はいじめの中心の伯爵令嬢が新品を返すことで決着した。

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