第一章 聖女 417話

 聖女コースに入った新入生は五人。三人は平民の女子。一人は法衣貴族の女子。そして最後の一人は男爵令嬢のアリア。アリア以外は寮が一緒なのでグループができあがっていた。


 アリアにとっての最悪な入学式が終わって、初めてといってもいい聖女コースの同期との顔合わせになるオリエンテーション。他の子にとっては寮内で仕入れた情報と仲間意識の前にはみ出した存在であることを強調付けられた時間だった。

 

 制服で教室に入ったアリア。目の前にはおそろいの聖女の衣装を着た新入生が揃っていた。入学式で強調された制服姿は、周りの子から引かれるような眼差しで見られていた。


 ぽつんと距離をおいて後方のイスに座る。浮ついたわらい声が教室に広がっているのを気にしないように本を開いた。教師が入って来て、賑やかなおしゃべりは止んだ。


「みなさん、入学おめでとうございます。みなさんは神に選ばれた方々です。スズさんとセリとソラさん。あなた達は平民ですが聖女です。この学園に入ったことで法衣貴族と同じ扱いになります。シルチェさんは元々法衣貴族ですから他の選択肢もないわけではないのですが、神に選ばれた身として聖女になって頂きます。聖女はささやかですが国から年金が付くのですよ。よろしいですね。それとも他にやりたいことがあるかしら。相談には乗りますよ」


「分かりました。聖女として神に仕えます」


 シルチェはそう答えお辞儀をした。


「よろしい。問題はアリアさんね」


 四人はアリアを見た。


「アリアさんは男爵家の令嬢です。聖女のほとんどは平民出身者、たまに法衣貴族の令嬢が力を授かって聖女のなるのです。土地持ち貴族の令嬢が聖女の力を受けるっていう事は本当に稀な事なのです。このまま聖女コースを受けると高位貴族としての教育は受けることができなくなります。アリアさん、このまま聖女コースを受けるのか、貴族として貴族教育を並行して受けるのか決めなければなりません」


 教師の言葉にアリアは反射的に答えた。


「私は貴族として生きることを放棄します」


 教師は驚いたが、諭すように言った。


「これはあなたの人生が決まってしまうことです。その様に簡単に考えない方がよろしいですよ。今はどちらでも選択できるように両方受けた方が良いと思います。そのようにカリキュラムを作りましょうね」


「いいえ、私は」


「いいですね。何事も体験してみないと分からないのですよ。一年間行ってみてから決めればいいのです。私も精一杯サポートいたします」


 有無を言わせない教師の言い方に、「はい」と答えるしかなかった。


「それでは、アリアさんは今から貴族コースの教室に行ってくださいね。聖女コースについては後日個別に説明します」


 教師は自分の助手にアリアを貴族コースの子が集まっている教室に案内するように命じた。アリアは言われるがまま移動することになった。



 貴族コースでは、自己紹介が行われていた。アリアは辺境の男爵位。序列でいえば一番下。教師は伯爵家の令嬢の挨拶が終わったタイミングでアリアを一番奥の席に移動させた。

 皆の挨拶が終わり、アリアの番がきた。豪華なドレスのご令嬢達の中、制服姿のアリアはどう見ても場違い。


「アリア・グレイ。男爵家です」


 言うこともなく簡潔に挨拶を終えると席に戻った。


「アリアさんは聖女として神の祝福を受けています。今後聖女コースと並行して授業を受けますので協力してあげて下さい。では、上級生の皆さまをお呼びいたします。準備がありますので10分程休憩になります」


 教師が出ていくと教室がざわついた。


「あの子さっきの」

「王子様が気にかけた制服の子」

「聖女? なにそれ」


「一緒の寮ですが、変わっているのよ」

「ドレスもないの」

「平民になりたいとか言っていたわ」

「相手にしないほうがいいわね」


 ざわざわした話題の中に悪意が広がる。入学式で目立った事が災いを大きくした原因だった。

 上級生からも王子にちょっかいを出した男爵の小娘はこいつかと睨まれながら、オリエンテーションは終了した。当然ながら、その後行われたパーティーには参加せずそのまま寮に戻ったが、全員がパーティーに出席する前提なのか寮には鍵が掛けられていた。


 アリアは玄関の前で本を読みながら待つしかなかった。その日の夕飯は用意されていない。寒さとひもじさと情けなさがアリアを疲弊させた。



 翌日、聖女についての説明が行われた。


「聖女については、皆さんは第3世王妃マリアーヌ様の伝説で知っていることでしょう。詳しく説明しますね」




――――――――――


 聖女伝説。それは第3世王妃マリアーヌの事を指す。戦乱の時代、祖国を失い新天地を求めた求めた一つの町があった。獣に追われ、盗賊と戦いながら山を超えやっと見つけた平地。そこを開拓して数十年。広がった土地と増えていく国民。そんな順調な開拓の途中、疫病が流行してしまった。


 人々は恐怖に怯えた。


 そんな時、一人の少女が女神様の声を聞いた。


「あなたに光の魔法を授けます。この力で病人を癒やしてあげなさい」


 少女は病人を治し続けた。人々は少女を聖女様と崇めた。


 最後の病人を治療し終わると、少女から治癒の力はなくなった。神から与えられた仕事は終わったのだ。


 その後、少女は王家に迎え入れられ、やがて王子と結婚をし双子の子供を生んだ。

 長男は国王になり善政をしいた。

 次男は法皇となり教会の体制を作った。


――――――――――




「これがわが国に伝えられている聖女伝説です」


 平民はここまでの話は知らなかった。ただ単に、昔聖女という王妃様がいたというくらいしか伝えられていない。興味深く目を輝かせながら王妃の活躍を聞いていた。

 アリアは逆にあの神父から余計な事まで教えられていた。




――――――――――


 王国名は『ガーディアナ』元々の王族はガーディアナを姓とし名告っていた。しかし現王はエルサム。ある時期ガーディアナ家からエルサムが交代した。法皇としては、初代の王族の血筋は自分にある。簒奪者の王族など認めたくない。そのため教会の立場を強め王家や貴族の力を削ぐことに専念するようになった。

 教会の者たちは、信仰よりも政治を取った。

 そのため教義を変え、神との信頼を失っていった。


――――――――――




 聖女であるアリアが王族を悪者と思えるように、そんな裏話を美しく教会の都合の良いように変えながら叩き込んだのだった。


 教師の話を聞きながら、神父の言葉を思い出した。


「どっちもどっちね。都合よく美化されているわ」


 どうせ伝説なんて、都合よく改ざんされるものよ。と興味も持たずに聞いていたが、次の説明で耳を疑った。


「このように初代から数十年は、聖女といえば治癒魔法を使う女性の事を指していました。……ここから先は聖女と王室、それに公爵と侯爵にだけに教えられる真実です。メモを摂ることも、他に話すことも禁止いたします。外部に漏らしますと神の怒りに触れることになりますので、心して守るように。いいですね。聖女だけの共通の秘密です。他の先生にも教えないように」


 生徒たちの背筋が伸びた。


「昔は聖治癒魔法を使える女性を聖女と呼んでいました。しかし、現在は光属性を持った女性は光魔法しか使えなくなりました。昨日の入学式後のパーティー、室内なのに明るかったのは聖女コースの先輩たちが光魔法で明るくしていたのですよ」


 教室がざわめいた。アリアだけは状況が分からずぼんやりと聞いていたが、ふと疑問が湧いた。


(あれ? 私治療したよね。怪我を治したよ。聖女って明かりを出すだけ? このこと先生に伝えた方が良いの? 黙っていた方がいいの?)


 アリアは自分が周りとまた違うと思い頭を抱えたくなったが、気づかれてはいけないと平静を装った。

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