少女アリアの邂逅 410話
「もうすぐこの家を出られる」
書棚にあった学園の教科書の最後のページを書き写した私は、やりきった満足感に浸っていた。領主コースなんて私には関係ないのに、暇に飽かして……。何やってんだろう私。
この家に来てから義母も義妹も義弟も私に関わろうとしない。たまに父が様子を見に来るが、何を話していいのか分からない。母が死んだ時のことを話した時、ショックを受けていたからね。私は猫をかぶったまま離れの部屋に引きこもることになった。
ご飯とかはちゃんと出たし、週に一度お風呂にも入ることができる。お風呂なんて贅沢を週に一度も。さすが領主様。普通は法衣貴族とか商人でもよほどの金持ちでもなければ風呂なんて入らないっていうのに。月に一二度水で体を拭くくらいが普通だよ。きれいな水に浸かるなんて、どれだけ贅沢だと思っているのか。風呂に水を運ぶだけでも大変なのに、その後捨てて掃除しなければいけないのよ。まあ、ここのグレイ領は川の上流にある村だから、領民は川で水浴びしているからね。領民が水浴びできるのに、領主が水に入ってきれいにしないって訳にはいかないし、きれいな水がいくらでも手に入るからね。川下のヒラタの都会とは大違いだよ。
田舎はよそ者には厳しいが、仲間内だけなら穏やかだ。私はいつまでもよそ者扱いだけどね。
それでも孤児院にいる時から見れば天の国にいるようだよ。なにもすることがなくて退屈な天の国。朝晩、着替えと食事の給仕にメイドがやってくるだけ。暇なので書庫の本を読み続け、それも飽きたから学園の教科書を片っ端から書き写していった。
もう、学園行かなくていいんじゃない? だいたい内容は理解したよ。
まあ、私は聖女ということらしいから、学園にはいかなきゃいけないんだけど。それに、学園を卒業したらあとは自由にしていいって言われた。この家に帰ること以外だったらね。
その方がお互いのためだね。私もそう思うよ。
卒業したらヒラタに戻るか。ゴーン組の組長に相談すれば仕事ぐらい何とかなるだろう。貴族は無理だ。あわよくば店を持って孤児院のガキどもが酷い扱いされないように見守ろう。
でなければ、ヒラタの教会に聖女として入るか。聖女ってどのくらいの地位なんだろう。ここに聖女クラスの本はなかった。知識が足りないな。
聖女の発言権が強いなら、それもいいかもしれないね。
学園では聖女コースに行くのが決定。土地持ちの貴族で聖女の場合は貴族コースと併用することもできるらしいけど、私は行かない。そう言ったら義母たちは安堵していたよ。大丈夫、学園出たらグレイの名は名乗らないから。そう言って安心させた。
結局、私は寮に入ることになった。寮にはメイドを三人まで連れていくことができるらしいが、義母の反対と予算不足により私一人で入ることになった。ドレスを着るわけじゃないから問題ないだろう。飯も朝晩ちゃんと出るようだし。土日は食わなくても死なないだろう。何だったら下町でバイトすれば
「教会の寄付をなくすなら、メイドの一人くらい連れて行っていいわよ」
そう言われたがお断りした。だいたい、寄付は神との契約だ。やめたらあんたらに災いが起こるんだよ。ガキどもの飯代減らすわけにもいかないしね。
「ドレスとか装身具とかはいらないから月々生活費だけくれ」そう言ってそれなりの生活費を貰うこともできた。卒業するまでなるべく貯めこもう。
まあ、感謝するよ。いじめられるわけでもなく、空気のように扱ってくれて。本を読む自由をくれて。飯と風呂を与えてくれて。あの孤児院から救い出してくれて。
あなた達には迷惑だったろうけど、私は幸せだったよ。この家で本を読み続けることができて知識が増えた。母さんが言っていた生きる力を増やせたよ。
もうじきだ。私もあなた達も自由になれるんだ。よかったな。
この家を出たらもう戻ってこないから安心してくれ。私はどこでだって生きていけるよ。母さんのようにね。
じゃあね、グレイ家のみなさん。邪魔したね。来週には家を出るから。家族仲良く平安な日常に戻ってください。
……………………ありがとうございました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます