第八章 ヒラタの孤児院 391話

 ヒラタの孤児院は、もともと孤児院長の神父が一人で適当に管理していた。もちろん利権を貪りつくしながら。

 しかし、アリが聖女としての力を発現し、さらに貴族の子供として父親のもとに引き取られたため、状況が一変した。


 

 アリが孤児院長と秘密裏にかわした契約と、引き取り先のグレイ男爵からの定期的な寄付、それに聖女を出した孤児院のある教会としての体面。それらが孤児への対応を見直さなくてはいけなくなった。


 孤児院長の神父はあせった。アリにも孤児たちにも今までの事は秘密にするように言い聞かせ、あるいは恫喝し、代わりに待遇の改善をはかった。


 孤児たちの食事はそれなりに良くなり、掃除も行き届くようになった。


 教会側としても、自分たちに起こった奇蹟であると宣伝し、教会への寄付も増えていった。


 孤児院長は、今までの記録を秘密裏に処理した。教会側も孤児院長のやっていることは知っていたが、そのまま孤児院長の職を任せた。何かあった時、責任を一人に被せるために。


 そうして、孤児たちの待遇は表向きには大きく改善していた。それから3年後、レイシアたちが孤児院を見学に来るとの知らせが舞い込んできた。


「領主様からの依頼だ。盗賊を捕まえた英雄の一行が孤児院を見学したいと言っているということだ。ちなみにターナーの領主の娘だということだ」


 ヒラタの教会の神官長が、孤児院長を呼び出して伝えた。


「ターナー? どこかで聞いたことがありますな」

「あれだよ。20年ほど前に本部に喧嘩を売って補助金も人員も止められている領主の娘だ」


「ああ。そんなこともありましたな。なぜ孤児院の見学など? 教会の見学ではなく?」


「サカの帝都の教会でここの噂を聞いたそうだ。適当に対処しなさい。できるだけ寄付金を出させるように。いいですね」


「小娘をいい気分にさせればよいのですね。分かりました。御心のままに」

「よろしく頼むよ」


 神官長は、そう言って孤児院長を追い出した。


「まったく。マージンをよこせってか。アリのせいで、寄付金の6割は孤児に使わないといけないのに。2割の時代はよかったんだが。まあ、総額は増えたがな」


 ぶつくさと愚痴をこぼしながら、見習い神父たちに孤児院の客室を飾り立てるように指示した。



「多分、きれいな所だけ見せると思うのよね」


 レイシアは見学の前日、お祖父様とマックス神官に相談した。


「まあ、そうでしょうね。わざわざ汚い所を見せる必要はないでしょうから。特に聖女を輩出した教会の孤児院となると、体面が大事ですからね」


「そうだよね」


「なにが聞きたいのだ、レイシア」


 レイシアは少し考えてから言った。


「孤児の本音、かな?」

「それは無理です」

「まあ、無理だろうな」


 マックス神官とお祖父様が間髪入れずに言った


「聖女が出たのが3年前。その前の事を知っている子供に話を聞きたいのですが」

「いや、無理だろう。いたとしても隠されるぞ」


「そうですよね。だからサチ、聞いて来て。私の代わりに」

「はあ?」


 いきなり話を振られたサチは何が何だか分からない。


「隠されている子供たちの所に忍び込んで話を聞いて来てほしいの。できるでしょ、サチなら」


「そりゃ、できますが」


「なぜそこまでしたいんだ、レイシア」

「本当の事が知りたいだけです。お祖父様」


 そうして、サチが別行動で孤児院に忍び込むことになった。



 教会にはレイシアとクリシュとお祖父様、マックス神官とポエムと執事が行くことになった。


「ようこそいらっしゃいました。ターナー子爵。私が孤児院長を仰せつかっております、クズリです。以後お見知りおきを」


「儂はターナーではない。この子の祖父のオズワルド・オヤマー。子爵だ。今日はよろしく頼む」


「しっ、失礼いたしました。レイシア・ターナー様が来られるとお聞きしていたものですから」

「よい。紛らわしいことをしたのだからな」


「レイシア・ターナーです」

「クリシュ・ターナーです」


 レイシアとクリシュが挨拶をすると、孤児院長は好々爺のような笑顔を振り向けた。


「ようこそいらっしゃいました。クリシュ様にレイシア様。わざわざこのような所に足を運んでいただきありがとうございます。今日は何を知りたいのでしょうか」


「その前に、孤児院へ寄付をさせて頂いてもよろしいでしょうか」


 そう言うと、執事が金貨入りの袋を孤児院長の前に差し出した。


「これは誠にありがた……、重い」


 あわてて袋の中身を確かめると、金貨30枚、300万リーフが入っていた。


「この間の盗賊退治でこちらの領主様から頂いた報償ですが、お納めください」


 金額の多さに、すっかり気をよくした孤児院長。そこにマックスが挨拶をした。


「私は、オヤマーの教会で神官をしているマックスと申します。この度はオズワルド様より、施設の見学の命を受けました。よろしくお願いいたします」


 孤児院長はマックスに近づき、手を差し出した。


「オヤマーのマックス神官と言えば、こちらでも噂は届いておりますよ。スーハーの伝道師でしたかね。取り入れた教会は信者が増えておるとの評判ですな。ぜひご教授して欲しいものです」


 マックスが手を出し握手に応える。


「せっかくだ。マックス、教えてあげなさい」

「かしこまりました。では明日はいかがでしょうか。若い見習い神父や神官に教えましょう」

「それはありがたい。では神官長に伝言をするように手配いたしましょう」


 にこやかに明日の予定を決めるマックスと孤児院長。一通り挨拶は終わり、孤児院長が、レイシアにたずねた。


「それでは今日は質問に答えることと、施設の見学でよろしいですかな」

「はい。よろしくお願いします」


「では、まずは聖女アリア様について話しましょう。アリア様はグレイ男爵ととある貴族令嬢との間にお生まれになった方でございます。男爵と生き別れたお母様はこの地、ヒラタの下町で商売をなさり、アリア様を育てておりました。アリア様はお母様の下で、勉強や礼儀作法をお習いになっていたのです。お嬢様ならお判りでしょうが、貴族は10歳になるまで何も勉強などなさらないのに、アリア様は7歳ですでに読み書きができたのでございます。母親が亡くなり、孤児になったアリア様は、この孤児院に入り、孤児たちのリーダーとして、時には優しく時には厳しく孤児たちの面倒を見ていました。そんな時、ある孤児がお腹を痛めて苦しんでいたのを看病していた時に、光魔法を授かったのです。この教会と私たちの日々の行いが少女に力を与えたのです」


 マックスは(ああ、こいつはダメなヤツだ)とうんざりしていた。上司にこのタイプはたくさんいる。

 レイシアも、クリシュも、孤児院長の胡散臭うさんくささに嫌な気分になっていた。


 孤児院を見て回ったが、どこにも孤児はおらず施設見学を自慢げな説明を聞かされながら見て回るだけだった。


「孤児はいないのですか?」


 レイシアがそう聞くと、孤児院長は「今は職業訓練のため他の施設に行っているんですよ。ここに残っているのは小さな子供ならおりますが」と答え、子供たちに会わせた。


 そしてこの視察は、孤児院長と教会にとって都合のよい所を、レイシアたちに見聞きさせただけで終わりとなったのだった。

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