第12話 偽鬼人ノ霍乱ト空ノ王者 中編1

 ラギたちに誘われ、ソロではキツイとは思っていたのでクリスはありがたく一緒に臨時メンバーとして行動させて貰うことになった。


 雲海ダンジョンの入口のゲートは見るからにソレらしく、石でできた枠だけある門の中は半透明の光る膜が張ってあるかのようだ。

 反対側の景色は見えるのに、手を差し込むと消えてしまうのだから、良くこんな場所に入ろうとした者がいたものだ。


 クリスもラギたちも何度か来た事のあるダンジョンだが、入る時はいつも不安になる。

 こちらをニヤニヤして見てるザルクの視線を振り切るようにクリスが門をくぐり抜けると、吹きさらしの少し広めの広場に出た。

 あまり大きくない浮島の一つであるその島は通称「門の島」と呼ばれる、誰もが最初に着く島だ。そこそこの広さがあり、モンスターが出現しないため休憩所も兼ねている。また島の広場の周りには冒険者が建てたのか、柵と広場の中心には火が起こせるように石で囲ってある場所まで用意されている。

 浮島には多少の背の低い木々があるくらいで、柵の外は空である。見渡すと大小の浮島があり、中央には遺跡のようなものがある島が見えるが、常に風に覆われているためそこにたどり着けた者はいないと言う。

 大きめの浮島は小さい国なら入ってしまいそうな大きさがあり、浮島毎に生息するモンスターも違う。


 目標は2つ、1つ目の風属性の翼竜は出入口のあるこの最初の島からさして離れていない島に生息するが、ラギたちの目的であるヴォルガドルムは2日ほど移動が必要な大島の火山近くに生息する。

 幸いどちらも方向は同じなのでまずは風属性翼竜を探しに行くことになったが・・・

 この雲海ダンジョンは移動が独特だった。


 何せ空に浮いている島と島の間を渡るのだから、簡単ではないはずだったが、とある装置が見つかってから雲海ダンジョンの攻略は一気に進んだ。

 超古代文明ロストテクノロジーである一つで、浮島と浮島を移動させてくれるのだが、何しろ怖い。

 その装置に触れると、光で出来たようなロープが移動先の浮島にある、ペアとなっている装置につながり、起動者を吊るすような形で運ぶのだ。もちろん命綱もない、下は空、落ちたら一巻の終わりなのは確定だと。だが、テイマーや金のあるパーティやギルドなら飛行系の騎獣もいるかもしれないが、それ以外はこの装置を使う以外に選択肢は無い。


「まずは北周りに進む。オレが先頭、次にクリス、リーダー、ミリアム、ルクスの順番な。

 覚えてはいるかと思うが、渡った先の島の入り口は安全だが、草むらの奥には植物系モンスターの罠が多いからあまり内に入るなよ?

 そんじゃ行きますかー!」


「了解です!」「あいよ」「はーい」と口々に返事しつつ、早速島の東北にある移動装置へと向かう。サイドテーブルほどの高さの石柱の真ん中に丸いクリスタルが埋め込まれている装置にザルクが左手をかざすと、光のロープがスッと現れる。


「そんじゃ、お先。ビビんなよ?」


 クリスを揶揄うザルクの左手がスッと持ち上がり、手には光る球がある。続いて体が浮かび上がるとそのままロープに沿って移動して行く。ザルクは慣れたもので、開いてる右手で早く続けと手招きしている。

 正直クリスはこの装置での移動が苦手なのだか、負けん気を発揮して「怖くないし!」と言いつつ続いていくが、ラギやミリアム、ルクスには強がりなのが丸分かりな反応で微笑ましく見守っていた。


「次はリーダーね、早く行ってあげてね?ザルクがきっといじってるわ」


「おう!」


「ザルクの悪い癖っすよね~。まあ、リーダーが可愛がり倒しそうなので、いいバランスっすかねぇ」


「そうね、2人とも楽しそうで何よりだわ。それにザルクはちゃんと大人だから大丈夫よ」


 などと、後衛2人は楽しそうに続いていく。

 移動に不安がなければ、島と島の移動は見渡す限りの雲海が美しく、景観は最高なのだ。雨や強風でない限りは。



 ◇ ◇ ◇



 全員が揃った時、クリスは何故か凹んで地面に手をついていた。ザルクが楽し気に話すには、案の定クリスは装置を触れた手に現れる光の玉から移動が完了するまで手から離れることはなく、事を知らなかったのだった。

 最初こそ、この装置を誰もがおっかなびっくり使っていたのだが、ある時忘れ物をして戻ろうとした冒険者の手から光の玉が離れず、そのまま強制移動された事によりこの事実が発覚した。ただ、物は落ちるようなので、荷物を落としたら回収は不可能なので気をつけるしかない。


「ブッ・・・ ほんっと、お前期待通りの反応いいわー」


「おいザルク、こんな幼気いたいけ子に可哀そうだろ」


 未だに笑いが収まらないザルクにラギが眉をひそめて言うと、「幼気いたいけ」と言葉に更に爆笑する。まあ、長寿な長耳族エルフからすれば確かに50歳はまだ幼い部類だし、小人族ホビットでもギリギリ大人に入る年齢ではあるが・・・。


「はいはい、お仕事の時間ですよ。

 ねえクリス、次の島への最短ルートには目の前の平原を突っ切るのがいいのだけど、索敵はお任せできる?」


「っ!!はい、大丈夫です!」


「あーー 腹いて。じゃあ、ミリアムに怒られる前に仕事するかー。

 クリスまずはお前に任せる、排除はオレが弓でやるから任せとけ」


「了解です。いつでも行けます!」


 全員荷物を持ちなおすとそれぞれ得意の獲物を手に持ち、ラギの号令で動き出す。

 先頭からクリス、ザルク、ラギ、ミリアム、ルクス。クリスはルートの確認をしつつ、索敵しつつ的確に進行の邪魔になる敵を指示し、ザルクとルクスが遠隔から狙撃でモンスターを落としていく。

 特に高い草むらを進む時のクリスの察知能力は高く、足元からの襲撃も全て事前に察知でき撃退できたので、小1時間ほどで次の島へと渡る装置まで移動できた。


「一旦休憩だ!水分補給しっかりしとけ!」


 ラギの号令で安全地帯である装置の側でみんな集まって荷物を置いて思い思いにストレッチしたり水を飲む。クリスも初めてのメンバーなのでやはり緊張していたな、と思いつつラギたちの対応の早さと安定感を既に信頼していた。


「お疲れさん、いい働きだったぜ?な、リーダー?」


「ああ、ずいぶん時間も短縮できたな!」


 ラギとザルクにそう言われ、嬉しそうに照れくさそうにするクリスはやはり幼く見える。

 可愛いもの大好きなラギは内心悶えながら、まだ初対面のクリスにはパーティーのリーダーとしてしっかりしているように見せたくて必死に顔を緩まないようにしていた。

 そんなラギにミリアムとルクスはこっそり笑っているので、全く閉まらないのだが。


 小休憩を終え、次の島へと向かう。目的の1つである風属性の翼竜が生息している島だ。

 今回もザルクを先頭に移動を始め、先に到着してメンバーを迎えるためこちらを向いて手を振っている中、クリスが必死に叫ぶが、生憎風が出始めていてザルクには聞こえない。

 必死に開いている右手を上から下に振り下ろした所でザルクが気が付きしゃがむのとほぼ同時に、翼竜の爪がザルクの横すれすれを薙いだ。そのまま移動中のメンバーへと突撃したが、幸いまだ装置に守られており誰も怪我もなく島へと到着した。


「助かった、クリス!

 あんにゃろ、安全地帯はモンスターは入らねぇ約束だろうが!」


「まあ、丁度いい。人間様を舐めた翼竜には痛い目見せてやろう」


 怒りに燃えるラギとザルクに、ルクスとミリアムも続く。


「自分、あんな怖い目にあったのは久々でイラッとしたんすよね」


「ええ、悪い子はお仕置きよね?さっさと素材にしましょう?」


 身動きできない状態での襲撃は、本当に怖い。

 確かにダンジョンのルールに安心しすぎていたのは冒険者としては失敗だが、腹は立つので容赦はしない。そもそも相手はモンスターだ。

 自分たちを攻撃してきた翼竜は装置に阻まれ一旦離れた後、またこちらに向かって飛んできているが今度はこちらも万全の態勢だ。

 ラギは普段の戦闘斧バトルアックスではなく、鎖の付いた凶悪そうな武器を持っていた。


「ザルク、牽制は任せた。ルクス、あいつは俺が止めるから任せた」


「はいよ」


「任されたっす」


 翼竜は吠えるように鳴き声を上げながらラギ目掛けて急降下して来るが、そのすぐ横からザルクが翼竜の目に向けて矢を2射すると、片方は避けられたが、片方が見事に目を射抜いた。

 グワァアアアアアと言う叫び声をあげてよろけた所に、棘鉄球が鎖と共に顔を直撃し、首に巻きつく。空中でもがくが、その前のダメージもありろくに動けなく、落ちかけ、止めにルクスの風刃が無数に襲い掛かり見事に首を切り落とした。

 戦闘は本当に一瞬で、クリスは全然出番もなく目を白黒させるだけだった。


 ラギとザルクとルクスはハイタッチしてさっさと戻ってくる。

 口の悪いザルクは「ざまぁ~」と嬉しそうにしているので、大したことなかったかのようだが、一般的にはあの翼竜も難易度はランクBとされているので決して簡単な訳ではないはずなんだけどなぁ、とクリスは少し遠い目になってしまった。

「うちは、こう見えても一応Aランクパーティーなのよ」とミリアムに笑いながら言われ、流石だと思いつつ先輩冒険者たちが眩しかった。


「クリス!ちょっと来てくれ!」


 呼ばれて走っていくと、素材がいくつかドロップしたようだが、残念だがクリスが必要なものはなかった。

 魔核はルクスがギルド報告用に別で確保する事になり、もう少し翼竜狩りをする事になった。


「ラギさん、その武器は?」


「ん?これか?

 これは星球武器モーニングスターの一種でな、俺用にカスタマイズして貰った特別製だ」


 ニカッと豪快に笑うラギの手には槍の半分ほどの長さの太い金属の柄から長く鎖がのび、その先には凶悪な棘の付いた鉄球がついていた。ラギ曰く振るので勢いもつき、殴り倒しても良し、さっきのように巻き付けて引きずり下ろすも良しとの事だった。

 ただしラギの腕力とミリアムのサポートがあってこそ、これが戦闘で使えているのだとは言う。


「私はバリア系はあまり得意ではないんだけど、能力向上系と回復は得意なの」


「ミリアムは純回復の神道系ヒーラーだからね。心強いっすよ~」


「うん、でも無駄な被ダメは神力の無駄使いになるから許さないから」


 クリスはミリアムは敵に回さないようにしよう、と心に誓った。

 最初の1頭の後は特に襲撃もなかったので、森を抜けて予定通り島の中央にある小さい山へと向かった。小高い山は丘に近いのだが、その頂上は開けており、円形に組まれた大石の遺跡があり、そこが翼竜たちの巣となっている。


 翼竜たちからまだ見えない森の出口で作戦を確認する。


「オレとクリスが数体攻撃して誘き寄せる、後はいつも通りだ。

 クリスに説明しておくと、ミリアムが封印結界に閉じ込め、ルクスが切り刻む。リーダーは万が一に備えての最終防衛だ」


「了解です」


「んじゃ、気配は消せるな?行くぞ」


 無言で行動を開始するザルクとクリスは、まばらにある木や岩の陰に入りつつ翼竜の群れへ近づく。

 後数百メートルの地点に着くと、ザルクがクリスに指で指示をだし確認して頷きあうと2人はお互いに攻撃の準備をする。翼竜たちは未だに警戒していないが、何頭かは見張るように旋回している。チャンスは1回だ、そして避けられると不利になる。

 クリスはミリアムにかけて貰った肉体強化に更に全身に肉体強化をかけ、全力で麻痺毒を塗った短剣を投擲する。クリスに合わせてザルクも2射し、2人の攻撃は全て命中し3頭の翼竜が叫び声をあげた。


 怒りに燃える翼竜の振り向いた先に走る人間共に襲い掛からんと、急襲するために飛び出し、もう少しで生意気な人間に自慢の爪が届く!と言う時に、衝撃を受けて翼竜たちは不可視の壁に当たり崩れ落ちる。

 そして状況が理解できる前に狭い結界内を風刃が飛び交い、3頭は仲良く倒れた。


「まだです!来てます!!」


 クリスの叫びに振り向くと、攻撃を受けていなかった翼竜たちも仲間の叫び声と共に遅れながらもこちらに襲い掛かって来ていた。


「こいつらが、連携っすか?森まで下がるっすよ!!」


 走りながらミリアムが1回封印結界で止める、先ほどよりも弱い足止めだけのものだ。翼竜の群れは10頭以上居たので、すぐに体制を直し数の力で結界を破って来る。

 ラギはミリアムを抱え、森へと走り込み、先に到着していたザルク、クリスで牽制を行う。2人の攻撃は全て当たってはいるが、なにぶん数が多いので勢いは止められない。


「2人とも、自分の後ろまで下がって!」


 ルクスの声に振り返らず全力で走り、その後を翼竜たちが続くが、ルクスに肉薄したその時突如下から土の槍が壁を作るように突き上がる。

 ギャアともグワァとも言い難い叫びが轟き、半数の翼竜が力尽きた。ルクスは既に後ろへと下がっているが、翼竜の残りは爛々と怒りに燃える目で狭い森の中を飛びかかろうとしてくるが、またしても防がれる。


「お待たせ、こいつらは全部捕まえたわ!」


 杖を構え、仁王立ちするミリアムの言葉を受けて、結界の外からザルク、クリス、ラギも星球武器モーニングスターで攻撃を仕掛ける。


「はあ、疲れたのでこれで終わりにするっすよ!」


 結界内に竜巻が現れ、閉じ込められた翼竜たちはまたしても抵抗も出来ずにルクスの魔術により切り刻まれて全て力尽きた。

 ようやく翼竜の襲撃も終わり、流石に5人共疲れていた。


「想定外に魔力を使ったっす・・・ ちょっと魔力回復ポーションは節約したいから、この先はペース落として欲しいっすね」


「私も、疲れたわ・・・ って、ルクス!あなた血が出てるじゃない!」


「えっ・・・ 気づいてなかったっす」


 ミリアムがルクスの傷を確認して、大したことなかったのか、救急バッグからガーゼと塗り薬で治療していくのを、他のメンバーはホッとして見ていた。


「はい、おしまい。傷は深くないけど、目に近いのと頭の傷は危ないから気を付けてね」


「いつも、ありがとうっす」


「クリス、まだ動けるな?リーダーもドロップ確認行くぜ。

 ミリアムとルクスは簡易結界石で結界張って休んどいてくれ」


「そうだな。ミリアム、ルクス、お疲れ様。

 今日は早めに休憩を取るし、移動きつかったら俺が背負うから安心していい」


 魔力や神力は枯渇すると生命に関わるが、単純に魔力を使い切ると疲労で動けなくなるので魔術士やヒーラーは常に自分の残り魔力(神力)に気を配っている。

 魔力回復ポーションは一時的に魔力の回復をしてくれるが、高価なのと自然回復を待った方が最大魔力量が伸びると言われているため、なるべく自然回復をした方がいい。


 2人の所に荷物をまとめ、結界石で簡易な安全地帯を作り残りの3人で翼竜が倒れた場所を確認していく。途中ザルクからルクスも疑問視していたが、今まで翼竜が連携して攻撃して来たことはなく、今回のように群れで反撃して来るのは異常事態だと聞き、クリスは漠然とした不安を感じていた。

 ラギもまた、空の敵との相性の悪さに歯噛みしていた。地上の敵であれば絶対に仲間を守る自信はあるのだが、ジョブと武器の特性からリーチが短いのは歯がゆくて仕方なかった。とは言え、盾はどうにも性に合わないと言うジレンマ。


「リーダー、今度投槍ジャベリン使ってみるか?」


「お前、時々人の心読めるよな?」


「リーダーが分かりやすいんだよ。知り合いが詳しいんで、戻ったら紹介するよ」


「助かる」


 そんな話をしている所に、両手いっぱいに素材を集めてきたクリスが笑顔で報告して来た。目的の素材はどうやら複数手に入ったようで、高く売れるレアな素材もあるとの報告する可愛い我が子(違)にラギはまたほほが自然と緩んでいた。


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